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第十七話

 

「イノラス陛下、申し出は大変ありがたいのですが……」


 ミカエルに虐げられライザ嬢は何処か自信を失っていた。だから、いつも彼女は何処か節目がちで、声も弱々しくくぐもっていた。


 だが、その(くら)い瞳には力強い光が戻り、声にもしっかりとした張りが出ている。


「ハイネ殿下との婚約の件、貴族籍に戻る恩赦も併せて丁重にお断りさせていただきます」

「何だと!?」


 きっぱりと拒絶されイノラス王は目を剥いて驚いた。

 断られるなどとは露にも思っていなかったのだろう。


「わしの恩情を無下に拒むとは!……いや、その、ライザよ、考え直さぬか」


 自分の思い通りにならず声を荒げてしまったイノラス王であったが、衆目を集める闘技場の舞台でさすがに(まず)いと判断したようだ。


 すぐに猫撫で声でライザ嬢の翻意(ほんい)を促した。


 ミカエルは民衆の支持を失い、天意に叛いた。彼は王太子であり、それを支援していたのはイノラス王なのである。王自身も同様に扱われる可能性が高い


 現状ではイノラス王に分が悪く、それくらいの判断はまだつくらしい。


「お主にとって悪い話ではあるまい?」


 なんとも白々しい。


 イノラス王の提案は確かにライザ嬢にも恩恵があるのは間違いない。

 だが、それ以上にイノラス王自身にとって利がある申し入れなのだ。


「今回の件で名誉を損なわれたのを気にしているのかもしれんが、わしが必ずお主の名誉を守ろう」

「そうではありません」


 何とかライザ嬢を説得しようとイノラス王は試みたが彼女は頷かなかった。


「私はこの神前決闘に……神に捧げられた供物です」

「だが、マリウスが勝利した今お主は自由の身だ」


 ライザ嬢は静かに首を振った。


「私はマリウス様の無事を祈りました。神に願ったのです……この身を捧げて……」


 ライザ嬢は祈るように手を組んだ。


「だから私の全ては神の物……ならば神の意思に従い私は勝者のものとなりましょう」


 ライザ嬢はマリウスへと体を向け、曇りなき晴れた空色の瞳で真っ直ぐにマリウスを見据えた。


「マリウス様、私は家を追われ貴族ではないただの一人の女となりました」


 ライザ嬢の言葉は大きくはないのに凛と響く。


「私は侯爵令嬢としての地位はありません。受け継ぐべき財産も無く一文無しです。父から捨てられ身寄りもありません。神にこの身を捧げた私は天涯孤独となりました。この身一つとなりました……私はマリウス様へ何一つ与えられる物がありません……それでも私をもらっていただけますか?」


 先にイノラス王の申し出を断り、ライザ嬢は全てを捨ててからマリウスへ想いを告げた。その潔さと勇敢さに心を動かされない者はいない。


 勤勉で真面目であり過ぎたが故に誰よりも努力して、愛の深さ故に裏切りに踏み躙られたライザ嬢は心がずたずたに引き裂かれてしまった。


 それが原因で嫉妬に狂い道を一度は踏み外してしまったライザ嬢だったが、今の彼女は憑き物が落ちた様に清々しい。


「ライザ様、俺は戦場に訪れたあなたを見た」


 マリウスの赤い瞳はライザ嬢を映しながらも、出会った頃の彼女を投影しているかのよう……


「そこは貴族達は誰も見向きもしない小さな局地の戦いで……そこにあなたは現れた」

「それはお話ししたと思いますが、私はただリーン様への対抗意識で治癒師の真似事をしていたに過ぎません」

「それでもライザ様は俺の前に現れた。その動機は関係ない。あなたが俺達を救ってくれた事実は変わらないから」


 マリウスはその大きな手でライザ嬢の小さな手を取った。


「あなたは何も持っていないと言う。ですが、あなたは今まで多くの努力を重ね、この小さな手で様々な事ができるようになりました」

「ですがそれは私のつまらない嫉妬で……」

「理由など些細な事です。重要なのは今のあなたは努力によってたくさんの物を得た事実だけです」

「マリウス様」

「そして、俺は知っています。奪われ続けながらもライザ様は自分の持つ物を他の人に与えられる素敵な方だと」


 その言葉こそライザ嬢が欲したもの。

 彼女の瞳から一筋の光が流れ落ちた。


 婚約者のミカエルからは矜持と尊厳を、リーンからは婚約者と人望を、イノラス王からは家と貴族籍を……ずっと……ずっとずっと、ライザ嬢は奪われ続けてきた。


 努力し続けながらも報われない、その苦しみを誰が理解できようか。


「ライザ様、あなたは俺にたくさん与えてくれているのです」

「私は……私は……」


 次々に溢れ出す雫は彼女の積もり積もった想いそのもの。


 ライザ嬢はマリウスの大きな胸に縋って泣いた。


「そんなライザ様が好きです」


 マリウスは自分の胸で涙を流すライザ嬢を優しく包み込む。


「俺はあなたを愛しています。俺と共に生きてくれますか?」

「はい……はい、マリウス様」


 ライザ嬢も腕をマリウスの背に回す。


 観客席から拍手が湧き起こり、そんな抱き締め合う二人を祝福したのだった……


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