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第1話 イヴは定休日です


 12月に入って、急に冬が来た。

「え? 僕がどうしたって?」

 いえいえ冬里、貴方のことではなくて、急に寒くなりましたねってこと。

 そう、11月は天高く爽快な日々だったのが、12月に入って気温がガクッと下がったのだ。

 おまけに。

「ひええ、雪がちらついてますよ。うう寒い~、この間までコートもいらなかったのに」

 店をオープンする前に、庭を軽く掃除していた夏樹が震えながら玄関から入ってきた。それもそのはず、彼はシャツにスラックスと言うまるで春のような出で立ちだからだ。と言うのも、外がどんなに寒くても店の中は適温。この出で立ちで十分なのだ。

「どれどれ、ほんとだ~。珍しいね、12月に入ったばかりで雪なんて」

 冬里が窓から外を見ると、低く垂れ込めた鉛色の雲から、風に乗って雪が舞い落ちている。

「積もりますかね? 去年みたいに」

「さすがにまだ積もるまでは行かないんじゃない?」

 嬉しそうに聞いてくる夏樹に、冬里がにっこり笑いながら答えている。

「そうっすか」

 と、ちょっぴり残念そうに肩を落としたが、彼はすぐさま立ち直る。

「けど、冬はこれからっすよね。また雪も降りますよね」

 うん、と一つうなずくと、夏樹はぐるりと回って厨房に入り、「うっし、今日も頑張るぞー」と気合いを入れながらシェフエプロンを身につけた。

「その調子」

 先にキッチンにいた冬里が親指を立てている。

「はい!」


 そんな2人を微笑んで見ていたシュウが、彼らの背後をすりぬけてカウンターの外へ出る。

 と同時に。

カラン

 店の扉が開く。

「いらっしゃいませ、ようこそ『はるぶすと』へ」

 開いた戸を手で押さえながら、中へ入ったマダムに微笑みかける。

 本日第1号のお客様がいらっしゃいました。『はるぶすと』今日もオープン致します。




 その数日前の、まだ11月のこと。

「あれ? この名前って……」

 ディナー予約のメールを確認していた夏樹が、ふとつぶやく。

「ねえ、シュウさん、冬里。ディビーって名前に聞き覚えありますよね? ディナーの予約が入ってるんすけど」

「ディビー?」

 それに反応したのは、やはり冬里。

 まだ『はるぶすと』がマンションの一階にあった頃、初めての社員旅行で訪れた京都。

 そこでシュウに一目惚れした奈帆と、そのあと新生『はるぶすと』に、奈帆とともに訪れたのがディビーだ。

 何を隠そう、ディビーは冬里の好敵手、良きライバルなのだ(なんの?)

「はい、けどその日にちが」

 夏樹が指さすところを見ると、12月24日、となっている。ご存じのとおり、昨年から『はるぶすと』は、クリスマス・イヴは定休日になっている。

「イヴ、だね」

「イヴ、っすね」

 ちょっと面白そうに言う冬里と、ぼそっとつぶやく夏樹。その2人が申し合わせたように視線を走らせた先には。

「イヴは残念ながら、定休日だね。申し訳ないけど、日にちを変えてもらうしかないね」

 本当に申し訳なさそうに言うシュウがいた。


 そんなやり取りと時を同じくして、もう一組、いきさつを知らないお客様からイヴにディナー予約が入った。

「あれ? またイヴだ。えーと……」

 それは以前、シュウが傘を貸したあの親子。あのあと律儀にランチを兼ねて傘を返しに来てくれ、ここを気に入ってくれたようだ。

 今回は父親も入れて3名での予約だ。

「イヴにお休みする店なんて、日本では珍しいんじゃない?」

「けど、ホームページにちゃんと載せてますよ、イヴは定休日ですって。ほら」

 そうなんです!

