死霊使い(ネクロマンサー)の求愛と龍玉の誘惑
*1
龍玉を手に入れたのは良いが、呪われた魔法道具でもある。私は何度も手放そうとしたが、どうしても手放すことが出来なかった。認めたくはないが魅入られてしまっているのだろう。幾重にも封印を施し、気持ちを強く持ち、心の壁を高くしておいても時折、抜けば「切れ」と囁く妖刀のように、その時々の状況に合わせた違う言葉で巧みに私を誘う声が聞こえてくる。
「私、きれい?」
「赤い紙がいいか?青い紙がいいか?」
トカゲ位の蛟竜が知恵ある火龍と化すほどの魔力を秘めた龍玉だ。私が取り込まれたらどうなるか分かったものではない。
「本日限定。このメール受信者限り50%off。」
ぐうっ。今のは危なかった。思わず引かれてしまった…
マーケティング理論まで駆使してくるとは。侮り難い。
おまけにこのところ、ある男に付き纏われて困っている。今風に言えばストーカー。
*2
死霊使い。私にフラれたのを逆恨み。人を呪わば穴二つ。自分が死んでいるのに気が付いていない。死んでいるので休息が要らず、昼夜を問わず私に付き纏う。お風呂や化粧室に入っているときもお構いなし。情熱的なアプローチは嫌いじゃないが、それにしても度が過ぎる。
大体、数多いる言い寄ってくる男なんぞいちいち覚えていない。勿論この男のことも全く覚えていなかった。それがまた男の怒りに火に油を注いだようだ。夜を日に継いで私に迫ってくる。
*3
こんな生活は美容と健康に悪い。こんな生活が続いたら、お肌も荒れてしまう。
私は死霊使いを退治することにし、初めて正面から向き合った。
-死者誤入
死霊使いに先制される。死霊使いが使う呪文は、彼が死んでいる為かどこかズレている。誤字だらけだ。それでも地面から死霊が次々と沸き上がり、私の足首をつかんで足止めする。
-鎧袖一触
触れるもの全てを一瞬で切り捨てるはずが、彼等の認知が歪んでいるので全く効果がない。
死霊使いが霧のようになり私に巻き付いてくる。
「いやあぁー。」
思わず悲鳴を上げる。
行きつけのお気に入りの美容室で綺麗にセットしてもらったはずの髪やお化粧が乱れるのも構わず、私は彼等を必死に引き剥がし逃げる他なかった。
-愛死天流
突如、パラリラパラリラという爆音と共に旗を立てたバイクやらシャコタンに箱乗りした集団が大挙して押し寄せる。生身の足ではもはや逃げ切れない。
君達は昭和の暴走族か?思わずツッコミを入れるが、もちろん死霊達がボケを返してくれる筈もなく、次々と、嬉々として私に抱き付いてくる。再び、私は彼等を必死に引き剥がし逃げるしかなかった。
*4
私は街外れの袋小路に追い詰められていた。息も乱れ、余裕は全くない。
-悪霊退散
私は呪文を唱える。人気のない夜道に呪文だけが響き渡るが、退散どころか逆に死霊を呼び出してしまった。
地面から、もっとも会いたくなかった相手-サラの顔が、姿が、浮き上がって、出てくる。
知識では死霊は姿形を真似ているだけ。その人の本当の気持ちを語るのではなく、受け手が最も忌みすることを言う。そして、その心を折り、その魂をくらうと、頭では判っているのだが。
サラの姿形をした死霊の口が動く。
「-どうして、あのとき私を助けてくれなかったの。」
私にもっと力があれば、サラを、そして師匠を助けることが出来たのではないか。
心の奥底にずっと燻っていたチクチクとした痛み。私は心のどこかで自分が出来なかったことをいつも後悔していた。
心の隙を突かれ、混乱し、心の壁が普段より下がっていたのだろう。
「力が欲しいか。」
龍玉が呼びかけてくる。普段なら何の苦も無く、押し返せるのだが。
サラの姿形をした死霊の爪が両肩に食い込んでくる。
「どうして、あのとき私を-。」
そして、サラの後ろに敬愛した師匠の姿を認めたとき、私は遂に龍玉に力を求めてしまった。
幾重にも巻き付けてある封印布をクルクルッと引き剥がすのももどかしく、手早く引き千切って龍玉を解放する。龍玉が眩い光を放ち、龍玉の力を得て私は妖艶な龍姫の姿に変わる。
「カッ。」
裂帛の気合。
その衝撃波だけで死霊使いはその眷属諸共粉微塵になった。
強大な力を振う快感に酔いしえる。
「ククク。妾に手向かうとは良い覚悟じゃの。」
私が言っているのか、龍玉が言っているのか、もはや判らない。
死霊使いはバラバラにされた死霊達を食らい、集積し元の姿に戻ろうとする。恐ろしいまでの私に対する執着。
龍玉がより多くの力、より多くの犠牲を私に求めて来る。
右手に持っている龍玉が蜜柑の皮が剥ける様に姿を変え、私を取り込もうとする。元々魅入られてしまっているのだ。私に龍玉に抗うすべはない。
そこに死霊使いが割って入った。
-絶対防御
今まで認知が歪んでいたのが嘘のように切れ味の鋭い呪文を放ち、私と龍玉の間に盾となって立ち塞がる。私を取り込み損ねた龍玉は私の手から外れ、元の珠に戻りながらコロコロと床に転がった。
*5
「大丈夫?」
思わず駆け寄ると死霊使いはにっこりと私に微笑んだ。
だが、死霊使いは既に力を使い果たし、塵となって消えようとしている。
「私の役に立ちたかったの?」
コクコクと力なく肯く。
私は既に人では無くなっている元彼(断っておくが、決っっっして付き合っていたわけではない。)の最期の願いを聞いてあげることにした。危ないところを助けてもらったことだし、死にゆく者の最期の願いを聞き届けるのは人として当然の行いでもある。
-悪人正機
善人なほもて往生す、まして悪人においてをや。
祈りと共に元彼は小瓶に入った魔法道具「闇の砂」になった。私が必要な時に取り出せる魔法道具なら、私の都合も聞かずに何時も付き纏っている訳ではない。一緒に旅することも今は勘弁してやろう。
元の珠に戻った龍玉は、傍らで柔らかな瑠璃色の光を放っている。私は龍玉が再び私に呼び掛けてくる前に、龍玉に急いで封印布を幾重にも固く巻き付け、封印箱に放り込む。もう少し強力な封印にしないと。私は思った。
*6
こうして、私の所有物となった魔法道具「闇の砂」であるが、この魔法道具には1、2歳程度の知能が残存しているようだ。おまけに私に使って欲しくて堪らないらしく、悪戯好きで困る。つい先日はファンデーションに化けて、化粧ポーチの中に入っていたので危うく間違えてパタパタと使ってしまうところだった。
「こらっ」
と私が怒ると飼い主に叱られた仔犬のように恥じらいながら小瓶に戻り、鞄の中の元の場所に戻って行った。
やれやれ。
私は思った。男運が悪いとは薄々感じていたが、龍玉といい、「闇の砂」といい、どうもそれだけではないようである。