魔術師と呼ばれた男
*1
気が付くと私は真っ白なふかふかのベッドに寝かされていた。
瓦礫の中からサラとみずき(蛟竜の女の子だからとサラが名付けた)に助け出され、この丸太小屋に運び込まれたらしい。
呪文:四字熟語は受け手のイメージをトリガーにしているので、治癒魔法は受け手に意識がない場合、効果がない。だからサラは私が意識を取り戻すのをイライラしながら今か今かと待っていた。
意識を取り戻した私を見てイラチなサラが早速、治癒魔法を唱える。まだぼんやりしていた私ははっと重要なことを思い出す-ちょっと待て。サラは火属性の魔法は得意だが、それ以外は苦手なはず。-間に合わず、治癒魔法が高らかに詠唱される。
-絶対安静
「ぐわあぁ。」
私は呻いた。治癒どころか万力でベッドに身体を押し付けられ、指一本動かせなくなってしまった。
(サラはブチブチと不満を言っていたが)結局、自分で自分に治癒魔法を掛けるしかなくなってしまった。しかし、全ての物事と同じで魔法を使うにも体力が要る。魔法を使える位、体力を回復するまで1ヶ月位掛かった。
*2
(テンパって来ると非常に面倒くさかったが)サラは献身的に私の世話をしてくれる。時間があったので色々話も出来た。
「そりゃぁ、初めは私もあなたを恨んだわよ。何で助けてくれなかったかって。」
「でも、助けたくても助けられなかったというのが理解できたから…。」
サラの顔にはやけどの跡が残っている。
「ああ、これね。本当は魔法で治るんだけど、あの龍玉を手に入れるまでは、あえてそのままにしているの。」
あの時へっぽこ呪文ばかりだったからやけど位で済んだというのもあるのかも知れない。
サラと蛟竜はすっかり仲良くなっていた。
サラの右肩にみずきはよく乗っている。小鳥位の大きさ。少し成長して大きくなり、短時間なら翼で羽ばたいて飛べるようになった。
2人(?)は良く喧嘩する。
みずきは追い込まれると「あたいは絶滅危惧種だから大事に扱って欲しい」というのが口癖。
ゴロゴロ言って人語は話さないが脳に直接話しかけてくる。私達の言っていることも理解できる(らしい)。
私達は龍玉に魅入られた者同士。サラの目的は自分をこんな目に合わせた龍玉の破壊、みずきは奪還(実は龍王と称えられたお父さんの形見らしい)。目的こそ同じだが、その後が違う。だが私を含め兄弟子を追う必要があるのは同じ。
*3
兄弟子を倒すには、今よりもっともっと強くならなければ。
ある日、一番強力な呪文を思い付いたとサラが言った。
-究極奥義
「受け手が勝手にすごい効果をイメージしてくれて、大ダメージを与えられるんじゃない?」
とサラは無邪気に言う。いや、受け手と自分のイメージのピントが合わないと呪文の効果は発動しない。大体、受け手に投射する自分の呪文のイメージも固まっていないでしょ。と私が言うと
じゃあ-。
-無想転生
-天地魔闘
-天舞宝輪
「あんた。漫画の読み過ぎよ。」
―天翔龍閃
「それ、剣技だから。」
サラの目が座って来た。こうなると近づかないのが一番なのだが相棒なのでそうもいかない。
「文句ばっか言ってるんじゃないわよ!」
案の定、ブチっと音を立ててサラが切れた。
ーやれやれ。まったく。世の中、四字熟語の必殺技が多すぎ。
*4
今まで、それぞれ気ままな一匹狼でやってきた私達だけど、こんな調子では兄弟子に勝つのは難しい。再戦必勝を期すため、私達は魔術師と呼ばれる男に教えを乞うことにした。
「魔に魅入られ、闇を追う者達か。」
魔術師は私達を見るなり言った。
芸大出身。服のセンスが奇抜。真っ白なパンタロンにつるつるの生地の白シャツ。右前と左前に大輪の赤い薔薇の花がそれぞれ1輪ずつ描かれている(背中側は見ていないのでどういうデザインか判らないが、見たくない気がする)。カールした金髪も相まって、まるで少女漫画から抜け出して来たみたいだ。
「君達=凡人は呪文のイメージが貧困。」
パチン。指を鳴らす。
-絶対零度
次の瞬間、サラと私は冷厳な氷の神殿の中に居た。原子の振動が完全に止まった世界。息が、肺が、体中の血液が一瞬で凍結し、足の下から徐々に氷の柱に囚われてゆく。
「うわぁー。」
パチン。その音でサラと私は再び現実世界に戻った。一瞬の出来事なのにサラと私は床に力なくへたり込み、吸えなかった酸素を取り戻そうとぜえぜえと肩で息をしている。
魔術師が言う。
「真の天才は相手の持つイメージを的確に把握、拡張、具現化できる。」
確かにさっき掛けられた呪文も自分が持っていた術のイメージをはるかに超えるものだった。そういえば、人と話をしているとき「私が言いたかったのはそれよ!」ということがままあるが、それを呪文でより精緻に行うということだろうか?
「皆、自分に掛ける呪文ばかり上手くなる。」
野生の勘で危険を察知して上空に一時退避していたみずきがサラの右肩にふわりと戻ってきた。
その後もボロクソだった。
「芸術的センスがない。」
「面白くない。」
直感で物事を判断するので、論理的に追い切れない。右と言われたら右。左と言われたら左と脊髄反射していたら、左に動いたら右と言われる始末。私達はパンチドランカーのようにふらふらになってしまった。
結局、役に立ちそうなのは一言だけだった。
「君達は一人じゃないんだからハーモニーが重要。」