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第十一話


「まだ終わっていないぞ!」



 あろう事かバリアスは負けを認めずマリウスに斬り掛かったのだ。

 さすがのマリウスも意表を突かれて体勢を崩し防戦一方となった。



「バリアス殿、見苦しいですぞ!」

「黙れ!」



 審判の制止にもバリアスは攻撃の手を緩める気配がない。

 だが、マリウスはすぐに体勢を立て直し攻守は逆転した。



「ぐっ!」



 そして、瞬く間にバリアスを追い詰め、再びその喉元に剣を向ける。



「ま、まだだ!」



 だが、それでもバリアスはマリウスの剣を弾き剣を振るう。


「勝敗は決した。剣を納めなさい」

「俺は五体満足だ。まだ戦える以上は負けではない」


 何とも身勝手な主張である。


 マリウスは国王より不殺を強いられている。バリアスの言い分では彼が根を上げるまで決闘に終わりがない。


「いい加減に……」

「俺は一向に構わない」


 しかし、マリウスはそれさえも受け入れた。


「ライザ様はこれ以上の辛酸をこの恥知らず共に嘗めさせられた。俺もこの程度は甘んじて受けよう」

「その傲慢な態度を後悔させてやる」



 どちらからが傲慢なのだ。

 自分達を省みない者達だ。



 審判も怒りを通り越して呆れたようだ。


 マリウスが何度もバリアスに剣を突き付け、それを払って何度も挑むバリアスのみっともない姿に侮蔑の目を向けている。


 彼もマリウスの真意に気がついたようだ。

 何も言わずに戦いをじっと見守っている。


 それは観客も同じ。


 バリアスへ向けられる視線は冷たい。

 そう、マリウスの狙いはそこにある。

 ミカエル達の醜態を世間に晒す事だ。


 マリウスへ憎悪をぶつけて戦っているバリアスは、周囲の変化にまるで気がついていない。

 バリアスは自分が必死になればなる程、人心が離れていっているのだと理解できていない。


 今までなら王太子側に大きな声援が上がっているところだ。ところが今はどうした事か、観客席は誰もが息を潜め静かである。


 観客もどうやら迷い始めているようだ。


 ライザ嬢は聖女リーンを害した悪女、マリウスはその手先と聞かされていた。だから最初は民衆の心はリーンの代理人である王太子達よりだった。


 だが、カルマンは罵詈雑言が多く、ザックは横柄であり、ダールに至っては卑劣な反則行為までしている。極め付けがバリアスの往生際の悪さだ。


 聖女の代理人であるミカエル達のあまりに神を恐れぬ言動と見苦しい振る舞いに王太子側を味方する気持ちが萎えたのかもしれない。



「いつまでやってんだ!」


 何度目であろうか?


「いい加減に負けを認めろ!」

「みっともねえぞ!」

「さっさと引っ込め!」


 何度も剣を突き付けられているのに負けを認めないバリアスに観客達の怒りが頂点に達した。


 彼への罵詈雑言が闘技場に飛び交う。

 ついにミカエル達から人心が離れた。


 この場で沸く民の声は地の声を代弁したもの、マリウスの意図が一つ達成されたのだ。


「ここまでだ」

「がっ!」


 マリウスは十分と判断したのだろう。

 剣の柄頭でバリアスの顔を殴打した。


 その強打はバリアスはを昏倒させるに十分であった。



「勝者マリウス!」



 さすがにバリアスも気絶しては続行は不可能である。

 審判はここぞとばかりにマリウスの勝利を宣言した。



 ――わあぁぁぁぁぁぁあ!!!



 勝利を讃える無数の拍手と歓声に大気が震える。

 ダン、ダン、ダン、と皆の足踏みで地が揺れる。


 まさに地から沸き上がってくるような響きであった。



 その大音響にバリアスが目を覚ましたが脳震盪で上手く立てず、不格好に這いつくばって身を起こそうと悪戦苦闘している。



「わ、私はまだ戦える」

「これ以上、醜態を晒すな」



 いつの間にか闘技場にミカエルが姿を現していた。

 冷たい目で見下す自分の主君を見上げるバリアス。



「使えん奴だ」

「殿下、私は――ぐあっ!?」



 ミカエルはすらりと剣を抜くと縋るバリアスを容赦なく斬り殺した。



「不忠者め!」

「……己の為に働いた臣下をこうも簡単に切り捨てるとはな」



 やり方は拙かったが、バリアスなりにミカエルに忠を尽くしていた。だいたい、他の側近達も同様に道を間違えている。



「我が名を汚し足を引っ張る者など私の家臣には不要」

「ライザ様を無碍にした貴様らしい物言いだな」

「ふん、あんな陰気な女など……聖女であるリーンの方が私に相応しい」

「その考え方が臣下に浸透し今回の結果を招いたと何故わからん」



 マリウスに非難の目を向けられたミカエルは鼻先で笑うだけだった。



「私が手ずから引導を渡してやる。お前の様な下賤な者には過ぎた栄誉だがな」

「確かに俺は卑賎の身だが……人品に貴賤は関係ないようだ」

()かせ。次こそお前に天の裁きを下す」

「それを決めるのは貴様ではない」



 その時、ゴロゴロと雷鳴が轟いた。


 皆が空を見上げたが闘技場の真上は雲一つない青い天で、人々はまるで神の怒りが体現したかの様に感じた。


 これは傲慢なミカエルへの神の怒りか、はたまた神の代行者へ挑戦するマリウスへの憤りなのか……観客は息を潜めている。



「ははは、神も私に楯突くお前にお怒りのご様子だ」

「俺ではなく貴様にだろ」



 マリウスはそれだけ言い残すと闘技場を後にした。

 再び控え室に戻る為に……ライザ嬢の待つ場所に。


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