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リーネ婦人に無理やり連れてこられたのは1つ上の階。
通り過ぎる騎士や侍女達が、リーネ婦人に手を取られて歩いているローザを不思議そうに眺めている。
「さぁ、ついたわよ!レオナルド様は私の息子と違って綺麗な顔をしているから年齢なんて気にしないわよね。あの顔が毎日拝めめるなんて嬉しいでしょ」
「毎日って……。気に入られると思いませんし」
できれば会いたくないと心の中で呟いてローザは引きずられながら部屋に入った。
「お待たせしたわね。レオナルド様」
ローザの手を引っ張りながら部屋に入って来たリーネ婦人に、ソファーに座っていたレオナルドが鼻で笑う。
「なるほど。俺とその女性を会わせたくて今日、面会を設けたという訳か……」
低く呟くレオナルドはローザが記憶していた通り、冷たい印象の美形の男性だった。
銀色の髪の毛に薄い青色の瞳をしたレオナルドは人形のようだ。
美しいが人を何とも思わない冷たい雰囲気だ。
黒い騎士服を着こんでとても王族という雰囲気は感じられない。
レオナルドの人間離れした美しさに目を奪われていて気付かなかったが、すぐ隣に座る女性を見てローザはギョッとする。
黒い髪の毛の化粧の濃い女性が隣に座っていたからだ。
(これが噂のレオナルド殿下の愛人なの?)
寝室まで出入りをしているという美しい女性はこの女性に違いないと確信する。
ストレートの黒い髪の毛は腰まであり、化粧は濃いが嫌味は無い。
紺色のロングのドレスを見事に着こなしている。
無表情にローザとリーネ婦人を見つめて軽く頭を下げた。
「ルー。水を取ってくれ」
レオナルドが声を掛けると、女性は無表情のままローテブルに置かれている水差しからコップに注ぐと手渡した。
ルーと呼ばれた女性は無表情のままで感情が読み取れない。
何となくこの場に居ずらくなりローザは愛想笑いをしてリーネの腕をそっと振りほどいた。
「あの、私お邪魔みたいなので失礼してよろしいでしょうか」
「あらぁ、だめよ。レオナルド様はそれ相応の方と結婚してほしいの。たとえ血は繋がっていなくても私は貴方の母なのだから!どこぞの馬の骨とも分からない女とお付き合いするのは良くないと思うわよ!」
捲し立てるように言うリーネ婦人にレオナルドは苦笑する。
「俺が誰を傍に置こうが義母上には関係ないだろう」
「関係あるわよ!王家として見本になるような暮らしをしなさいと言っているの。きちんとした身分のある女性とお付き合いをして結婚をしてほしいのよ」
「ロベールに言ってやったらどうだ。俺は関係ないだろう」
「あの子は何度も言っているわ!それなのに、身分の低い女性がいいなんて!そうよ、ロベールは気が弱いから騙されているのだわ!気が弱いから王になんてなれるはずがないの!レオナルド様が王になればいいのよ」
弾丸のように捲し立てて言うリーネ婦人にあっけに取られているローザをチラリと見つめてレオナルドは肩をすくめた。
「俺は王に向かないから辞退した。ロベールの方が相応しい。あいつは優しい人間だからな」
実の息子が褒められて少し機嫌がよくなったリーネ婦人は大きく息を吐いた。
「あら、ごめんなさいね私ったら、言いすぎたわ。レオナルド様に素晴らしい女性を紹介しようと思ってお連れしたのよ」
隙をついて部屋から出て行こうと思っていたローザはまたリーネ婦人に腕を掴まれてレオナルドの前に立たされる。
「ローザ・オーブリーと申します」
仕方なく挨拶をするローザをレオナルドは冷たく見つめる。
「義母上も俺に女性を紹介するのはもう諦めた方がいい。俺は結婚する気が無い」
(私も、正体不明の女性を傍に置いている人は勘弁よ!)
