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レオナルドから親睦を深めようと提案されて何をされるのかとドキドキしながら連れてこられたのは広い部屋だった。
ソファーとテブルだけが置かれた簡素な部屋だが、大きな窓から手入れが行き届いている庭が見える。
レオナルドの拘束から逃がられることが出来ず、ローザはソファーに並んで座らされた。
ローテブルを挟んで座るのが普通ではないのかと思ったが、レオナルドは当たり前のように自分の隣にローザを座らせる。
(そう言えば、ルーっていう女も隣に座らせていたわね)
初めて会った時を思い出してローザは顔を顰めた。
不機嫌になったローザの顔をレオナルドは覗き込む。
「俺の花嫁はご機嫌が悪いようだな」
(あなたの愛人ルーって言う人と、同じように座らされたら誰だって不機嫌になるわよ)
そんなことを言えるはずもなくローザはチラリとレオナルドを見上げる。
薄い青い瞳と目が合うと、嬉しそうに目が細められた。
(どうしてレオナルド様はこまで私を好いてくれるのかしら)
思い当たる節など全くない。
初めて会った時は自分に興味など微塵たりともなかったはずなのに、今はなぜか隙あらばどこかしら触られている。
今も、抱きかかえられるようにレオナルドの手が腰に回されている。
「私、前のソファーに座りますね」
レオナルドと距離が近すぎるとローザは立ち上がろうとするが、腰に回された手にますます抱き込まれて動くことが出来ない。
困っているローザを面白そうに見つめてレオナルドは口元に笑みを浮かべる。
「俺の傍を離れるな。お前の体温を感じていたいんだ」
「はいぃぃ?」
愛の告白のような衝撃的な言葉にローザの頭の中が真っ白になる。
自分が本当にレオナルドに愛されているのかと信じてしまいそうになるが、理由が解らず何度も大きく深呼吸を繰り返して心を落ち着かせた。
(可愛いマルの毛を吸いたいわ)
実家で留守番をしている可愛い飼い犬の毛の匂いを嗅いで癒されたいと現実逃避をしているローザをレオナルドは面白そうに見つめている。
レオナルドの体温に包まれながら現実逃避をしていると、ドアがノックされた。
気配を消して部屋の隅に居た侍女が扉を開けると、レオナルドの腹違いの弟ロベールが顔を出した。
銀色に近い髪の毛のレオナルドと違い、ロベールは金色の短い髪の毛に大きな青い瞳をしている。
人懐っこい笑みを浮かべて申し訳なさそうに部屋に入って来た。
「兄上がご婚約されたと聞いたからお祝いを言いにきたんだけれど、お邪魔だったかな?」
レオナルドの腕の中に居るローザをちらりと見て顔を赤くしている。
(違うの!私はこんなこと望んでいませんから!)
心の中でロベールに言うが、ローザの声が届くはずもない。
「構わん。ロベールは俺の代りに王位を継ぐために忙しいからな。今も勉強の時間を割いてきているのだろう?」
気遣うレオナルドにロベールは頷いた。
「うん。でも、どーしても兄上におめでとうと言いたくて。良かったですね、素晴らしい女性と出会うことが出来て」
自分の事のように喜んでいるロベールにレオナルドは軽く笑った。
「そうだな。お前の言う通りだった。ローザと婚約はしたが、まだ愛を勝ち取っていない」
「えっ?」
レオナルドの言葉にロベールは驚いてローザを見つめる。
どうみても愛し合っている男女が抱き合っているようにしか見えないだろう。
ローザは違うのと首を左右に振った。
「まだ、現実が飲み込めていなくて。すいません」
なぜ謝るのか分からないが、とりあえず意味が解らないとローザは軽く眉をひそめた。
「……なるほど。でも、大丈夫ですよローザさん。兄上は見た目も中身も男前なので、きっと好きになりますよ!僕も、もうすぐ結婚をするので一緒の時期におめでたいことが起こって嬉しいです」
「お前の結婚は義母上が認めていないようだが?」
笑みを耐えたままレオナルドが言うと、ロベールの顔が曇った。
「そうなんです。お互い愛し合っているのに、彼女以上の好きな女性など出てくるはずがないのに。身分が釣り合わないからと反対されています。父上は、養子に出して箔を付ければいいと言ってくれますが彼女も母もそれは反対らしいです」
「いろいろ複雑だな」
