第七話
これがライザ嬢に降り掛かった理不尽を払うべく、マリウスがミカエル達との神前決闘に挑む事となった経緯である。
元々、リーンには聖女としての人気のせいもあったが、神前決闘までの数日間に国の情報操作もあったようだ。ライザ嬢は貴族、騎士のみならず国民の大半から嫌われてしまっていた。
ゆえに、神前決闘が始まるまで彼女は針の筵に座らされたような休まらぬ日々を送っていたと思われる。マリウスも悪女の手先と嫌がらせを受けていたが、彼は萎縮するどころか逆に闘志を漲らせていた。
ライザ嬢の敗北を願う声の影響もあったが、圧倒的にマリウスが不利であるのは誰の目にも明らかであった。
だから、下馬評では誰もがマリウスの敗死を予想した。
決闘の日になり来場した観客はマリウスの死を願った。
実際、先程の試合の様に、マリウスがカルマンとザックを立て続けに降したにも拘わらず観客は誰も彼を讃えないのだ。
それにマリウスの不利な状況はまだ何も変わっていない。まだ殺意を持つ三人を殺さずに打ち破らねばならないのである。
更に、例えこの決闘に勝利できたとしても、果たしてイノラス王やミカエルがすんなりライザ嬢とマリウスを見逃すかは怪しい。
それが分かるからこそライザ嬢はマリウスの控え室を訪ねて来たのであろう。
「このままではマリウス様のお命が……お願いです。このままお逃げください」
マリウスの命を救う為に。
ライザ嬢の目から溢れ出て頬を伝う水滴がきらりと光る。
それは彼女がマリウスを案じるとても清らかで美しい雫。
「俺はライザ様に……あなたに剣を捧げた」
はらはらと涙を流すライザ嬢に歩み寄ると、マリウスはそっと後悔の涙を拭った。
「元より死は覚悟の上です」
その優しい手にライザ嬢は自分の手を重ね、マリウスに濡れた瞳を向けた。
「それとも俺のような卑賎の身に捧げられる剣は迷惑でしたか?」
いいえ、いいえとライザ嬢は頭を振る。
「私はマリウス様に剣を捧げていただけるような女ではございません」
「あなただけだ……俺が剣を捧げたいのはライザ様だけなのです」
どうして、とライザ嬢の瞳が問う。
それに対しマリウスは寂しく笑う。
「俺は畏れ多くも侯爵家のご令嬢に恋をしてしまったから」
「マリウス様それは!?」
ライザ嬢は目を大きく見開き、言葉を失くした。
「俺は勝ちます……必ず……あなたの為に……」
「マリウス様……」
「そろそろ時間です」
決闘へ赴くためマリウスは踵を返して扉を開けたが、その場でいったん立ち止まった。
「ライザ様――」
背を向けたままマリウスはライザ嬢に告げた。
「――あなたを愛しています」
その言葉を残して部屋を出たマリウスの耳にライザ嬢の嗚咽が扉越しに聞こえてきた。だが、マリウスは引き返す事なく闘技場へ向かうのだった……