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後宮の下賜姫様  作者: 四宮あか
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薬師琳明

『死ぬわよ』という琳明がいった物騒な言葉に辺りがざわつきだす。



「馬鹿なことを申すな。饅頭姫風情が」

 下女の横についていた宦官が琳明に向かって最大の侮辱の言葉を浴びせたが、それどころではない。




 辺りが『死ぬ』との言葉をきいたことでざわつく。

 饅頭姫がご乱心だの、王の前でそこまでして気を引きたいのかだの言いたい放題だけれど、琳明は今はそれを気に留める時間すら惜しいのだ。

 事態は急を要す。

 今どれほど手早く処置できるかで目の前の下女が生きるか死ぬか、後遺症が残るかどうかが変わるのだから。




「小蘭、香鈴、この者の胃をすぐに洗浄せねばなりません、水を沢山持って来て頂戴。とりあえずすぐに一度水を飲ませたいからとりあえずどちらでもいから水が手に入ったらすぐに持って戻ってきて。」

 琳明の指示に二人は顔を見合せた後走り出す。

 この下女も琳明がこれほど口にいれているのだから、反射で吐けばいいものを王の御前だからと耐えているのだろう。



 琳明の手をどかすべく痛いほど下女の手が琳明の手首を握り爪が食い込む。

 痛みに顔をしかめるがここで手を抜いてしまえば、これほど納得してないのだ。

 琳明が素直に吐けといったところで従うはずもない。


 その時だ。下女が急に抵抗を止めた。先ほどの酒や咀嚼された食事が吐きだされて琳明は手を引っ込める。

(水、水はまだなの? 傷がある私の手も洗わなければ)

 異変はその後すぐにおこった、琳明の手が口から離れても、下女がえづきだす。




 下女の異変に饅頭姫との侮辱の言葉が止まり、玲真が騒動の真っ只中である琳明と下女の近くにやってきて琳明を止めようとしていた宦官を制止した。

 下女の突然の急変により、その様子を見ていた妃の悲鳴が上がった。

 饅頭姫が先ほどの下女に毒を飲ませただのひどいいい分も新たに聞こえるが、そんなことはどうでもいい。

 琳明はどうするかを考え始めた。

 毒はどれくらい出せたのか。それにしても症状が出るのが早いことから、普段上級妃賓に盛られていたかもしれない毒なんかよりも濃度が濃いものか、はたまた違う毒なのか……



 そんな中小蘭と香鈴が持ってきた水を桶ごと受け取ると王の御前だろうが関係ないと、柄杓でそのまま下女に水を飲むように促した。

「死にたくなかったら飲みなさい。そして吐きだして胃に入った毒を少しでも外に出すのよ」

 飲ませて、出して、飲ませて、出して。何度繰り返されたこどだろう。

「助かるのか?」

 玲真が琳明に声をかける。

「助けるのよ」

 それに対してハッキリと言い切る。胃が今回の毒でどれくらいの影響を受けたかはわからないし、今命を取り留めたとしても今後の経過をしばらく観察したほうがいいかもしれないが。

 それでも、目の前の命が琳明の目の前でこぼれ落ちようとするのを必死に防いだ。



 その一方で宴から退出しようとした妃がもめていた。

「こんなところにいたくはありません。そこをおどきなさい」

「いえ、こんなことがあったのでお通しすることは妃様といえどもできません」

 玲真は一人でも逃さぬようにすでに根回してからこちらに来たようで、宴会会場から出ることは誰ひとりゆるされなくなっていた。


 本当はこの下女は別のちゃんとしたところに寝かしたほうがいいんだけれど。今は事態が落ち着くまで人一人ここから出せない理由もわからなくもない。

 下女が手をつけたのは上級妃賓の小鉢数品と王の酒だったのだから。

 しかも、下女が嚥下してから吐きだすまで時差があった。

 毒味役というのは、やはり好き好んでするものではない。


 


 ましてや毒が入っているかもしれないとなれば、毒が入っておらずとも、うまい酒でも料理でもないはずで。

 顔色が悪くても、そういうものだと流されていたかもしれない。

 もし酒に毒が混入しているにも関わらず下女の様子から酒は大丈夫と判断され、王が口にしていたらどうなったのか……と考えると末恐ろしい。

 とにかく、今回の毒物は王を狙ったものか上級妃賓を狙った物か、下女がこのような宴で王や上級妃賓の食事を食べて死ぬということが目的だったのかはわからない。


 

 だが上級妃賓はみな後ろに影響力のある家を持つ。毒が後宮で大々的に盛られたとあっては黙っていられないだろう。しかも箝口令を敷こうにもこれだけの人数どこかから必ず漏れる。


 琳明から遅れてやっと医務官がきて琳明と交代した。玲真が医務官に物騒なことを言う。

「絶対に殺すな」

 恐ろしい一言だが、医務官はうなずくしかないのだろう。琳明から引き続き毒を少しでも吐かせようと水を飲ませ胃やのどが荒れることなどお構いなしに吐かせる作業を繰り返させる。

 下女は胃の中の物を自らの意思とは関係なしに吐きだしていたが、医務官と交代するころには下女は自分の意思で指を口にいれ吐きだしていたのでおそらく山場は越えたのかもしれない。



「おい、そこの女。なぜ毒だとわかった」

 琳明に向かって声がかけられた。玲真からではない、かりそめの王からだ。

 彼は仮とはいえ王としてこの場を治めないといけない。





 そう、なぜ毒だとわかったのかだ。

 琳明が下女の具合が悪くなっていることに気がついたのは、これまでの知識と観察眼のたまものだが。毒が盛られていると確信を得たのは偶然のたまものである。




 琳明はたもとから祖父からもらった銀メッキの飾りなどない銀杯を取りだした。

「私が毒だと確信したのは偶然でございました。こちらをご覧くださいませ。私の祖父が護身用にと私に持たせてくれた銀杯でございます。と言いましても、すべてが銀ではございません。外側は銀とよく似た違う金属で、物を入れる内側のみ銀箔が張られております。箔であっても銀は銀。今世に出ている多くの毒はこのように銀に触れると時間がたてば黒くなります。私の盃に桜の花びらが偶然入ったのでございます。風流でありましたが、銀は繊細な食器。この見事な飾りの銀杯に汚れがついてはと取り出し、持っていた銀杯に移しましたところしばらくしてみると黒くなりました」

「この見事な銀杯には毒は反応せず、お前がもっていた粗末な銀箔の張られた杯が毒だと黒なったというのか!」


「その通りでございます」

「饅頭屋の娘に毒のいったい何がわかる。手際良く駈けより毒を吐かせるなど普通はできまい」

 王からのそのような言葉をかけられ琳明はついに身分を明かす時が来たのだと思った。


 王の御前で琳明は再び膝を折る。

「訂正の機会をもらえず、ずっと言いそびれておりました。私は饅頭屋の娘ではありません。私はこれでも、王都にある薬屋『葛の葉』の薬師の娘で、私は召し上げられるまでは店の跡取りでございました」






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