いくら顔が良くて身分があってもそれだけは許せないとローザは心の中で頷いた。
お互い結婚する気が無いのは意見があう。
「もう、どうして息子たちはちゃんとしてくれないの!その黒い髪の女性はどちらのお嬢様なの?年中一緒に居るからあらぬ噂が立っているのは知っているのかしら?」
機嫌が良くなったはずのリーネ婦人は再度捲し立てるように言う。
「どちらの女性でも構わないだろう。便利だから傍に置いているだけだ」
「女性を便利呼ばわりするなんて……」
額に手を置いて呟くリーネ婦人は疲れたように大きく息を吐いた。
(リーネ様これ以上何を言って無駄な気がするわ)
ローザの目から見ても隣に座らせているルーという女性がお気に入りのようだ。
彼女が傍に居る限り、どんな女性も近寄ってこないだろう。
「あの、私本当にお邪魔みたいなので失礼しても……」
申し訳なさそうに言うローザにリーネ婦人は諦めたのか渋々頷いた。
「私も退出するわ。レオナルド様、私は絶対に諦めませんからね」
「何度言われても変わらないが、俺が暇なら付き合いますよ」
バカにしたように微笑んでいるレオナルドをキッと睨んでローザと共に部屋から退出した。
廊下に出るとリーネ婦人は大きなため息をついた。
「ごめんなさいね。いつもあんな感じなのよ。ローザちゃんぐらい可愛くて若い女性ならばと会わせてみたけれど、ダメだったみたい」
「いえ、気にしていませんから」
元から気に入られたいなど微塵たりとも思っていないためにガッカリはしていない。
横に侍らしているルーという女性と同じように気に入られなくて良かったと胸をなでおろしたぐらいだ。
「息子たちはどうしてこうも、言うことを聞いてくれないのかしら」
「大変ですね。あの、私はこれで失礼いたします」
「悪かったわ。付き合ってくれてありがとう」
すっかり気落ちしているリーネ婦人に別れを告げてローザは父の仕事場へと戻った。
執務室に入ると、バルサルと事務員たちが期待を込めた目で見つめてくる。
「何もなかったわよ」
どっと疲れが出てソファーへと座ると、ワクワクした顔をしているバルサルが前に座ってくる。
「レオナルド殿下に見染められなかったのか?」
「ある訳ないでしょ。ちゃんと噂の女が隣に座っていたわよ。美人で親密そうだったわよ」
「残念だ。我が家からとうとう王室へ嫁入りかと思ったのに」
「行けるわけないでしょ」
ローザが呆れていると、バルサルは恨めしそうに見つめてくる。
「弟殿下のロベール様は、男爵家のご令嬢を見染められたらしい。羨ましい限りだ」
「あぁ、だからリーネ婦人は怒っていたのね」
どこの貴族もだいたいそうであるように、身分があまりにも違うと結婚を反対されることはある。
愛だ恋だと綺麗ごとを言っている立場ではないのだ。
特に王家となればそれなりの女性を娶らねばならないというのはローザも理解が出来る。
それでも、ロベール殿下が真実の愛を見つけたのなら幸せになってもらいたい。
「お疲れの所申し訳ございませんが、どうぞ残りの書類です」
事務の男性が恭しく書類をローザに手渡してくる。
「疲れているのに……」
突然、レオナルド殿下と会うことになり気疲れしているローザに容赦なく書類が渡される。
「嫁に行かないのなら書類を精査してくれ。こいつは生きているか?真実の書類か?」
「休む暇もないのね。世の中書類を改ざんしてまで親の遺産が欲しい人がこんなに居るなんて……」
早く家に帰りたいと思いつつ仕方なく残りの書類に目を通す。
(それにしても、レオナルド様は噂通りの美形だったわね)
パーティーなどで遠目で見たことはあったが、実際近くで見ると噂以上の整った顔を思い出す。
綺麗な顔は嫌いでないが、愛人が出入りしているような男とだけは結婚したくない。
(少し冷たい雰囲気も苦手だわ。もっと優しくて包容力がある人がいいわね)
きっとそんな人居ないんだろうけれどと思いながらローザは書類を整理しはじめた。