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呪文:四字熟語(+)  作者: 彼方 日出秋
6/8

黒龍の昇天

*1

やっと見つけ出した兄弟子は黒龍に墜ちていた。欲に塗れた報いだろう。口端に泡を吐き知性は無くなり、ただ本能だけで荒れ狂っている。龍玉も本来の輝きを失い、漆黒に濁っている。

私と違ってこんな有り様になったのは龍玉の力をよからぬ方、おそらくエロい方面ーモザイク除去とかしょうもないことーばかり使った天罰だろう。

まあ、望外の大金を掴んだ人間が金の力に負け、身を持ち崩すのに似てなくもない。


*2

黒龍が私達に向かって灼熱の呪文を放つ。

-暗黒龍破


-三界火宅

サラがあの時と同じ呪文を唱える。

 -三界火宅

サラが闘技場リングに閉じ込められる過ちを繰り返すわけにはいかない。咄嗟に私はサラと同じ呪文を唱和していた。呪文の効果が累乗倍となり黒龍に跳ね返る。

-そうか。二連四字熟語は、本当はこう使うべきだったんだ。

私の耳元に魔術師の言葉が蘇る。

「ハーモニーが重要。」

あの口下手め。相手に伝えるのが下手なのは、あんたも同じじゃないか。


だが、黒龍は自分に返ってきた暗黒龍破を喰らい、糧とし、自身の力を増すと更に強大な灼熱の吐息ブレスを放ってきた。


サラと私で輪唱する。

-光焔万丈

 -光焔万丈

-火災旋風

 -火災旋風

黒龍に付け入る隙を与えず、呪文の効果も指数級数的に増えてゆく。みずきも吐息ブレスで加勢する。今度こそ黒龍に呪文が命中する。

削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。削れ。

呪文を次々と輪唱し、黒龍の生命力ライフを削るだけ削った後、古代魔法「詩経」を唱える。


*3

仏説ぶっせつ 摩訶般若波羅蜜多心経まかはんにゃはらみったしんぎょう

サラとみずきと私は黒龍の手を取って、サラの先導でみずき、私と黒龍が唱和ユニゾンする。


観自在菩薩かんじーざいぼーさつ 行深般若波羅蜜多時ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー照見五蘊しょうけんごーうん 皆空かいくう度一切苦厄どいっさいくやく


黒龍は「ゴフッ、ゴフッ」と苦し気に咳込みながら何とか従いてくる。

魔法陣が現れ、私達全員が共に手を取り合って闘技場リングに入ってゆく。


舎利子しゃーりーしー色不異空しきふーいーくー空不異色くーふーいーしき色即是空しきそくぜーくう空即是色くうそくぜーしき受想行識じゅーそうぎょうしき亦復如是やくぶーにょーぜー

舎利子しゃーりーしー是諸法空相ぜーしょーほうくうそう不生不滅ふーしょうふーめつ不垢不浄ふーくーふーじょう不増不減ふーぞうふーげん


小さい頃から法事等で聞いていた心地よいリズムを伴った調べ。


是故空中ぜーこーくうちゅう無色無受想行識むーしきむーじゅーそうぎょうしき無眼耳鼻舌身意むーげんにーびーぜっしんにー無色声香味触法むーしきしょうこうみーそくほう無眼界むげんかい乃至無意識界ないしーむーいーしきかい無無明むーむーみょう亦無無明尽やくむーむーみょうじん乃至無老死ないしーむーろうしー亦無老死尽やくむーろうしーじん無苦集滅道むーくうしゅうめつどう無智亦無得むーちーやくむーとく


ずいぶん遠くまでトレジャーを求めて旅を続けてきたけれど、本当に大切なものは案外身近にあったんだと思う。


以無所得故いーむーしょーとくこ菩提薩埵ぼーだいさったー依般若波羅蜜多故えーはんにゃーはーらーみーたーこー心無罜礙しんむーけーげー無罜礙故むーけーげーこ無有恐怖むーうーくーふー遠離一切顛倒夢想おんりーいっさいてんどうむーそう究竟涅槃くーきょうねーはん


黒龍を導きながら、皆で斉唱ユニゾンするにつれ、禍々しかった黒龍が徐々に人の形に戻り、眉間の深い皺も取れ、柔和な表情に変わってゆく。


三世諸仏さんぜーしょーぶつ依般若波羅蜜多故えーはんにゃーはーらーみーたーこー得阿耨多羅三藐とくあーのくたーらーさんみゃく三菩提さんぼーだい


黒龍の手から龍玉がぽとりと落ちる。龍玉も元の輝きを取り戻しつつあった。


故知般若波羅蜜多こーちーはんにゃーはーらーみーたー是大神呪ぜーだいじんしゅー是大明呪ぜーだいみょうしゅー是無上呪ぜーむーじょうしゅー是無等等呪ぜーむーとうどうしゅー能除一切苦のうじょーいっさいくー真実不虚しんじつふーこー


私たちの心も同時に洗われている。


故説般若波羅蜜多呪こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅー即説呪曰そくせつしゅーわつ羯諦ぎゃーてい羯諦ぎゃーてい波羅羯諦はらぎゃーてい波羅僧羯諦はらそうぎゃーてい菩提薩婆訶ぼーじーそわかー般若心経はんにゃしんぎょう


仏の導きによって、兄弟子が光に包まれ天に昇ってゆく。

彼も本当は救いを求めていたのか。

サラと私は兄弟子が上空の光の点になるまで見送った。


*4

「ねえ。」サラが言う。

「『詩経』は、本当はこう使うものだったんじゃない。」

私も同じことを考えていた。誰かを傷付けるためのものではなく、誰かと共に助け合うためのもの。


*5

残った龍玉はサラの好きにさせることにした。

だが、サラが躍起になってハンマーで叩いても、火炎呪文で煮ても焼いても、傷ひとつ付かなかった。サラは怒り狂ったが、最後はあきらめた。


結局、龍玉はみずきが持つことになった。人里は襲わないと約束したので。

「みずきが守っているなら、それが一番良いわ。」

サラも満足の様だ。


本当の意味で村々を襲うものは退治したし、絶滅危惧種も保護した。

筋金入りの跳ねっ返り娘だった私も少し大人になったということだろうか。


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