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第十話


 マリウスが闘技場へ戻れば次の対戦者である王太子ミカエルの侍従バリアスの姿はまだなかった。


 マリウスは気にも止めずに開始線へと進んだ。

 それと時を同じくしてバリアスが姿を現した。


 バリアスは憎悪を宿した目でマリウスを睨みながら闘技場へ登って来た。



「何故お前は殿下に仇なす」

「英雄と呼ばれても大義を理解できぬとは所詮は卑賎の者か」

「大義だと?」



 今まで何を言われても表情を変えなかったマリウスの眉が寄る。



「ライザ様はただ直向きに王太子を愛そうと努力なさっただけではないか。貴族の娘なら厭う傷病者の手当ても、料理や繕い物も、あの方は必死に己を磨いた。それらを足蹴にし王太子はリーンと浮気を繰り返した。その道を正さず権力に(おもね)るのが貴様らの大義か」



 マリウスは痛烈にバリアス達側近を批判した。



「黙れ、王太子であるミカエル殿下がリーンを望まれたのならそれが正道なのだ」

「ほう、王太子がリーンを望まれるが正道か。ならば最初から婚約を解消しておけば何の問題も起きなかったではないか。何故いたずらにライザ様を辱める必要があった」

「リーンを傷付けたライザ如き悪女を辱めて何が悪い」

「確かにライザ様は道を間違えられたが順番を違えるな。もとは王太子が浮気しライザ様を侮辱したのであろう」



 マリウスの赤い瞳が怒りに燃え上がる。

 あまりの迫力にバリアスは気圧された。



「お前らはライザ様を悪女悪女と言うが、己が非を認めたくない為にか弱い女性を寄ってたかって(なぶ)るお前達こそ悪ではないのか?」

「お、王家は地上における絶対な正義だ。それに逆らう愚か者め」

「なるほどエンシア国内において王家は絶対だな」


 エンシア王国は歴史のある大国で、近隣の中でも特に古い国体を維持している。民の神への信仰が強く、国王は神の代理人の一人――まさしく雲上人なのだ。


「だからこそ王太子が神前決闘を申し入れてくれて俺はとても歓喜した」


 だから国王の上の存在である神の意志はより絶対である。


「これで神にお伺いできると……健気に歩み寄る努力をしてきたライザ様を何度も何度も何度も……何度も踏み躙った王太子ミカエルは本当に正義なのかと」

「増長するなマリウス!」

「増長はお前達の方だろう。神前決闘において自分達の意志こそ絶対とする神を畏れぬ言動ばかり。いつから王太子は神より偉くなった?」

「ならばこそ我らが勝利する筈」

「神の裁定である神前決闘に負けておきながら言い掛かりで無様を晒す貴様らに神の恩寵があるとでも?」

「ぐっ!」


 既にミカエル側は三敗している。しかも敗れたのはミカエルの切り札達だ。


 おそらくミカエルは神前決闘を申し入れる時、負けるなど考えもしなかったのだろう。


 ただ神前決闘に勝って神の裁断によりライザ嬢を絶対悪に仕立て上げたかった。それによりミカエルは一部の汚点も残さずリーンと結ばれる事ができる。


 どうせライザ嬢に味方する者などいないと高を括った結果が今の惨状だ。


「圧倒的有利な条件にありながら負け続けるお前達の上に神の加護はない!」

()かせ! まだ負けたと決まった訳ではない!」


 話し合いで分かり合えるなら最初から決闘に発展はしなかった。マリウスはそれ以上は何も語らない。ただ剣で語るのみ。



「……双方、決闘の帰趨に意を唱える事なかれ」



 審判が常套句を述べ右手を挙げた。



「始め!」



 審判の振り下ろした右手を合図に、二人は身体強化の呪文を詠唱し始める。


 ところが、マリウスは途中で詠唱を中断するとバリアスに斬り掛かった。


 バリアスは慌てた。


 このまま呪文の詠唱を続け身体強化を施してから迎え撃つか、それとも魔術を諦めてこのまま戦うか。呪文が完成するのに間に合うかどうかの絶妙なタイミングであったためだ。


 もちろんマリウスはそれを見越していたに違いない。


 バリアスは決して弱くはない。だが、前の三人と比べれば実力も実戦経験も劣る。マリウスはその経験不足を突いたのである。


 果たしてマリウスはあっという間にバリアスを撃ち負かし、喉元に剣の切先を突き付けた。


 終わったと誰もが思った――その時……


「勝者、マリウ――!?」


 審判が勝利宣言を言い終えるのに先んじて、突然バリアスが自分に向けられたマリウスの剣を己の剣で払ったのだった……


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