第十三話
マリウスが闘技場に姿を現せば、歓声が大きく湧き上がった。
ミカエルは既にやってきており、マリウスを睨み付けている。
だが、その王家の者が出す威圧的な眼力にもマリウスは全く怯まなかった。今の彼は何者も恐れていないのだろう。
「今から貴様に神の裁きを下してくれる!」
「その思い上がりを正してやる」
ミカエルは両手で剣を正眼に構え、マリウスは右手に持った剣をだらりと垂らした。
「この決闘に掛けしは侯爵令嬢ライザ殿の名誉。誓約の神ミストラが照覧し給う。双方、決闘の帰趨に異を唱える事なかれ」
「「応!」」
これで最後。
神がミカエルを支持するか、それともライザ嬢の肩を持つか、全てはこの一戦で決する。
「始め!」
審判の合図に二人は身体強化の魔術を使用した。
そこまでは同じだったが、ミカエルが突進したのに対してマリウスは開始線から一歩も動かなかった。
「死ねマリウス!」
ミカエルが上段から振り下ろした剣をマリウスは事も無げに剣で弾く。
「くっ!」
剣を弾かれ体勢を崩したミカエルがたたらを踏んだ。
だが、マリウスはその隙を攻めようとはしなかった。
「私を愚弄するか!」
開始線から身動きしないマリウスにミカエルは馬鹿にされたと怒り狂い次々に剣を繰り出す。
右から左から、上に下にとミカエルは激しく剣を振るった。しかし、その何れもが悉くマリウスには届かない。
キンキンと剣と剣がぶつかり合う金属音だけが響き渡る。
「貴様の言う神の裁きとはその程度なのか?」
「どうして私の剣が通じない!?」
ミカエルには明らかな焦りの色が見られた。
己の配下が敗れてなおミカエルは勝つ自信があったのだろう。
相手が先の大戦で数々の敵将を屠った英雄が相手であっても。
実際にミカエルは剣も魔術も使いこなし、騎士達とも対等以上に渡り合える実力の持ち主と噂されている。
ところが、ミカエルの斬撃はマリウスを開始線から一歩も動かす事ができない。
「くそっ! くそっ! くそぉぉぉ!」
騎士さえ倒せる自負があったのだから、これには自信を粉々に打ち砕かれたに違いないだろう。
「倒れろマリウス!」
殆ど焼けくそ気味にミカエルは両手で振りかぶった剣をマリウスへ向かって振り下ろした。もちろんマリウスにそんな雑な攻撃で太刀打ちできるわけもない。
キーン、と高い金属音と共にミカエルが剣が弾き飛ばされ、ミカエルは後方へ数歩よろけた。
「王太子は並いる騎士を打ち負かしてきたと聞いていたが、よほど甘やかされてきたと見える」
「なんだと!」
「剣を合わせればわかる」
ミカエルが飛ばされた剣を拾い再び構えたが、そんな隙にもマリウスは開始線から微塵も動いていない。
「おおかた手合わせした騎士達が手心を加えていたのだろう」
「そ、そんな筈は……」
「お前はあまりに弱い」
一歩、マリウスは無造作に進み出た。
気圧されミカエルはじりっと後退る。
「剣のみではなく、その心も」
「くっ、うっ、ううう……」
更に一歩、マリウスはずいっと足を前に出す。
無意識なのだろう、ミカエルは半歩退がった。
「その己の弱さを認める勇気を持たない」
一歩――
「だから他者を責め自分に甘い」
また一歩――
「く、来るな」
「ライザ様を平気で傷つけ、気に入らない臣下を平然と切り捨てる」
一歩、一歩とマリウスは進む。
「わ、私は王太子だぞ!」
「今までは己の地位に守られ我が儘を通してこられただろう」
その歩みはゆっくりだったが、それだけに威圧感が大きい。
「うわぁぁぁ近寄るなぁぁぁ!」
「だが、ここは神に己が正義を問う場……貴様の地位は何の防波堤にもならん」
マリウスは大きな男だ。
それが強烈な圧力を以て徐々に近づいて来る。
ミカエルにとって聳え立つ巨人が迫って来る様に見えるのではないか。
もう恥も外聞もなくミカエルは恐慌状態となって滅茶苦茶に剣を振り回した。
「王太子たる私の言う事を聞け!」
「その醜態こそが貴様の真の姿だ。王太子の衣を脱いだ裸のお前自身だ」
「うわぁぁぁぁぁあ!!」
マリウスから溢れる威圧に抗しきれず、ミカエルは苦し紛れに突きを繰り出した……