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第二話

 あっという間に一週間が過ぎて、その日はやってきた。

 我が主ユキノは私と、最近お気に入りの一振りを携えて、馬車に揺られていた。


「結構、王都から離れるのだな」


 王家御用達の馬車の中で、ユキノはそんなことを呟く。

 確かに、彼女の言う通りだ。馬車が出発してどれくらいの時間になるだろうか。


「城壁を越えて、家もまばらになってきている。空気が美味しいな」


 開いた窓から風を受けて、ユキノはそう言って笑った。

 私は、もの言わぬもう一振りと並べられながら、彼女へと尋ねた。


『我が主ユキノ』

「どうかしたか、ツキカゲ?」


『今さら問うようなことでもないのだろうが』

「うん」


『何故、男性用の礼服を着ているのだ?』

「だって、王子が開くお茶会だろう? 盛装していくべきだろうに」


『我が主ユキノ、君は女性だよな?』

「うん、そうだぞ。でもドレスはイヤだ。ヒラヒラすぎて防御が心もとない」


『私の知識が確かなら、お茶会に防御力は必要ないのでは?』

「王子がいきなり不意打ちをくらわせてきたらどうする」


 その考え自体がすでに不敬に値すると思うのだが。

 と、言ったところで通じないのは見えているので言葉には出さないが。


「それよりもツキカゲ、おまえはもう一振りの方に文句を言うかと思ったよ」

『我が主。それはただの鉄の塊だぞ。そんなもの如きに文句を言ってどうする』

「前から思ってたけど、実はおまえって相当プライド高いよね……」


 当たり前ではないか。

 私は知性ある武具、サクラヅカ家の宝刀ツキカゲ。

 そんじょそこらの鉄塊風情とは武具としての階位からして違うというものだ。


「でも、この剣だってそう捨てたものじゃないよ?」


 言って、我が主は狭い馬車の中でもう一振りを鞘から抜き放つ。

 動きにくいこの場で刃をひっかけず一挙動で抜く辺り、我が主の技量が窺える。


「ほら、見てご覧よ。最近話題の刀匠アサクラが打った一振りさ」


 右手に抜いた一振りを掲げて、我が主はその刀身を私へと示す。

 鞘の内にあっても、私は魔法的な感覚をもって彼女が掲げた一刀を知覚できる。


 そうして見せられた刃は、なるほど、見事なものだった。

 ゆるやかな反りを持った片派の刃はアカツキ国から伝わった暁刀(ぎょうとう)という様式だ。


「これぞ、貯金全部はたいて買った火の暁刀、大焔摩(だいえんま)だ!」


 我が主が、それはそれは嬉しそうにその刀の名を告げる。

 ムラなく均一に鍛え上げられたその刀身は、冴えた鋼の輝きを見せている。

 刃の背に、風に舞う桜吹雪の如く、あるいは舞い散る火の粉の如き模様がある。


 炎桜紋と呼ばれるそれは、この刀に宿る火属性の魔力の表われだ。

 意図して編まれた魔法構造式が刃を作る鋼と融和したとき、この模様は現れる。


 火属性の魔剣の質は、この炎桜紋の表れ方によって測ることができる。

 その観点でいうならばこの刀は非常に質の高い魔剣であると断言できそうだ。


 単に刀として見た場合でも、名刀の誉れを受けること必定。

 この私からして、そう認めざるを得ない、それは見事な暁刀であった。


 ――まぁ、私には微塵も、少しも、これっぽっちも及ばないのだが。


『なかなかのものだな』

「だろ? だろ? 王都一の魔剣鍛冶アサクラの作品だからね。ふふ~ん!」


 出た。

 我が主が上機嫌になったときに見せる、鼻を鳴らす笑いだ。


「この大焔摩はデザインのカッコよさもさることながら、刀身に浮かぶ炎桜紋の優美さと、それに追随する火属性魔剣としての性能の高さが、また格別で――」


 そして、私が聞いてもいないのに、その暁刀の素晴らしさを早口で語り始めた。

 割といつものことなので、私は適当に相槌を打って聞き流す。


「今回のお茶会には是非盛装で、と言われたからな。持ってきちゃった!」

『うむ。それを持っていくことを知ったアキヒトが朝から薬用酒を煽っていたな』


 仕事での登城さえなければ、きっとあいつは我が主を止めていただろうな。

 それで止まる我が主とは思えないけれど。


「おっと、馬車が止まったな」


 言うが早いか、我が主は大焔摩を鞘に戻して、席を立つ。

 御者が外から扉を開けて、馬車から出た我が主は「ありがとう」と礼を言った。


「へぇ、ここが……」


 我が主ユキノが、そこに立つ屋敷を見上げる。

 それは王都でも珍しい木造建築で、俗に和風と呼ばれるアカツキ様式の建物だ。


「サクラヅカの別荘で見慣れてるけど、それ以外じゃ初めて見るなぁ」


