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訪問販売

作者: 濡花 詩雨

これは現実に起こったことか。

そう思わせる、少女が訪問販売のため突然訪れて

お昼のためにパスタを茹で始めた直後、インターフォンが鳴った

7分の茹で時間のうちまだ1分30秒も経っていない

わたしは首を振ってコンロの火を弱火にし、手を拭いて玄関に向かった

扉を開けるとスーツを着た20歳前後の華奢な女の子が立っていた


「こんにちは。訪問販売です」


そう言ってにこっと微笑んだ。その子は笑顔になるとほっぺたにえくぼができた

セミロングの黒髪をハーフアップにまとめている

彼女が深々とお辞儀をすると、黒髪のいい匂いがした


お辞儀から顔をあげるとまた微笑み、わたしの瞳をじっと覗き込んだ

いきなりの事で驚いたが訪問販売という言葉はわたしをすぐに冷静にさせた

「申し訳ないけれど訪問販売のお相手をしている時間はないんです

ほら、郵便受けにも訪問販売お断りってシールが貼ってあるでしょ?」

「わたしはそういうお宅に訪問販売をさせて頂いています」


と言った。最初の笑顔よりもっと大胆な笑顔だ

「ちょっとよく意味が分からないな」

とわたしは言った

「訪問販売を頑なに拒否しているお宅にこそ、わたしは積極的に出向いていって

みなさんに訪問販売の誤解を解いて欲しいのです

わたしの訪問販売であなたの暮らしがより素敵になるとわたしも嬉しいものね」


少女はそう言ったあと、うんうんという感じで一人納得してから、       

そのまま玄関に入り靴を脱いだ

「ちょっと待って」

と言いかけたが力ずくで止める訳にもいかない

少女はキッチンに入るとコンロの火を消しリビングのイスに座った


その一連の動作が自然に行われたためわたしも少女の前に座った

少女はスーツの上着を脱ぎ隣の椅子にかけ白いブラウス姿になった

袖のボタンを外し腕まくりしてからリラックスしてふーっと息を吐いた

それできみは何を売っているの?」

わたしは聞いた


「わたしは何も売りません

わたしの訪問販売はお宅の家にあるものを販売してもらうの

それがわたしの訪問。販売するのはあなたなの

わたしは受け身なのです

それでわたしに何を売ってくれる?」


「急に言われてもきみのような年頃の女の子が欲しがるものはうちに無いと思うな」

とわたしは言った

「そんな難しく考えないで。どのご家庭にも

わたしが欲しかったけれど手が出せないでいたものがあるはず

可愛い靴下とかね」

そう言ってから、左目をウインクしてベロをてへっと出した

 

上着を脱いでしまうと少女は訪問販売のセールスレディという雰囲気が

なくなった。もともとそういう雰囲気はほとんど無かったのだけれど

もし今妻が帰宅するとちょっとした誤解が発生してしまうのでは、と心配になった


少女は

「よしっ!」

と言って自らを奮い立たせ椅子から立ち上がった


軽い身のこなしで物置き部屋まで行き、扉をサッと開け部屋に入った

ふんふんと鼻歌を歌いながら工具箱を点検している

「よし!」

と声に出しわたしを見た


右手には使い古された六角レンチを、左手はハンダゴテを握りしめていた

「これ買います!」

と少女は言った

「それなら使う事もないし、なんなら捨てようと思っていたくらいだから、ただできみに譲るよ」

とわたしは力なく言った                           


結局、その女の子はわたしの六角レンチとハンダゴテの代金として、

ギリシャ国債28万ドルとアルゼンチン国債49万ドルを支払った

そして工具箱にあった道具を手に、家を後にした

                                    

その子が帰ってからも、セミロングの黒髪の良い匂いは残っていた

わたしは妻が帰ってくる前に、この女の子の匂いと椅子にかけたまま

残していった女性ものの上着、ピンク色のハンカチ、              

そして格付け会社の信用トリプルCマイナスの資産が、何故テーブルの上にあるのか

説明する事を考えただけで絶望的な気持ちになった


とりあえずしたのは、郵便受けにある訪問販売お断りというシールを剥がした事だった


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