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「また、また、貴族の家に泥棒が入ったらしいぞ」
リビングで新聞を広げている父親を見てローザは大きなため息をついた。
昨日、レオナルド殿下と”親睦を深める”ためにお茶をした疲れが取れないのだ。
疲れというよりは心がもやもやして落ち着かない。
美しいレオナルドを思い浮かべると心臓がドキドキして夜も満足に眠れないのだ。
これを恋だと認めたくない心と格闘をしている。
「最近泥棒が多いわねぇ。何を取られたの?」
ローザにお茶を出しながらケイトが問いかける。
「詳細は書いていないが、あのお屋敷には宝石が沢山あるはずだ。パーティーの時に自慢していた」
お茶をすすりながら言うバルサルに、ケイトは頷く。
「思い出したわぁ。大きなダイヤやサファイアの指輪を付けていたわよね。ローザも自慢されたじゃない」
話を振られてローザはノロノロと頷く。
「そう言えばそうだったわね。私と同じ年ぐらいのお嬢様が、ネックレスを自慢していたわ」
パーティーの時に家へ招かれ、一家で大きな宝石たちを身に着けて自慢をしていたあの嫌な家族の顔を思い浮かべる。
宝石を持っていることが勇逸の自慢の一家だ。
「あの家に泥棒が入ったのね。宝石なんて盗んでもお金にできるのかしら」
特徴がある一点もののアクセサリーを、買う人もいるのだろうかと疑問に思う。
金を持っている貴族が買えば、直ぐにバレるだろう。
「どうだろうか。我が家も気を付けよう。なんせ、王家に嫁いで行く娘がいるのだからな!」
鼻を膨らませて喜んでいる父親を見てローザはため息をついた。
数日後、ローザの屋敷に王家の紋章が入った馬車が停まった。
「ごきげんよう。愛しい婚約者殿」
馬車から降りてきた上機嫌のレオナルドは胸に手を当てて挨拶をする。
挨拶をしただけなのに、レオナルドの姿を見たケイトとお手伝いの女性達は黄色い悲鳴を上げた。
本日はレオナルドの婚約者として彼と同伴のパーティーに参加をすることになっている。
ドレス姿のローザにレオナルドは冷たい頬笑みを浮かべて手を差し伸べた。
「いつも美しいが、今日の婚約者殿は特に美しい、このまま何処かに連れ去りたいぐらいだ」
歯の浮くようなセリフもレオナルドが言うと様になる。
レオナルドはいつもと変わらず黒い騎士服を着用しており帯剣もしている。
騎士でもないのに、剣が必要なのかとローザは首をかしげた。
「レオナルド様、いつもと変わらない恰好ですね。剣まで差して……」
「いつ狙われても愛するローザを守れるように、動きやすい恰好をしている」
なんでもない事のように言うが、ローザはますます首を傾げた。
「一体誰に狙われるというのよ……」
意味が解らないと不思議そうな顔をしているローザに軽く笑ってレオナルドは手を取って馬車へとエスコートする。
「気は進まないが、ベルディー家のパーティーへと行くか」
「そういえば、王家主催のパーティー以外でレオナルド様が参加されているのを見た事がありませんね」
レオナルドが参加すれば結婚を狙っている女性達がこぞって参加するのは目に見えているが、今まで参加したという事は聞いたことが無い。
城で催されるパーティーや式典も一瞬だけ出席して退出する姿を何度か目にしている。
「行く必要を感じなかったからだ。ロベールも忙しく出られないため仕方なく代理で出てやるまでだ。愛する婚約者を見せびらかすことが出来るし、ずっとローザの傍に居られるのならパーティーも悪くない」
レオナルドに愛おしい瞳で見つめられてローザは挙動不審になりながら馬車に乗り込んだ。
苦笑しながらレオナルドが乗り込むとゆっくりと馬車は動き出す。
密室空間の馬車で何をされるかと向かい側に座っているレオナルドを見つめるが窓の外を見たままだ。
