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第十二話


 マリウスはそれだけ言い残すと闘技場を後にした。

 再び控え室に戻る為に……ライザ嬢の待つ場所に。



 マリウスが扉を開ければ、やはりライザ嬢の姿がそこにあった。


「ご無事で何よりです」

「後は王太子一人を残すのみです」

「……はい」


 マリウスの勝ちが濃厚になってきた。

 それなのにライザ嬢の顔は晴れない。


「これを倒せばライザ様は晴れて無罪となります」

「はい……」


 そんな彼女の浮かない表情にマリウスは驚いた風もない。


「それでも俺を止めたいのですね」

「マリウス様にはミカエル様と争って欲しくはなかったのです」


 マリウスの勝利にも愁眉の開かないライザ嬢の想いは何処に……


「あなたは優しい女性(ひと)だ」

「いいえ……」

「あなたは愛の深い方だ」

「いいえ……いいえ……」


 ライザ嬢の濡れた瞳は悲しげと言うより心苦しそうに翳っていた。


「違います……私は酷い女なのです」

「今でも王太子を愛しておいでなのですね」

「そうではありません」


 心が悲鳴を上げ苦痛に歪むライザ嬢をじっと黙ってマリウスは見つめる。


「私はミカエル様を愛しているつもりでした……愛そうとしていただけでした……そうしなければ私は自分を保っていられなかったから……」

「それは令嬢としての義務が……」

「いいえ!…………そうではありません……私はただ愛されたかっただけなのです」


 ライザ嬢の懺悔が涙と共に溢れ出す。


「愛されたかった……捨てられたくなかった……この想いに愛などと高尚なものは何も無く……ただそれだけの憐れで愚かな女……私はなんて浅ましい……」

「それの何がいけないのですか」

「え?」


 翳りを帯びた雫を拭い、マリウスはライザ嬢を優しく包み込んだ。


「愛されたいと願う事の何が悪いと言うのです……あなたは高潔すぎる」

「でも私はマリウス様に助けてもらっていながら、未だにミカエル様に愛されたい未練を捨てきれずマリウスの想いを天秤に掛けています」


 大きく逞しい胸に縋りながらライザ嬢は身も心もその全てを委ねられずにいる。


「俺がこの決闘を受けたのにも下心はあります」

「下心?」

「俺は身の程を(わきま)えずライザ様を愛してしまった……あなたを欲した、あなたから愛されたいと願った」

「あっ……」


 マリウスは腰に回した腕に力を篭めライザ嬢の身体を強く抱いた。


「この決闘に勝てばあなたの愛を得られるのではないかと邪な想いを抱いているのです」

「マリウス様」

「人は皆、潔白ではいられない」


 マリウスの熱情が燃え上がった赤い瞳とライザ嬢の深い愛情を映す青い瞳が絡み合う。


「こんな私で良いのですか?」

「俺はたとえ何もかも失っても……全てが敵になろうともライザ様だけを愛します」

「私が想いを断ち切れなくても?」

「俺があなたを愛する事にあなたの想いは関係ありません」


 マリウスの熱が次第にライザ嬢の瞳に伝わっていく。


「ライザ様が王太子に想いを残していても、それを含めて俺はあなたの全てを愛し抜きます」

「マリウス様……」


 自然と顔が近づき互いの想いと共に口唇が重なる。


「俺は必ずあなたを救ってみせます」

「どうかご無事で……」


 部屋を出て行くマリウスの背に向けられた彼女の瞳はまだ濡れていたが、その表情は僅かに柔らぎ微かに微笑んでいた。



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