毎日進むデジタル腕時計
このお話は、1981年(昭和56年)の出来事になります。
この頃ぼくは10才でした。
まだ、皆が腕時計を持っていなかった時です。
当時、アナログ腕時計は手巻き式を使っている方が多く、自動巻き式は高価な為それほどいませんでした。
ぼくは、去年祖父から、流行りのデジタル腕時計を買ってもらいました。
新しいうちは良かったのですが、1年も経つと毎日3分位進むようになりました。
一方、父親の手巻き式アナログ腕時計は遅れるので、2日に1回は出勤前に時報を聞いていたので、ぼくも一緒に腕時計を合わせていました。
ある日、昼過ぎにバスに乗って友達の家に遊びに行ったのですが、ゲームが長引きいつもより帰りが遅くなりました。
慌ててバス停まで走って行くと、そこには白髪の紳士とお婆さんが並んでいました。
ぼくが列の後ろに並ぶと、後から来た若いOLさんが時間を聞いてきました。
「今、午後5時52分です」
ぼくがそう言うと、OLさんは、
「何だ、デジタルじゃないの!それってしょっちゅう狂うのよね」
と、言ってきました。
でも確か、今朝時間を合わせたよな…。
そう思っていると、OLさんは前に並んでいる2人にも時間を尋ねました。
しかし、2人共腕時計を持っていませんでした。
仕方がないと思ったのか、再びOLさんが時間を聞いてきました。
「今、5時57分です」
「ねえ、その時計本当に合っているの?」
「今朝合わせたので大丈夫だと思いますが…」
「これから大事なデートなの、6時にバス停前って言ってたのよね、会えなかったらどうしよう…」
それを聞いて急に責任重大に思えました。
そうだ!今度来るバスが6時丁度なら信頼出来るんじゃないか?
バス停の時刻表を見ると、5時50分の次は6時03分でした。
「ねえ、6時になったら教えてくれる?」
「はい…」
その時点で5時59分でした。
ぼくの腕時計で6時まであと5秒という時に、
「あー居た居た、6時ぴったりになっちゃった、操ちゃん待った?」
コートを着た長身の彼が近付いてきました。
「いえ、ほんのさっき着いたばかりよ、賢次さん」
それから楽しそうに会話していましたが、ぼくがバスに乗り込む前にチラっとOLさんを見ると、偶然目が合いました。
すると、少し恥ずかしそうに顔を赤らめました。
「何、どうしたの?」
「ううん、ちょっとね」
バスのステップを上がり、運転席の前の時計と見比べると、同じ数字が並んでいました。
ぼくはそれを見て頷きました。