 ユキノは物珍しげに周りをキョロキョロと見回す。

 すると何かを見つけたのか、彼女は「お?」と声を漏らして視線を上げた。


「見て見て、あの煙、何だろうなァ?」

『確かに、建物の向こうから細い煙がたなびいている。何だろうか』


 と、私と彼女が煙の方に注目していると、


「いらっしゃいませ。サクラヅカ辺境伯令嬢。お待ちしておりました」


 屋敷の戸が開き、その向こうからメイドとおぼしき女性が表れて頭を下げる。

 その格好は屋敷に合わせてか、アカツキ様式。即ち、和装であった。


「あ、ども。ユキノ・ミリシア・サクラヅカです。呼ばれたので来ました」

「はい、伺っております。では、中庭にご案内いたします」


 無礼極まりない物言いをする我が主に、そのメイドは柔らかく微笑み返す。

 その楚々とした歩き方からして、彼女の高い教養が垣間見えた。


「綺麗な人だなぁ。お嫁さんにするならああいう人がいいな」


 メイドのあとに続きながら、いきなり我が主がそんなことを言い出す。


『我が主、ついに狂ったか』

「うるさいなぁ。私が誰かのお嫁さんになるなんて、それこそ冗談だろ」


 これを本気で言っているのだから、アキヒトも悲嘆するしかない。


「私は〈剣客〉だぞ。私が恋をする相手は後にも先にも自分の強さだけだ」

『言い切ってしまうのか、それを』

「ハハ、ツキカゲさ、私が誰かに恋をするなんて気持ち悪いこと、想像できる?」


 気持ち悪いこと、と来たか。

 確かに、ここまで男勝りな性格の彼女をモノにできる男など想像がつかないが。


「ま、そういうことだよ。だから私は次期当主を望むのさ」

『だがもしかしたら、これから会う第八王子が――』


「今までがダメだったのに、今回はいける、なんてことはないでしょ」

『どうかな。第八王子は、これまでとはいささか毛色が違うようだぞ』

「まぁ、王家きっての変人、らしいけどねぇ……」


 我が主が言葉を濁す。

 結局、第八王子がどのような人物であるかは、知ることができなかった。


「でも関係ないかな。そもそも私が恋なんて欲してないんだから」


 と、そんなことを言っているうちに、中庭に到着した。

 いや、中庭というか、ここは――、


「……縁側じゃないか」


 庭は、確かに庭ではあった。

 広々としたそこには池があって、石の灯篭があって、様々な木々が植えてある。


 そしてその庭を一望できる場所に、屋敷の廊下があった。

 これはアカツキ様式の建物でいうところの縁側そのものだ。ここが中庭扱いか。


「へぇ、いい趣味してるな」


 我が主が感心して口笛を吹く。そこに、カコーンという硬い音が聞こえた。

 それは、竹を用いて作られたシシオドシが鳴らしたものであった。


「あれ、メイドさんは?」


 我が主がそちらに気を取られている間に、メイドがいなくなっていた。

 そして一人になった我が主が、私を含めた二刀を携えて庭へと歩み進んでいく。


「あ、いらっしゃーい」


 澄んだ鈴の音のような声がした。

 陰になっていた部分に、アカツキ様式のドレス――、着物を着た少女がいた。


「こんにちは……」


 我が主がちょっと驚いた顔をして挨拶をする。

 てっきり第八王子が待っているものと思っていたのだろう。

 しかし、そこにいたのは桜吹雪の着物を着た、桜色の髪の少女であった。


 いや、髪の毛はよく見れば明るい金髪。

 日光の当たり方によって、桜の色合いを帯びる、珍しい髪色だ。

 彼女はその髪を後ろに括って真っ赤なリボンで飾っている。


 瞳は空色。

 肌は透けるように白く、桜色の着物との間に淡いグラデーションを作っている。


 袖から覗く細い手には白い絹の手袋をしている。足には足袋と黒い高下駄。

 それでも、我が主と比べて随分と小柄で、人形のように可愛らしい少女だった。


「ユキノ・ミリシア・サクラヅカ辺境伯令嬢?」


 少女は我が主の名を問いながら、こちらに近づいてきた。

 そうすると、両者の身長差がはっきりとわかる。少女は我が主を見上げていた。


「ああ、その通りだが。君は? 私は第八王子に招かれて来たのだが……」

「あ、うん。待ってたよ。時間通りだね、えらいえらい」


 少女はそう答えて、へにゃりと屈託なく笑った。


「……ん?」


 その反応に、我が主ユキノが首をかしげる。


「ええと、第八王子は」

「俺」


 少女が、自分を指さした。


「……君が?」

「そうそう。俺がこの国の第八王子、チエルだよー」

「嘘だぁ」


 我が主、驚きすぎて完全に素が出ているぞ、我が主!

