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ローザは落ち着かない気分で隣に座るレオナルドをそっと盗み見た。
いつもと変わらない表情で偉そうに座って紅茶を飲んでいる。
テーブルの上にはお菓子と軽食が並んでいて、リーネ婦人がマカロンをお皿に乗せたのを確認をしてローザもケーキを皿に乗せた。
ローザ達の前に座っているのはロベールとヘレン嬢だ。
事件から数日が経過し、ヘレンの体調も落ち着いたということで身内だけのお茶会が開かれた。
ヘレン嬢とロベールの結婚を反対しているリーネ婦人が顔を合わせるのは恐ろしくできればローザは参加したくなかった。レオナルドの婚約者ということで有無を言わさず参加させられ、居心地が悪い。
事件後初めてリーネ婦人とヘレン嬢が顔を合わせるということで、ローザは複雑な気分でリーネ婦人に視線を向けた。
いつもと変わりないように見えるが、実際ヘレン嬢をどう思っているのだろうか。
ロベールは複雑な顔をしてローザとレオナルドを交互に見る。
「兄上とローザさんにはお世話になって感謝しているよ」
ヘレンが無事に見つかってすっかり元気を取り戻したロベールは顔色が良い。
「とんでもございません。ヘレン様もお元気そうで安心しました」
ローザが微笑みかけるとヘレンははにかんだ笑みを浮かべる。
「ローザ様の不思議なお力のおかげだと伺っております。命の恩人ですありがとうございました」
「そんな大げさなものではないわ。私の変な能力が人の為に役立って嬉しいです」
ローザが言うと、リーネ婦人は諦めたように息を吐いた。
「ローザさんのその能力は聞いた時は驚いたけれど、不思議なものね。ヘレンさんも怪我無くて本当によかったわ」
リーネ婦人の言葉にヘレンは緊張しながらも頭を下げる。
「ご心配ありがとうございます」
「いいのよ。そんなに畏まらなくても。もう私も心を入れ替えましたから!」
リーネ婦人はそう言うと一口紅茶を飲んでのどを潤すを話しを続ける。
「だってねぇ、今回の事件が起きてなんて言われているか知っているかしら?ヘレンさんを攫った裏の首謀者は私だっていうのよ!酷いと思わない?終いにはアンブローを洗脳している魔女だと言われているわ!」
凄い剣幕のリーネ婦人にロベールが微かに笑みを浮かべた。
「僕もその噂を聞いたよ。母上は酷い女だと言われているようだ」
ロベールの言葉にリーネ婦人はキッと睨みつけた。
レオナルドも苦笑しながら頷く。
「それは俺も聞いた」
ローザも心の中で頷く。
(私も聞いたわ。アンブローを唆してレオナルドの母親を殺したとまで言われているのよねぇ)
先日の事件はあたりまえだが噂が噂を呼び大変大きな衝撃を世間に与えている。
リーネ婦人はレオナルドも睨みつけてから、落ち着くように息を吐いた。
「言われても仕方ないと思っているわよ。でも言っておきますけれど、私は何もしていませんからね」
「わかっていますよ」
レオナルドが頷くとリーネ婦人は安心したように笑みを見せる。
「良かったわ。レオナルド様が私を疑っているようだったら落ち込むところだったわ」
「義母上は落ち込む性格ではないだろう」
小さく呟いたレオナルドに冷たい笑みを浮かべてリーネ婦人は頷く。
「それで私ね、ロベールとヘレンさんの事を認めようと思って。身分がどうのこうのと言いすぎました。お互い好きなんだから結婚を許しますわ」
「ほんとですか母上」
喜びのあまり立ち上がったロベールにリーネ婦人は優しい笑みを浮かべて頷いた。
「決して世間の私に対する噂を気にしてではありませんよ。今回の事件で思い知ったのです。愛する人を失うという事がどれほど辛いものか。生きているうちに幸せに過ごしなさい。もう、反対はしないわ」
「ありがとうございます。母上」
ロベールは喜びのあまり隣に座っていたヘレンを抱きしめた。
ヘレンは微かに微笑みながら深くリーネに頭を下げた。
「良かったですね。リーネ婦人がお二人を許してくれて」
短時間であったが、リーネ婦人たちとのお茶会が終わりローザとレオナルドはゆっくりと庭を歩く。
レオナルドはローザの隣を歩きながら頷いた。
「流石の義母上も反対し続けるのは難しかったのだろう。世間では本当に義母上が真の犯人だといわれているからな」
苦笑するレオナルドをローザは見上げる。
毎日一緒に居るが、こうして昼に庭を歩くのは初めてだ。
太陽の下で見るレオナルドは、顔色も良くアンブローが母親を殺したと知った時からだいぶ回復しているように見えた。
いつもの調子のレオナルドにローザは言ってもいいものかと迷いながら口を開く。
「ずっと気になっていたのだけれど、レオナルド様はどうして泥棒を追っていたのかしら?」
「ただの趣味だ。……と言いたいところだが、本当の所は母を殺した犯人を捜していた」
誤魔化すことなく教えてくれたレオナルドにローザは嬉しくなったと同時に胸が痛んだ。
悲惨な母親の死を目撃して、どうして殺されたの犯人は誰なのか捕まえようとしていたのだろう。
そのために町へ出ていたのかとローザは納得する。
「教えてくれてありがとうございます。ところでフェビアンは見つかりましたか?」
