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後宮の下賜姫様  作者: 四宮あか
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従えない



 女官が退出した途端、玲真の顔から愛想笑いがすっと消える。

 顔にいつだって笑みがあるから優しい印象を抱いていただけで、表情が消えると整った顔立ちが余計に怖さをあおる。



 玲真の袂から出た扇子がまるで、刃のように琳明の喉元にあてられ、ゆっくりと首をなぞり顎に到達し、琳明の顔を玲真を見上げるように向けた。

「ずいぶんと早い帰還だったな下賜姫様」

 どの口でそれをいうのか……

「一週間、上手くごまかしてくださるのではなかったのですか?」

 嫌みを思いっきり言う。



「これだから、頭のいい女は嫌いだ。いつ気がついた?」

 玲真はいつもの愛想笑いとは違い、口角をほんの少しだけあげて不敵に笑った。

「それをあなたに話す義理はもうないでしょう?」

 玲真の問いかけに琳明は答える気などない。

 玲真はどうやって戻ったかも含めて聞きたいはずだが、それにホイホイ答える義理など琳明にはもうない。

 そして、いつまでも見上げるように顎に当てられた扇子をパンっと手で叩き落とした。

「なっ……」

 あれだけのことをしておいて素直に答えると思っていたのか、なんて厚かましい。

 王だからこそ逆らう者などこれまでいなかっただろうし、いても処罰することが簡単にできたのだろう。

 玲真は琳明が話さないことに心底驚いていた。




 驚く玲真をほっておいて、琳明は手慣れたようにお茶を準備すると椅子に深く腰掛け、優雅にお茶を飲み始める。

 立場が上の人の前で勧められてもいないのに茶を飲むなど言語道断であるが、あえて琳明は玲真の前でお茶を飲んだ。

「何か?」

 そして、唖然としている玲真に、何をいっているのと言わんばかりに強気に出た。


「お前自分が何をしているのかわかっているのか!?」

 話を途中で遮り優雅に茶を口に運んだ琳明に、玲真は怒りをあらわにした。



「もちろんわかっておりますよ、玲真様。ですが王と明らかにしてない今、立場は妃である私のほうが上でしょう?」

 玲真にそう答えてやる。

「お前命が惜しくないのか?」

 ぐっと端正な玲真の顔が寄ってくるが、男の美貌にたなびく琳明ではなかった。

 見目の麗しさに流されるようでは、一流の商人にはなれないのだから。




 琳明は袂から自身の扇子を取り出すと、今度は玲真の喉元にそれを突きつけた。

「あなたこそ見てくれだけは一流でも、中身はとんだ三流ね。どうせ従っていても目的の遂行のために切り捨てるとわかったやつに誰が従うもんですか!」

 

「お前っ」

 玲真の唇が怒りで震えるが。

 琳明はこれでも妃。玲真は公は宦官の長。表立っての立場は琳明が上だ。



「あなたこそ、自分の立場をちーっとも理解していないのね、私は優しいので一度だけ教えて差しあげるわね。私の名前は饅頭姫でも下賜姫さまでもないの――李 琳明。これでも私は王によって、下級妃賓として後宮に正式に迎えられた妃の一人なのよ」

「何が言いたいんだ」

 玲真が自己紹介をする琳明に不愉快そうに眉を寄せそういった。



「何度も私の宮に足を運ばれると不快だからハッキリ言うわ。あなたの質問に答えるつもりは微塵もないわ。そして、表立ってあなたは私に内容を話せと命令はできない」

「王命に逆らうつもりか!?」

「王命に逆らうのは重罪ね。でもね、玲真様が身分を隠している間は、私を処罰したくとも簡単には出来ないでしょ? 後宮で身分は低いとはいえ王が正式に迎え入れた妃を殺すことになるのですから。それに、王命を守っても切り捨てられるのですから、どうせ死ぬなら危険なことに首を突っ込むなんてまっぴらよ。残念ね、毒を持ちこんでいるかもしれない業者連中を一掃する機会を失って。だって妃はちゃんと市井ではなく後宮にいるのですから」