何かを考えているレオナルドの美しい横顔を見つめて何となく肩透かしを食らったような気になる。
(なによ、あれだけ体温を感じたいとか言っておきながら何にもしてこないじゃない)
抱き寄せられたらどうしようと身構えていたがいっこうに触ってこない。
会うたびにローザの体温を感じようとしている行動を今日は一向にしてこない。
(ドキドキしている私がバカみたいじゃない)
じっとローザに見つめられてレオナルドは苦笑した。
「なにかご不満があるようだが……」
ローザの心を見透かされているような気がしてツンと窓の外を見た。
「何もありません」
今日は抱きしめないんですかと言いそうになってギュッと唇を閉じた。
(今まで思わせぶりな態度をしておいて、なにもされないと逆に不安というか……)
もやもやしながらローザはレオナルドに視線を向けた。
「そういえば、いつも傍に置いている女性を最近見かけませんが?」
「ローザが気に入らないようだから、目に入らないようにしている」
「あ、そうですか」
別れたわけではないのかと心がサッと冷えていくのが解った。
(私と結婚したいと言っておいて、やっぱり愛人と別れる気はないんじゃない)
レオナルドの事は気になるが、自分の他に女が居る男などやっぱりごめんだ。
ローザはイライラしながら馬車の外を眺めた。
ローザとレオナルドを乗せた馬車はパーティー会場であるベルディー家へと到着した。
王家の紋章入りの馬車が車止めに停まると、主催者であるベルディー家が一家で出迎えてくる。
「ようこそおいで下さいました。レオナルド様」
ニコニコしながら挨拶をする恰幅の良い男性はこの家の当主だ。
年頃の娘3人もレオナルドの姿を見て顔を赤くしながら恥ずかしそうに挨拶をしてきた。
エスコートされながら馬車を降りるローザの腰に手をまわしてレオナルドは無表情にうなずいた。
「長居をするつもりはないが、世話になる」
「ゆっくりして行ってください」
機嫌悪いのか良いのか分からないレオナルドの態度にベルディー家の当主が冷や汗をかきながら会場へと案内してくれる。
大きな屋敷の中を歩き、広間へとたどり着くとすでに大勢の招待客が談笑をしていた。
レオナルド王子の登場に、招待客は一斉に頭を下げる。
頭を下げる経験はあっても、大勢の人に頭を下げられた経験などないローザはどう対応したらいいか困り笑みを浮かべながら助けを求めるようにレオナルドを見上げた。
「偉そうにしておけ」
「そんなの無理よ」
全く為にならない助言を頂き、ローザは小さく言うととりあえず笑っておこうと笑みを浮かべておく。
レオナルドは軽く一同に頷くとローザの腰に手をまわしたまま歩き出した。
自分たちを盗み見るような視線を感じるが、話しかけてくるような人が居ずホッと胸をなでおろす。
「こういう場所は慣れていないから、緊張します」
「パーティーに参加するなど珍しくもないだろう」
レオナルドは給仕係から適当にグラスを選ぶとローザに手渡して自らも手持った。
「注目される立場で参加するのが慣れないと言っているんです」
渡されたグラスを一口飲んでローザは軽く唇を尖らせる。
その仕草にレオナルドは軽く微笑んだ。
「怒っている顔も可愛いな」
「はぁ?」
急に褒められ驚きの声を上げるローザにレオナルドは何が面白いのか肩を揺らして笑いだした。
(からかわれているだけじゃない)
面白くない気持ちで大きく息を吐いているローザにオズオズと声がかけられた。
「あの、ローザ……」
振り返ると親友のマリーが申し訳なさそうに立っている。
後ろにマリーの兄コンラートが立っていた。
「マリー、久しぶりね」
笑みを浮かべるローザに頷いて、マリーとコンラートはレオナルドに頭を下げて挨拶をした。