 なんと、喫茶店からレストランとなり、デイナーも始めたことで、最近『はるぶすと』はホームページを作成していた。

 今どき電話もないレストランなんて変! だいいち、予約とかどうするのよ! いちいち店まで来なきゃならないの? と、珍しくまともなことをのたまう由利香大明神? いえ、大オーナーの指令によりそれは実行されたのだった。

 けれどこのページを運営管理するのは彼らではなく、個人で美しいホームページを作っている人物。仕事も丁寧だし責任感もあるし、なにより樫村の推薦だ。

 その人物とは、シギ。

 彼はもともと自分の仕事の合間に、その腕を見込まれて、主に友人たちへホームページやブログを作成してあげていた(もちろんその中には鷹司のも含まれている)

 以前なら、由利香の気持ちを考えると頼めなかっただろうが(なにせ由利香の失恋相手?)それも椿の登場で克服され、大手を振って依頼できるようになったからだ。

 二つ返事でOKしてくれた彼の、実際に作成されたホームページは、『はるぶすと』の雰囲気がとても良く出ていて、しかもとても見やすいものだった。

 けれど、あまり広く知られたくないという従業員の要望も聞き入れているため、めったな検索では引っかからないようになっている。

 口コミ、または一度訪れて気に入ってくれた人、など、ホームページを見る人はほとんど限定されている。

「あちゃー、じゃあまたお断りですね。メール送っておきますよ」


 そして、ここでも二度あることは三度ある。

 あの、太陽月光流で剣術を習っている、彼。

 その彼とご両親もまた、間違って、と言うか何の疑いも持たず、イヴにディナーの予約をしてきたのだ。

「あれ、こうなるともう、イヴに店を開けるべきなんすかね」

 夏樹が言うのももっともなのだが、今年はそういうわけにいかない事情がある。

「それだと、サンディの休憩所の話はおじゃんだね」

「それは嫌っす!」

 そう、イヴに幸せを届けるサンディたち、サンタクロースの休憩所に、今年は『はるぶすと』が選ばれていたからだ。



 なんと言うことでしょう。

 イヴの日に、3組ものお客様をお断りした『はるぶすと』。

 こんなことは前代未聞? 

 けれどそこはそれ、拾う神ありだ。

 ディビーから、「じゃあ翌日の25日はどうだ?」と返信があったのだ。

 幸いにも25日に予約は一つも入っていなかった。

 ほっとしてメールを返そうとしていた夏樹に、シュウが提案を持ちかけた。

「後の2組の方にも、25日でしたら空いていますと返信してみたらどうかな?」

「あ、そうっすね。けど、個室2つしかありませんようちの店。いつもみたいに時間ずらしてもらいますか?」

「うーん、でも3組とも同じ時間をご希望なんでしょ? それなら3組のうち、1組はカウンターでってお願いすれば良いんじゃない? 決め方は、そうだなあ、剣術サバイバルゲームでもする?」

「ひえっ、そんな! それだとシュウさんのお弟子さんがいちばん有利っすよ」

 後ろからぬっと現れて、不穏なことを言い出す冬里に、夏樹がまた青ざめている。

「冬里、その辺で。それに夏樹、彼は私の弟子ではないよ」

「てへ、すんません」

 笑って謝る夏樹と「つまんないの」と言う冬里を見ながら、

「そうだね、事情を説明して、カウンターで良いと承知してくれる人にお願いするのは? どうかな?」

 と言ってみる。

「あ、それならもともとわかってるからカウンターで大丈夫っすよね。じゃあ、3ついっぺんに同じメールを送っておきます」

 そう言いながら、3組に同じメールを送ったのだが。


 なんと言うことでしょう。

「それならカウンターでお願いします」

 と言うメールが3通、送られてきたのだった。



「皆、なんて奥ゆかしいんだろう」

「感心してる場合じゃないっすよ、どうするんですか!」

 アワアワする夏樹に、冬里はすまして言ってのけた。

「良いんじゃない? みんな仲良くカウンターで、一日遅れのイヴを楽しんでもらえば」


 さて、『はるぶすと』初まって以来の、3組ともカウンターでのクリスマスディナー、どうやら開催される模様です。






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