ローザが攫われたときに見たきり姿を消したマリーの婚約者。
「あいつが宝石を全て手に入れていたようだ。金に換えて逃亡をしようとしているかもしれないから捜索をしているが見つからないな。死体すらあがらない」
「早く捕まるといいですね。マリーは大丈夫かしら」
連絡を取ろうにも、手紙を出すことも禁止されてしまいマリーの事が心配だ。
遠くの親戚の家に身を寄せているという事だが彼女はこれからどうなるのだろうか。
マリーの兄、コンラートは素直に事件の詳細を自白しているという事だ。
やはりあの女性の遺体は、コンラートと付き合っていた飲み屋の女性だった。
「アンブローはのらりくらりと話をはぐらかして捜査に協力的ではないようだ。まぁ、もうあいつに会うことは無いだろう」
アンブローの事を思い出してレオナルドは気分が悪いのか眉をしかめる。
また吐き気を我慢しているのかと、ローザはレオナルドの背中を撫でた。
人を殺すのが好きだと言っていたアンブローは、レオナルドも同じだと言っていた。
どうしてもアンブローのあの言葉が気になってしまいローザはレオナルドの様子を見ながら聞いてみる。
「あのね、アンブローがレオナルド様も同じ血が流れているから、人をいたぶるのが好きだみたいなことを言っていたのだけれど……違いますよね?」
おずおずと聞いてくるローザにレオナルドは口の端を上げた。
「さぁ、どうだろうな。俺も狂暴なのかもしれない」
「えっ」
確かに、アンブローの椅子を蹴ったり、騎士でもないのに剣を常に差しているのは気になっていたがそういうことなのだろうか。
不安になるローザにレオナルドは意地悪く微笑む。
「ローザの考えているようなことは無いから安心しろ。決して人を殺すために剣を持ち歩いているわけではない、これは母を殺した相手と対峙した時の為だ」
アントリスを殺した相手と出会った時に殺すためだったのだろうかとローザは思ったが頷いておくだけにしておいた。
今の所、レオナルドはアンブローを刺し殺していないしレオナルドが残酷なことをするところを見たことは無い。
レオナルドの言葉を信用してローザは頷いた。
不意にレオナルドが後ろから抱きしめられてローザは逃れようと身をよじる。
「誰かに見られますよ」
騎士や侍女達がどこで見ているか分からないから恥ずかしいとローザはあたりを見回した。
今の所人の気配はしないが、こんなところを見られたらバカなカップルみたいで恥ずかしい。
「今更だろう」
「そりゃーそうですけれど」
「俺はローザだけだ。こうして肌に触れて触ることが出来る人間はローザただ一人なのだ」
そう呟くレオナルドの唇を受け入れる。
これから先もレオナルドのただ一人の人でありたいと思いながらローザもレオナルドを抱きしめた。
「レオナルド様、奥様」
誰も居ないと思っていたが、どこから現れたのかルーが頭を下げて二人の前に立っていた。
突然現れた黒いドレス姿のルーにローザは悲鳴を上げる。
「ひぃ。また突然現れた」
ローザが驚くのを面白がっているのかルーは微かに口元を歪ませる。
彼にも感情があるのかと、ローザは真っ黒なルーを見つめた。
濃い化粧をしており、嫌味の無い美しい顔をしたルーは知ってしまえば骨格は男性だ。
男性にしては美しすぎる姿に、どうしても女性だと錯覚してしまう。
「奥様がご心配されているだろうということで、マリー様の様子を見てまいりました」
「まだ奥様じゃないけれど……。マリーはどうだった?」
レオナルドに抱きしめられながらローザが聞くと、ルーは軽く頭を下げる。
「かなり落ち込んでおりましたが、お体は健康だという事です。これから先はどうなるか分からないけれど何年か先に会えることを楽しみにしていると言伝を頼まれました」
「そう。私も、早く会いたいわ」
やさしかったマリーが何とか生きていると確認できてローザはホッとする。
「ローザの唯一の友達だろう。いつか会えるといいな」
レオナルドのからかうような言葉にローザは頬を膨らませる。
「友達は他にも居るわよ。刺繍という趣味を通して気取らなくていい唯一の友達だったの。親友だったのかもしれないわね」
恋のことや将来のことなど本気で話していた時間を懐かしく思いローザは息を吐いた。
またマリーと刺繍を刺して何気ない会話をしたいと思いをはせていると、ルーが白いハンカチを差し出す。
「レオナルド様、こちらローザ様が心を込めて刺繍したハンカチとのことです」
レオナルドがハンカチを手に取ってじっと見つめて呟いた。
「この刺繍はローザが差したのか……。化け物の刺繍か?」
「どーしてソレがここにあるの?隠したのに!」
マリーと一緒に刺繍したハンカチをなぜルーが持っているのだろうか。
慌てて取り返そうとするローザの手を逃れながらレオナルドは口の端を上げて笑う。
「いや、可愛い化け物だと思うぞ」
「違います。それはうちの犬のマルよ!」
白い可愛い犬だと言い張るローザにレオナルドは声を上げて大笑いをした。
犬の刺繍だと知って、ルーもさすがに苦笑する。
レオナルドとルーの珍しい笑いを見てローザは幸せな気分で胸がいっぱいになった。
永遠にこの幸せが続けばいい、その時は親友のマリーも一緒に笑いあえたらいいなとローザはハンカチを取り返そうと手を伸ばした。