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第十六話

 

 わっと闘技場が沸いた。

 マリウスを(たた)える声で。


 初めはあれ程マリウスに攻撃的だった観客達も今や誰もがマリウスを褒め、彼に寄り添うライザ嬢を非難する者はいない。



「マリウス様……ありがとうございます」


 ライザ嬢は血の滲む様な努力を積み重ねてきた女性だ。だが、その研鑽を誰にも認めてもらえず押し潰されそうになっていた。


 そこに救いの手を差し伸べてくれたは特別な存在となっているに違いない。マリウスを見つめる目が濡れている。


「礼は不要です。言ったでしょう、俺には下心があるって」

「ふふふ、そうでしたね」


 くすくすとライザ嬢は明るく笑う。

 昏く沈んでいた彼女はもういない。

 マリウスが彼女の闇を祓ったから。


「ライザ様、俺はあなたが好きです」

「はい」

「ライザ様、俺は貴族には及ばない騎士階級です」

「私は貴族籍を剥奪された平民です」

「いや、ライザ様はそれでも気高く美しい……そんなあなたに俺が想いを寄せるのは身の程知らずなのでしょう」

「マリウス様……」


 ふるふると首を振るライザ嬢の頬にマリウスは自身の大きな手を添えた。


「それでも俺は……あなたを……」


 幾多の戦場で死線を潜り抜け、今回の決闘でも命も賭けたマリウス。

 その彼がライザ嬢を前にして、肝心の言葉を上手く紡げないでいる。


「……あなたは()だご自分の想いを完全に断ち切れてはいないでしょう」

「……そうですね」

「だから……それでも……あなたの想いの全てを俺は……」

「マリウス様……私は……」


 マリウスは意を決して想いを告げようと、ライザ嬢は何か言いたそうに口を開いたが、その二人を遮る者が現れた。


「見事な戦いだった」

「イノラス陛下!?」


 それは貴賓席から闘技場へ降りて来たイノラス王であった。


「決闘の勝者マリウスを讃えよう」

「……」


 今更のこのこ出て来て何の意図があるのか?

 手の平を返すイノラス王にマリウスは警戒の色を強めた。


「また、王太子にあるまじき数々の行状が目に余るミカエルを廃嫡する事を宣言する」

「――!?」


 もはや死んでいるミカエルを廃嫡などとんだ茶番である。

 イノラス王の目論見は明白だ。全ての罪をミカエルに被せて地獄まで持って行かせるつもりに違いない。


「それと同時に第二王子ハイネを次の王太子とする」


 しかも、何故かこの場で立太子まで宣言している。

 イノラス王の真意が見えず誰もが事態を見守った。


「さて、ライザ嬢の件だが……」


 ここからが本題だろう。

 マリウスとライザ嬢はイノラス王が何を要求してくるのか身構えた。


「我が不肖の子ミカエルにより不当に婚約破棄されたと神が裁定を下された。よって、ライザ嬢の婚約破棄は取り消し、改めて婚約解消とする。ついてはライザ嬢の貴族籍を元に戻し再びバローム侯爵家の一員となるよう取り計らおう」


 どうやら全面的に王家が非を認め、ライザ嬢を取りなしている。

 どうにも今までのイノラス王との言動と一致しない宣言である。


「また、不貞を働いた聖女リーンをラコール王国との境界線へ送り、生涯その力を国の防衛に貢献してもらう」


 隣国ラコールに勝利したとは言え未だ小競り合いは続いている。いつまた攻めてくるとも知れない国境線は言わば最前線である。


 リーンにはかなり苛酷な未来が待っているようだ。


「ライザよ、そなたはこれで晴れて無実の身となった」

「……ありがとうございます」


 イノラス王に言葉を掛けられ、ライザ嬢は膝をついて(こうべ)を垂れた。


「とは言え、そなたもミカエルやわしに思うところもあろう」

「いえ、私は……」

「おお、そうだ」


 今、名案を思い付いたかのようにイノラス王は手をぽんと打ったが、どうにもわざとらしい。


「そなたをハイネの婚約者としよう」

「ですが……」

「遠慮はいらん。わしの罪滅ぼしだ。ハイネの妻となればライザ嬢の名誉も回復されるだろう」


 何とも恩着せがましい物言いだ。しかも、しれっと全ての罪をミカエルとリーンに押し付けており、己は何も悪くないとばかりの態度だ。


「我ながら名案である」


 イノラス王の考えは見え透いている。


 神の恩寵を得た、或いは得たと思われるライザ嬢を取り込みたいのだ。あわよくば彼女の為に命を賭したマリウスをも手中に納められる。


 つまり、この婚約の提案は王太子ミカエルにより窮地に立たされた自分の立場を守る為のものである。


 マリウスもそれに気がついたのだろう、拳を握り締め震わせていた。

 しかし、これでライザ嬢の地位と名誉が回復される。マリウスはきっと何も言えないだろう。


「ささ、城へ戻り急ぎ手続きをしよう」

「陛下」


 それまで黙って聞いていたライザ嬢が僅かに下げていた顔をあげた。

 ずっと弱っていた彼女の瞳はいつの間にか強い光を宿していた……


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