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第二話


 ザックが開始線の前で止まると審判は右手を頭上に掲げた。



「この決闘に掛けしは侯爵令嬢ライザ殿の名誉。誓約の神ミストラが照覧し給う。双方、決闘の帰趨に異を唱える事なかれ」

「「応!」」


 神に捧げる審判の宣誓にマリウスとザックの二人が同時に応じた。


「始め!」


 審判が開始の合図と共に天へ向かって挙げていた右腕を振り下ろす。



戦場(いくさば)を駆けし麗しき戦乙女……」


 ザックは身体能力を向上させる魔術の呪文を紡ぎ始める。


 騎士は魔術を直接攻撃に使うよりも肉体強化に充てて戦うのが一般的だ。しかし、決闘では事前に魔術を準備するのは禁止されている。


 ゆえに、ザックのような騎士は身体強化を開始直後に行使するのは決闘の常道であった。



 だが――



「……我、汝に請い願――なっ!?」

「シュッ!」


 まだ詠唱の途中であったザックを風を切るような掛け声と共に鋭い一撃が襲う。止む無く彼は呪文を中断してそれをかろうじて剣で防いだ。


 マリウスがいきなり飛び込んで来たのである。


「馬鹿な!」


 ザックが驚いたのはマリウスが常道を破って自分と同じ様に魔術を行使しなかった事ではないだろう。


 何故なら魔術を不得手とする者や奇襲として同様の戦術を選択する者も少なからずいるからだ。


 初撃こそ呪文を破棄して受け止めたのはさすが王太子付きの騎士であるが、彼の体勢は大いに崩れ俄然マリウスが優勢となった。


「ハァッ! タァッ! トォッ!」

「ぐっ、どうしてこんなに速く重い!」


 次々に繰り出されるマリウスの剣を受けながらザックが驚愕している理由――それは、マリウスの剣が魔術の補助無しとは思えない強さだったからだ。


 こんな不利な状況で剣戟を続けられるはずもない。


 瞬く間に追い詰められたザックは剣を弾き飛ばされ、地に尻もちをついて無様を晒した。


 その喉元にマリウスが剣先を突きつける。


「勝者マリウス!」


 再び審判からマリウスの勝利が宣告された。


「待て! 今の試合は無効だ」

「神前決闘の結果は全て神の裁定です」


 勝敗は覆らないと審判は冷たく言い放つ。


「だが、今のは明らかに反則だろ!」


 だが、ザックは引き下がらない。


「マリウスは明らかに魔術で肉体を強化していた」

「それがどうかされましたか?」

「事前に魔術を仕込んでおくのは反則だろ!」

「確かに魔術を準備しておくのは禁じられております」

「だったら……」


 ザックがなおも言い募ろうとするのを審判は手で制した。


「マリウス殿は前もって身体強化したのではありません」

「馬鹿な! あれだけの身体能力が魔術なしだと言うのか」


 あり得ないと食って掛かるザックへ審判は冷たい目を向ける。


「当然あれだけの力は強化魔術によるものですよ」

「禅問答をしているのではないぞ」

「難しい話ではありません。先程のカルマン殿との決闘で使用していた身体強化魔術が持続していただけです」

「――ッ!?」


 この時になってザックは己の迂闊さを悟ったようだ。


「だ、だが、それならマリウスの反則負けか試合の無効に……」

「なるわけがないでしょう」

「何故だ!?」

「この決闘を早急に開始しろと仰ったのはザック殿ではないですか」

「そ、それは……」

「これがマリウス殿の提案であればザック殿の主張は通ったでしょう。ですが、ご自分で強要しておいて意に沿わない結果になったからと異議を申し立てるなど……」


 最後まで言葉にしなかったが、審判の目は語る。

 どれだけ恥知らずなのだと。


 名誉を重んじる騎士にとって、これ程の恥辱はない。



「…………」



 悔しそうに肩を震わせしばし佇んでいたが、やがてザックは踵を返して退場した。


「それでは一旦ここで休憩とする」


 ザックの去って行く背中を冷ややかに見送った審判は、今度こそ休憩を宣言した。王太子側はこれ以上の醜態を恐れたのか、審判に対して抗議の声を上げる様子が見えない。


 観客からマリウスを責める声がまばらに聞こえてきたが、やはり彼は静かだった。最後までマリウスは一言も発せず闘技場を後にしたのだった。


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