「なので今ちょっと僕困っています。でも、彼女と結婚できるよう頑張ります」
決意をしていうロベールにレオナルドは頷いた。
「応援しよう」
「ありがとうございます。どうもお邪魔しました。今度、僕も彼女を紹介しますね」
「楽しみにしていよう」
「ローザさん!絶対に兄上の事が大好きになると思うので頑張ってください」
「はぁ」
何を頑張るのかと思いながらローザは頷くと、ロベールは満足したように一礼をして部屋を出て行った。
次期王となる人だが、全く威張った様子もなく好感が持てる青年だ。
いくら腹違いとはいえ、いつも偉そうにしているレオナルドとは正反対の人物だ。
「全く似ていませんね」
失礼なことを言ってしまったとレオナルドの顔を見ると、気にした様子もなく頷いている。
「そうだな。性格も全く違う。ロベールは俺と違って優しいし人間味がある。あいつこそ王にふさわしい人間だ」
「……レオナルド様は違うのですか?」
何となく口にしたローザの問いにレオナルドは冷たい笑みを浮かべる。
「違う。俺は、優しい人間ではないからな」
優しい人間ではないと言い切る人が自分の婚約者なのかと複雑な気分になる。
確かにレオナルドは人離れした美しさの中に冷酷な一面がちらりと見えることがある。
数回しか会話をしていないローザがそう思うのだから、そうなのだろう。
違いますとも言えず、ローザは困惑する。
「そ、そうなのですか?」
「大丈夫だ、お前に酷いことはしない」
そのセリフがもうすでに怖いとローザは微笑みながら頷いた。
愛おしそうに見つめられて困惑していると、レオナルドの顔が近づいてくる。
これはまずいと何とか回避しようとするが、レオナルドの力強い腕からのがられることが出来ずローザは形のいい唇を受け入れた。
(ひぃぃ。どうして逃げられないの?)
自分の気持ちが整理できていない状態なのに、レオナルドを受け入れてしまう。
逃げることが出来ず、重なる唇にローザは必死にレオナルドの胸を叩いた。
何度か叩くとやっとレオナルドが離れてくれる。
「ちょ、どうしてこうなるのですか?」
息も絶え絶えに顔を赤くして言うローザにレオナルドは嬉しそうだ。
「愛する女性とこうするのは男として普通だろう。むしろ、口付けだけで終わらせてやっているんだが」
「こ、これ以上の事をしようとしているの?信じられない」
ますます顔を赤くしているローザにレオナルドは声を上げて笑い出した。
「俺の花嫁は何をしていても可愛いな」
レオナルドの言葉にますますローザは顔が赤くなり心臓がドキドキして息が吸えなくなってくる。
(これじゃ、本当に好きになっちゃうじゃない)
すでにレオナルドに落ちてしまっていると自覚してローザは鼓動を落ち着かせる。
(でも、ルーっていう女が愛人ではないと確信が持てるまでは絶対に好きだなんて言ってやるもんですか)
ローザは心の中で誓う。
美しすぎるレオナルドを見つめているとますます好きになりそうで、慌てて視線を逸らした。
窓から庭を見つめると、可愛らしい茶色の髪の女性とロベールが並んで歩いているのが見えた。
二人は仲睦まじく微笑みながら談笑をしているようだ。
お互いが信頼し合って、愛し合っているのが遠目から見ても感じ取ることが出来る。
ローザの視線の先を追ってレオナルドが説明をしてくれる。
「あの女がロベールの恋人ヘレンだ。男爵家のお嬢様ということだが、義母上はお気に召さないらしい」
ヘレンは可愛らしい女性だが、貴族の女性というよりは町娘のような雰囲気だ。
質素なドレスに身を包んでいるがきっと彼女の好みなのだろう。
(確かにあの雰囲気では、王妃には向かないわね)
仲睦まじく歩いている二人を眺めながらローザは頷いた。
「あれ?」
ヘレンを見つめていたローザは彼女に違和感を感じて声を上げる。
「なにか?」
ローザを抱きしめながら聞いてくるレオナルドに首を振った。
(彼女、きっと妊娠しているわ……。本人も気付いていないようだけれど)
ローザは、他人が書いた文字と同じく、妊娠している女性も何となくわかることがある。
他人に言うと気味が悪がられるので母親以外に告白をしたことが無いが、間違いなくヘレンは妊娠している。
(そして、多分男の子ね。これは、揉めるわね……)
ただでさえ結婚を反対しているリーネ婦人を思い浮かべてローザはため息をついた。