第十四話
ゆっくりと歩み寄ってくるマリウスから滲み出る圧倒的な圧力を戦場を知らないミカエルが受け止めきれるものではない。
ついに、ミカエルは苦し紛れに突きを繰り出したが――
「か、神よ、我を救いたまえ!」
「心根の腐った貴様に神が味方をする筈もない」
――ガン!
マリウスの剣が上から叩き付けられて、ミカエルの剣はカランと音を立て地に落ちた。
「イノラス陛下は殺傷を禁じたが、もう貴様で最後だ。それを守る必要もない」
「ま、まさか、マリウス、貴様、私を殺すつもりか!?」
「俺も後に処刑されるだろうが……神前決闘の勝敗は覆らない」
「ま、待てマリウス!!」
ミカエルが制止の声を上げたがマリウスは意に介さず剣を大きく振り上げた。
「よ、よせ、ライザにはもう何もせん!」
「貴様が生きていてはライザ様が前に進めないのだ」
巌の如き巨体のマリウスが剣を上段に構える。
その迫力に圧されミカエルは尻もちを突いた。
「先に地獄で待っていろ」
「止めろぉぉぉ!!」
ごぉっ!
マリウスの剣が大気を斬った。
その音が観客席にまで届いた。
誰もがミカエルが死んだと思っただろう。
だが、マリウスの剣はミカエルの頭すれすれの所で止められていた。
「あっ、あっ、うっ、うぁ……」
がくがくと震え、ミカエルは言葉にならない声を漏らす。
「止めておこう。貴様の様な薄汚い奴を天に捧げては神の怒りを買いそうだ」
にやりと笑ったマリウスも意地の悪い男だ。
最初から殺すつもりなどなかったのだろう。
「勝者マリウス!」
審判の判定がくだった。
マリウスが天へ拳を突き上げた。
わっと歓声が上がり、闘技場に万雷の拍手が鳴り響く。
誰もが不可能だと思っていたマリウスが勝利したのだ。
「マリウス様!」
色々な音が雑多に混じり合う中、最愛の人が自分の名を呼ぶ声をマリウスの耳はしっかりと捉えた。
闘技場への入場口に黒髪の美しい女性の影を見つけてマリウスは柔らかく微笑んだ。
ライザ嬢も青い瞳を潤ませながらも微笑み返し、マリウスへ軽く手を振って応えた。
だが、そのライザ嬢の顔が凍りついた。
その表情にマリウスは訝しんだが、その意味を直後に知った。
「マリウスゥゥゥ!!!」
ミカエルが剣を拾い、背後からマリウスに斬り掛かったのだ!
周囲の大音響にマリウスはその襲撃に気がつくのが一瞬遅れた。振り返った時にはミカエルの剣先がマリウス目掛けて突っ込んで来ていた。
「死ねぇぇぇ!」
「くっ!」
何とか身を捩って躱そうとしたが、マリウスは横腹を斬られてしまった。無理に身体を捻って無理な姿勢となり、また斬られた痛みもあってマリウスは大きく体勢を崩し転倒した。
「よくも……よくも私を愚弄したな!」
倒れたマリウスが見上げれば、ミカエルは血走った目で睨み付けている。その形相は正気を失っている様にしか見えない。
事実、神前決闘において決着がついていながら暴挙に出るなど、神への叛逆と見なされかねない愚行である。いかに王族と言えど神敵と認定されれば命さえ危うくなるのだから、今のミカエルはまともではない。
「殺してやる! 殺してやる! マリウス、貴様を殺してやる!」
ミカエルは剣を大きく振り上げた。
だが、マリウスは何故かそれを凪いだ瞳で見守っている。もしかしたら敢えて殺されようとしているのかもしれない。
ここでマリウスを殺せばミカエルに待っているのは破滅のみ。マリウスはミカエルを死の道連れにして、ライザ嬢を守るつもりなのか?
「止めてぇ!」
「殿下、よしなさい!」
やっと我に帰ったライザ嬢の悲鳴と審判の制止の声もミカエルの凶行を止める力はなかった。
「死ねぇぇぇ!!」
――カッ!!!
突然だった。
闘技場に白い閃光が走ったのだ。
その眩さに誰もが目を焼かれ、世界は白へと変貌した……