プロローグ 寡黙な人こそ心の中では饒舌
少し、昔の話をしよう。
あれは高校一年の時の夏だったか……いや秋だったかもしれない。まぁどっちでもいい。
あの日、たしか俺はコンビニでチキン南蛮弁当を買ったんだ。あの、個別包装されたタルタルソースが蓋のとこにテープでくっついてるバージョンのやつ。
あれね、マヨネーズとかもそうなんだけど、弁当と一緒に電子レンジで温めちゃうと爆発しちゃうのよね。
けどもその時の店員さん、どうもそそっかしいというか、この目で確認したわけじゃないけど名札に若葉マークが貼ってあっても頷けちゃうよな子で、あろうことか電子レンジにぶっこんじゃったのね。
ちょっと! まずいことになっちゃうよ! 店長さんに怒られちゃうよ! そう目で訴えかけたけど、〝彼女〟に気付いてはもらえなかった。そりゃそうだ、不慣れな手つきで袋詰めしてるんだもの、合うわけがない。
そこから先の展開はもはや必然。
静かな夜の店内に響く破裂音。レンジ内を覗いた彼女が短い悲鳴を上げ店長乱入。
申し訳ありません、すぐに新しいものと取り替えますので少々お待ちを!
経験の差か、迅速な対応を見せた店長と、瞳をうるうると滲ませて動けないでいる彼女。
ああ、なんて可哀そうに。この後、彼女はバックヤードで店長にしこたま怒られてしまうんだろう。
それはさすがに後味が悪いと、俺は替えの弁当を手にして戻ってきた店長さんに一歩的に告げたんだ。「こ、このままで結構ですので……そ、それじゃ」とね。
どうしてそんなことを思い返しているのか。それは似たような状況がまさに今、俺の目の前で起きているからだ。
状況を説明しよう。ここはコンビニ。俺はレジにモンブランを置いた。しかし金髪で化粧濃くて両耳にピアスがやたらついている如何にもやんちゃしてますみたいな外見のお姉さん(店員さん)が、フォークをつけてくれないのだ。
素手で食えと? 原始に帰れと? そう暗に示しているんですかねお姉さん。
もし、このモンブランが俺のだったら原子に帰るのもありだった。いやむしろ『イエスマムッ!』と高らかに叫びながら手を汚していたに違いない。
だがしかし、誠に残念な話、これは俺のじゃない。すなわちフォークは必須。
俺は小銭を探すふりをしつつ、チラチラと店員さんに視線を送る。が、一向に気付いてくれない。なんなら『おっせえな、あくしろよ』と睨まれてる気さえする。
あ、やだ怖い……じゃなくて、一体どうすればいいんだッ⁉
――――――――――――。
「あ、レシートいいです」
「あーっしたー」
ギャル店員さんのやる気のない声を背に受け、俺は店外へ。梅雨時期ならではのジメジメした空気が出迎えてくれた。
あの場で俺が指摘してたら間違いなく店長が乱入していたはずだ。そんなことになったらきっとあのギャル店員さんは落ち込んでいただろう。下手したら立ち直れなかったかもしれない。
そう、俺の目にはあのギャル店員さんが派手な外見の内に繊細な心を隠しているように見えたのだ。なんて言うんだろ……アーティスト気質、みたいな。
アイメイクが崩れちゃ、以降の業務に支障をきたしちまうし、それになにより――女の涙はもうごめんだ。
俺は大自然の中で深呼吸するかのように天を仰いだ。灰色の雲が空一面を覆っている。
……嘘です。ほんとはあのギャル店員さんが怖くて言えなかっただけです。なんならタルタルソースを爆発させた店員さんの時もです……勇気がなくて言い出せませんでした。
どちらもたった一言、声をかければ解決する問題だった。
しかし俺こと天野数多にはそれができなかった。
何故なら……そう、若干コミュ症が入ってるからだ。
コンビニ、スーパー、その他もろもろ、無人化を強く希望。
そんな俺でも高校ではぼっちじゃない。同じクラスに唯一話せる人間がいる。そいつこそが――、
「店の入口で突っ立つ暇があるのなら、一秒でも早く私にモンブランを献上するべきではないかな? 天野君」
俺にモンブランを買ってこいと命じた相手、自称ネット小説家の大前香苗だ。