 にんまりと琳明は勝ち誇った笑みを浮かべ、あまりにも近い玲真を突き飛ばした。





「お前がこんなに頭のいい女なら簡単に切り捨てるのではなかった」

 ため息を一つつき玲真はそういって、今度は一転これまで見せたことのない甘い顔で琳明の頬に手を伸ばし触れようとした。

 だけど、琳明はそれを許さなかった。

 パンっと今度は玲真の手をはらった。


「貴方のことは正直嫌いですが。私は薬師ですからこれだけは伝えておきます。毒はあなたの睨んだ通りヒ素でしょうね。そして幸い、ヒ素は銀食器を黒く変色させますし。何より、沢山の飲み物を飲むことで、ある程度排出されることが期待できるでしょうね」

 琳明はそれだけ言う。

 後は、これ以上玲真に付き合うつもりはない。

「わかった」

 玲真はそういうと、これ以上は琳明を脅しても色仕掛けしても無駄とわかったようで、すんなりと引いてくれて琳明はホッとした。



 とりあえず、琳明が後宮に止まっている間殺されるようなことはないだろう。

 腰にほんのりと残る、ぎこちなく回された腕の感触を思い出して、琳明は小さな宮の窓から空を見上げた。

 向俊は武官として仕事に行った、今回のことがあったからこそ変な口車に乗るようなことはもうないだろう。

 もう会えないと思っていたから、最後に恋人らしいことができてよかったのだ。もう後宮から出て会うことは叶わないかもしれないけれど。

 どうか、元気で……流行病などかかりませぬようにと琳明は願いを込めた。




 後宮の厄介事と関わらなくても時は流れる。

 琳明は自分が住まう宮の小窓から、外をよく眺めるようになった。

 雪が降っている日に窓を開ける。

 部屋が冷えるといつもならケチケチするところだが、もう来年は雪など見ることが叶わないかもしれないと思うと……季節の移り変わりを見ないことがもったいなくて、どんなに冷える日でも火鉢を傍において窓を開け外を眺めた。

 吹雪の日はさすがに無理だが、雪の積もった景色を眺め、火鉢の傍で刺繍をした。

 雪の日は朝から店先の雪をあける作業をしなければならないし、足元はぬかるみ服も靴も汚れて冷えるし。客足も悪いし嫌いだったが。

 もう見れないかもしれないと思うと白く美しいものだなとか、子供の時何度もつくった小さな雪うさぎを今さら作ってみたりと雪の日も悪くないなと思えてしまうのだから不思議だ。

 琳明は刺繍は繕い物を小銭稼ぎのために散々したから得意だ。でも、今してるのは繕いものなんかじゃない。父に母に祖父に弟にそして向俊に少しでも自分がいた証を残したくて、ハンカチの隅にせっせと琳明の好きな花や動物を刺繍する針仕事にせいをだした。

 部屋に沢山あった薬草も自ら後宮を後にする時にもっておりて、使おうと思っていたけれど、そのあてがなくなったため。孫卓に頼み祖父のところに持って行ってもらったため。

 部屋もがらんとしてしまった。



 玲真は相変わらず、後宮内を見回っているようで、気まずい関係ではあるが琳明のところにも冬の間に2度足を運んできた。

 琳明は、刺繍の手を止めず、窓からの景色を眺めながら玲真と適当に話をした。次なる厄介事を頼んでくるかとも思ったがそんなこともなく穏やかに後宮での日々は過ぎていく。

 冬の間に大きな変化があった。下級妃賓のさらに一番下に位置するだろう琳明の食器も簡単な銀製の物に代わった。

 業者の一層が琳明のせいでかなわなくなった今、妃を守るために玲真が動いたのだろう。

 妃の物だけとはいえかなりの数になると思う。

 元からあった物もあるだろうが銀は黒くなるから、磨く必要があるからだ。一体どれほどの金がかかったのだろうか。


 張孫卓は連帯責任で大きな仕事がなくなっては大変と、同業者に目を光らせているようだ。



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