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「上手くいって良かったわ」
レオナルドに抱かれながら移動しているローザはホッと息を吐いた。
自分の能力を人の生死のために使うのは初めてで、心配だったが上手く読み取ることができた。
安堵しているローザの額にキスを落としてレオナルドは眉をひそめる。
「母の部屋は、鍵をかけて誰も出入りできないようにしていた。死んだその日から時が止まっている。俺や父上でさえ入ることは無かったし、侍女でさえも入室を許可していない。まさか、そこを使われるとは思わなかった」
思い出が詰まった空間だったのだろう、レオナルドは苦痛の顔をして唇を噛んだ。
「レオルド様!」
ローザを抱えて歩いているレオナルドを走って来た騎士が呼び止める。
騎士は敬礼をして報告をする。
「ヘレン様が発見されました。アントリス様のお部屋におられました。体力を消耗しているようですが、大きな怪我はしておりません」
「そうか。それは良かった。良く休むように伝えてくれ、弟にも……」
レオナルドが告げると騎士は頷いて去っていく。
「凄く混乱していますね」
廊下を歩いているだけでも沢山の騎士や侍女達が走り回っており、レオナルドとローザに軽く頭を下げて忙しく動いている。
「これだけの事件が一晩で起きれば混乱もするだろう」
レオナルドは疲れた様子で答えると、ローザを抱えたまま部屋へと入った。
普段特別に用意されている客間ではない。
大きなソファーセットとローテーブルの奥に執務用の机が置かれている。
続く部屋はベッドルームになっていてローザはレオナルドを見上げた。
「この部屋って」
「俺の私室だ」
「えっ」
まだ結婚もしていないのに良いのだろうかと戸惑っているローザにレオナルドは微かに笑った。
「今さら関係あるまい」
レオナルドに言われて確かにそうかもしれないとローザは頷く。
城の中は大混乱で、だれも気にしている人も居ないだろう。
レオナルドはローザを抱えたままソファーに腰を降ろした。
「疲れていますね」
いつも自信に満ちているレオナルドにしては珍しく弱々しい様子にローザは思わず頬に手を伸ばした。
ローザに頬を撫でられながらレオナルドは目元を和らげる。
「流石に疲れた」
「私も疲れました。ヘレンさんが無事に見つかってよかったわ」
それでも一人の女性が死んでいるのだ、何となく暗い気分になってローザは目を伏せる。
「ローザが無事で良かった。母のように愛する人を失うのはもうこりごりだ」
ローザを抱きしめながらレオナルドは小さく呟く。
痛いほど抱きしめられてローザも抱きしめ返した。
「そんな風に思ってもらえてうれしいです。私もレオナルド様とこうして過ごすことが出来てよかった。今日は沢山のことが会って疲れましたね」
「そうだな」
レオナルドの体温を感じながらローザは目を閉じた。
レオナルドは本当に心から自分を心配してくれて愛してくれていると心から信じることが出来る。
決して触ることが出来る唯一の女だからというそれだけではないのだ。
きっかけはそれだったかもしれないが今は違う。
ローザはまどろみながらレオナルドの広い胸に顔を寄せた。
彼の体温を感じながら寝言のように呟く。
「私もレオナルド様が大好き」
まどろみの中でレオナルドが微かに微笑んでいる気配を感じる。
「愛してるローザ」
優しいレオナルドの暖かいぬくもりを感じてローザは幸せな気分で眠りに落ちた。
事件から数日が経った。
ローザは実家に帰ることを許されず城に滞在をしていた。
面会に来た両親は上機嫌にローザを褒めてくる。
「よくやった、ローザ。レオナルド様と結婚だ!」
「そうね」
王家と繋がりが出来たと上機嫌な父親にローザは頷く。
客間にはローザと父バルサルと母ケイトがソファに座って優雅にお茶を飲んでいる。
「愛人問題は解決したのかしら」
ケイトは言いにくそうに声を潜めた。
ローザはため息をついて頷いた。
「解決したわよ。ルーは実は男だったの」
ローザも声をひそめて言うと、バルサルは驚いて飲んでいたお茶を噴出した。
「汚いわよ!お父様」
「すまない。あの美しい人が男性とは、まさかレオナルド様は男性が好きなのか?」
「違うと思うわよ」
うんざりしながらローザは否定する。
パーティの後から事件が多く、レオナルドの愛人問題など二の次になっていてローザにとってはどうでもいいことになっていた。
それよりもっと大変なことがあったのだ。
「コンラート様の事聞いたかしら?」
お茶を飲みつつローザが聞くと、父と母は同時に頷く。
「凄い噂になっているわよ。まさか、真面目なマリーちゃんのお兄様が世間を騒がせている宝石泥棒だったなんてね!まだ、どういった罪になるか分からないけれど、今お屋敷は誰も居ないみたい」
ケイトの言葉にローザはマリーの事が心配になる。
事件があってから一度も会う事も手紙を出すこともできていないが、体を壊していないだろうか。
一緒に刺繍をした日々が遠く感じてローザはため息をついた。
「ヘレン様も、ロベール様を諦めて実家に帰ったわけではなかったのね」
ケイトが聞くとローザは頷いた。
「そうね」
アンブローがヘレンを攫って殺そうとしていたことも世間では噂になっているが、どこまで真実が伝わっているかはローザには判らず曖昧にうなずく。
「とにかく、ローザはこのままレオナルド様の機嫌を損ねることなく結婚生活を頑張りなさい。実家には帰ってこなくていいからな」
バルサルの言葉にローザはもう一度ため息をついた。
「お父様、私の奇妙な能力はレオナルド様ご存じなのよ」
「なに?」
再度お茶を噴出して驚くバルサルを、ローザとケイトは汚いものを見る目を向ける。
「色々事件があったじゃない。それでバレたというか、私の能力のおかげでいろんな事件を解決できたのよ」
「事件とやらは恐ろしくて聞きたくも無いが、レオナルド様がお前の奇妙な能力を受け入れてくれて何よりだ」
父親らしいことを言った後に、バルサルは声を潜めた。
「それで、ワシの仕事を手伝っている事は知られていないだろうな」
「知っているわよ。私がお父様の仕事場を出入りしているのだから」
「なんてことだ!」
頭を抱えているバルサルに、ローザは冷めた目を向ける。
「大丈夫よ。レオナルド様は私の能力も仕事を手伝っていたことも目を瞑ってくれるみたいだから」
ローザの一言で安心し、バルサルは祈るような仕草をする。
「よかった。仕事を失う所だった」
自分の心配ばかりしているバルサルを冷たい目で見つめケイトは口を開く。
「ローザの元気そうな姿を見れて安心したわ。レオナルド様とも仲良くしているようだし、ローザが嫌々城に閉じ込められているのかしらと心配していたのよ」
「大丈夫よ。レオナルド様は昔の悲しい出来事とか、事件があったりして私を傍に置いておきたいのですって」
少し顔を赤くして言うローザにケイトは微笑んだ。
「何かあったらいつでも実家に戻ってきなさいね」
「ありがとう。お母さま」
家族のありがたみを感じてローザは微笑んだ。