第五話
「だが貴様は仮にも私の婚約者だった女だ」
その場に崩れ落ちたライザ嬢へ向けるミカエルの目はどこまでも冷たい。とても婚約を結んでいた者とは思えない。
「慈悲をくれてやろう」
「……ミカエル様?」
泣き崩れる彼女の哀れな姿に、ミカエルは温情を与えると曰う。だが、その言葉とは裏腹にミカエルの声にライザ嬢への情味は一切なく、寧ろ嘲りの色が含まれていた。
顔を上げたライザ嬢の目に入ったのは、ミカエルが彼女に向けるは下卑た笑い。
「神による裁定を執り行おう」
「まさか神前決闘を!?」
ライザ嬢は悲鳴にも似た声を上げた。
決闘は様々な事由で行われるが、最終的には勝敗により遺恨を残さず物事の解決を図るもの。神前決闘ともなれば、その勝敗は神の意思によるものと考えられる。
「お前はリーンを糾弾したのだ。神にその善悪を問おう」
どのような者であれ、その勝利は神聖視され勝った方の正義こそが真実となるのだ。
「リーンの代理人として私とカルマン、ダール、ザック、バリアスの五人が相手をしよう」
「そんな!」
決闘者の名前を聞いてライザ嬢は青ざめた。
カルマンとザックは王太子ミカエルの騎士であり、ダールは名の知れた魔術師だ。ミカエル自身も決して弱くはないし、彼の侍従であるバリアスもそこそこの使い手だ。
ライザ嬢は貴族としての素養も高く魔術もそれなりに使えるが、実戦経験などある筈もない。まともに戦えはしないのだ。
ましてや1対5の決闘は熟練の騎士でも勝つのは難しい。
一見ライザ嬢への温情とも思えるが、彼女に勝ち目は万に一つもないのだから完全に悪意しかない。ミカエルの思惑は神前決闘で勝利し、自分の浮気の事実さえ神の意思として正当化しようとしているのだ。つまり、徹底的にライザ嬢を貶める算段であろう。
「私一人で五人も相手をするなんて……」
「貴様も代理人を立てればよかろう」
そう言って、くつくつと笑いミカエルは大仰に会場を見回した。
「もっとも、立候補する者がいればだが」
今のライザ嬢に助力を申し出る者などいるはずもない。
リーンは聖女として国民から支持を受けており、次期国王となるミカエルを敵に回すなど自殺行為である。しかも、この二人の仲をどうやらイノラス王も黙認しているみたいである。
心情的にライザ嬢に同情している者でも、婚約破棄され家からも勘当された彼女を助ける利は全くないのだ。
ここで決闘代理人の名乗りを上げる者など自殺志願者としか思われない。
「本来なら即刻この場で死を賜るだけの貴様が、名誉を回復できる機会を得るのだから文句はなかろう?」
自分はなんて慈悲深いのだと嘯くミカエルには最初からライザ嬢を助命する意思などないのだ。
これは完全にライザ嬢を嬲り者にして楽しんでいる。
非道な振る舞いであり、何とも惨い仕打ちとしか言いようがない。
だから、呼び掛けても無駄なのはライザ嬢にも理解できているのだろう。それに、決闘に巻き込めば、その者に待っているのは完全な破滅。それを理解している心優しいライザ嬢には助けを求める言葉が出てこない。
「さて、誰ぞライザの代理人になる者はいるか?」
その彼女に代わりミカエルが呼び掛けるのは決してライザ嬢への同情からではない。完全に彼女を馬鹿にしているのだ。
「くっくっくっ、麗しの姫君の為に手を上げる勇敢な騎士はいないか?」
いる筈もない……ミカエルはそう高を括っているのだろう。
「そうか、いないならば我ら五人とライザによる神前決闘を……」
「俺がライザ様の代理人になろう」
その時、ミカエルの言葉を遮って名乗りを上げる勇者が現れたのだった……