 だがむべなるかな。これまでの七人は全員我が主より全然背が高かった。


 さらには体つきも屈強で、私も完全にそのイメージが定着していた。

 まさか、第八王子がこのように少女然とした容姿の持ち主だとは思わなかった。

 声も非常に高く、未だ、彼が男性とは信じがたいほどだ。


「うわぁ、噂には聞いてたけど、本当に男装してんだね、ユキノちゃん」


 ユキノちゃん。

 我が主をそう呼ぶ人間は、我が主の乳母以外では初めて見た。少し驚いた。


 第八王子たるチエル殿下は、はしゃぐ子犬のように我が主の周りを回る。

 そしてその姿を興味深そうに眺める彼に、我が主は咳払いを一つ。


「チエル殿下こそ、そのお姿は一体? 女装、のように見えますが?」

「え、うん。女装。俺って可愛いじゃん? だから女装」


 自分は可愛い。だから、女装をする。

 待て、その二つは「だから」で繋げていいものなのか。聞いたことがないぞ。


「へぇ、俺のこと知らなかったんだ。王宮じゃ噂になってるって聞いたけど」

「そんな噂に耳を貸すヒマがあるのなら、私は素振りをしていますから」


 我が主が憮然として言うと、チエル殿下は「さっすがー!」と大声で笑った。


「うんうん、聞いてた通りの人だね! 会えて嬉しいよ、お茶飲も、お茶!」


 何故、彼はこんなにもはしゃいでいるのか。

 その理由が、私には見えない。我が主も同じようで、明らかに困惑している。


「お茶請けも用意してるけど、固焼き煎餅とお饅頭、どっちがいいかな?」

「あの、チエル殿下……」


「お茶はねー、アカツキ産のギョクロっていうのを時間かけて水出ししてねー」

「だからですね、チエル殿下」


「――兄貴達、ボコしちゃったんでしょ?」

「え」


 笑顔のまま、チエル殿下がそんなことを言い出す。


「俺の上の七人、全員から婚約破棄されて、ここに来たんだよね?」

「それが、何か? 七人とも、私を扱いきれぬと申しておられましたが」


 殿下の見せる得体の知れない笑みに、我が主は僅かながら警戒をする。

 その手は、腰に差した私の柄へと伸びかけて――、


「ありがとう!」

「……はい?」


 突然お礼を言われて、我が主が固まった。


「あいつらさ、揃って俺のことチビだのガキだの言ってさ、ムカついてたんだ!」

「え、あの……」

「だから君があいつらブチのめしたって聞いて、スカっとしたよね!」


 とても晴れ晴れとしたイイ笑顔で言って、殿下はまたお茶の準備を始める。

 キリコと呼ばれるガラスの器に注がれた茶は、何とも涼しげな薄緑色。


「はい、どーぞ!」

「あ、どうも」


 キリコを殿下から渡されて、我が主は視線をしばし彷徨わせる。

 普段は自信に溢れ、何事にも爆進していく彼女が、珍しく勢いを挫かれていた。


「そんなところに立ってないで、こっちに来て座りなよ」

「はぁ、わかりました……」


 チエル殿下に言われるがまま、我が主は縁側に腰を下ろす。

 すると、その隣に殿下が座ってお茶を一口啜った。


「ん、このほろ苦さがいいね」


 笑って言う彼の横で、我が主も茶を啜って「おいしい」と感想を漏らした。


「そう? よかった!」


 殿下が笑うと、近くからチリリンという音が聞こえてきた。

 それは、私にとっても我が主にとっても、かなり馴染みの深い音である。


「風鈴を飾っているのですか?」

「うん。夏までまだ少しあるけど、だいぶあったかくなってきたしねー」


 その小さな口に固焼き煎餅を頬張りながら、チエル殿下はそう返した。

 風鈴は、アカツキ国の文化の一つで、夏になったら軒先や窓際に飾ったりする。


 風鈴の音を聞きながら、縁側に座る我が主と殿下が無言で茶を啜る。

 音の響きからして、ガラス製の風鈴か。甲高くも澄んだ音は、何とも涼しげだ。


 殿下は煎餅をかじり、我が主は饅頭を頬張った。

 互いに言葉はない。

 しかし、そこに流れてくるゆるやかな風に、ふと、殿下が笑った。


「いい風だね。心地いい」

「ええ、そうですね」


 そして我が主もうなずき、穏かに笑って――、


「って、そうではないのです!」


 すごい勢いで縁側から立ち上がり、大声で吼えた。

 笑顔で首をかしげるチエル殿下に向かって、我が主が目つきを鋭くする。


「私がこの場に参上したのは、お茶を飲むためではありません」

「あれ、そうなの?」

「当たり前でしょう! 私がここまで着た理由は――」


 言葉と共に、我が主の右腕が動く。

 次の瞬間、鞘に収まったままの私がチエル殿下へと突きつけられていた。


「一手、殿下にお手合わせを願うためです」

「何それ、婚約者に相応しいかどうかのテスト?」


「そう思っていただいて構いません」

「ふ~ん、そっかぁ」


 眼前に鞘を向けられながらも、しかし、殿下はまるで動じた様子を見せない。

 かなり肝が据わった人物ではあるようだ。

 しかし、それだけでは我が主の狙いを挫くことはできない。


 婚約者である王子に勝負を吹っ掛けて、これに勝利する。

 そうすることで、プライドをへし折られた王子に婚約破棄を切り出させるのだ。

 第一王子で成功して以降、それは我が主の常套手段となっていた。


 方法としてはこれ以上ないほど単純明快である。

 しかし、勝負を仕掛けられる男からすれば逃げるわけにはいかないから厄介だ。


 武が尊ばれるこの国で、女から逃げるなど恥辱以外の何物でもないからだ。

 ましてや国の先頭に立つ王家の人間となれば、なおさらのこと。


 そういった意味で、簡潔ながらも非常に成功率が高いやり方なのである。

 そして我が主は、今回もその方法を用いようとしている。だが、


「やるワケないじゃん」

「……は?」


 チエル殿下は、朗らかに笑いながら我が主に否を叩きつけた。


「だって君って〈剣客〉でしょ。この国最強じゃん。勝てるワケないって」


 アッハッハと笑いながら言うそれは、完全な敗北宣言であった。

 それを聞いて、我が主がきょとんとなる。

 チエル殿下は王家の人間。本来なら絶対に逃げてはならない立場の人間なのに。


「逃げるのですか?」

「うん。逃げる。逃げて、そんで君の婚約者っていうのを堂々と主張するね!」


 真顔になっている我が主に、殿下は声の調子を変えずに軽く言った。

 その言葉に、挑発してたはずの我が主が逆に顔色を怒りによって赤く染める。


「何という、恥知らずなことを……」

「あれ、怒った? でもさ、やる前から結果わかってるじゃん」


「それでも、女に挑まれて逃げるなど、腑抜けにも程がありましょう!」

「そうかな? 自分より強い人から逃げるのは、別に恥ではないと思うけどなぁ」


 我が主の言葉にも理があり、殿下の言葉にも理があった。

 ならば問題はどちらが正しいかではなく、単純に両者の感情のみに絞られる。


「私にこうして刀を向けられて、あなたは何とも思わないのか!」

「思うよ」


「ならば――!」

「顔に傷がついたらやだなー、って」

「……はぁ?」


 我が主ののどの奥から、間の抜けた声が漏れた。

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