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後宮の下賜姫様  作者: 四宮あか
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肝が据わっている

「……本当に商品の説明を本当に始めるとは思いませんでした」

 先ほどまでと違い、丁寧な言葉で孫卓が琳明に声をかけてきた。



「客に質問されて従業員がダンマリだとそれだけで不安になるものですから。でも、わかる範囲でそれらしく言うだけでごまかせる相手で助かりました」

 ふぅっと、琳明もようやく一息をついた。

「次は宦官に商品を検閲してもらってから妃たちのところへと品物を運びます。それは、すでに後宮内に入ってからの検査となるので、うまくここから離れていただければと……」




 そんな話をしながら進んでいると下女たちが騒がしい。

「饅頭姫が後宮から逃げたかもしれない」

 耳に入ってきたその言葉を聞いて、孫卓は琳明にだけ聞こえるような声で言った。

「おっしゃられていることは本当だったようですね。恩にきます」

 他の従業員とお揃いだった衣を脱ぐと下から出てきたのは饅頭売りをしていた時の仕事服だった。

「お互いうまくやりましょう」

「えぇ」



 くくっていた銀の髪をとくとサラリと流れる。そして、ごく当たり前のように琳明は宮へ向かう道すがら薬草を採る。といっても使いものになるようなものは、もう今の季節にはない。

 でもいいのだ、薬にするためにとっているのではないのだから。



 琳明の宮には何人もの下女と宦官、そしてその中に当然玲真が立っていた。

 あの狸め、やっぱり目的を遂行するために私ごと切るつもりだったんじゃないの! 玲真をみて琳明は胸倉をつかみ上げたい気持ちをグッとこらえ、代わりにギリギリと奥歯をかみしめた。

 小蘭と香鈴は人だかりの中心におそらくいるのだと思う。


 琳明は息を吸い込んだ、腹からよく通る声を出すためだ。

 玲真さま――――残念ながら私はあなたの思うようにいかないわよ。



「まぁまぁまぁ。私の宮の前で皆さんどうかいたしまして?」

 これだけ人がいるのだ、少しくらい大げさな方がいいだろう。

「「琳明様」」

 そういって駆け寄ってきたのは私付きの女官二人だった。この二人も妃を逃がしたことで何かお咎めを受けるところだったのかもしれない。目じりに少し涙をためていた。

「いやだわ。こんなに人が来るとわかっていれば動きやすい服ではなくちゃんとした衣を着ておりましたのに。あぁ、本当に……お恥ずかしい」

 そういって琳明はニッコリと笑ってみせる。何人かの宦官が琳明をみてから視線を主である玲真に移した。




 微笑みを浮かべた琳明とは反対に、玲真はここに私がいることが信じられないと眉をぴくりと動かした。



「玲真様までいったいこれはどうしましたの?」

 集まっている理由はわかってる、でもあえて玲真に向かって挑発的に笑って見せる。

 残念でしたと……こころの中で舌を出して。





「…………これは琳明妃」

 玲真からは冷たい声がかけられる。

「はい、何でしょうか? 後宮は広くて女官をつけずに散歩していたら、ちょっと迷子になってしまったの。以前大事な絹地の衣が汚れてしまったでしょう。だからこんなかっこをしていたのだけれど、皆さんを心配させたのならごめんなさいね。でも、この通り私はきちんと後宮におります」

「……後宮にいたのならばいいのです」

 琳明の姿をみて、集まっていた下女は口々に、あんな格好をしていたらそりゃ見つからないわよと小さな声で話しながら去っていく。




 もう一日夜を超すようなことになっていれば駄目だった。

 本当に危機一髪だったわ。

 お辞儀をして琳明の前から去ろうとする玲真の背に声をかける。

「玲真様――――心配させてしまってごめんなさいね」

 この場で玲真にかけても不思議ではない言葉であるが、完全に精いっぱいの嫌みである。




 すっかり人の去った自分の宮の中に入って琳明はへたり込んだ。上手くやったのだ。

「琳明様いったいどちらに行かれていたんですか」

 小声で小蘭が琳明にそう告げた。そりゃそうだ。琳明の不在は昨日の昼からである。戻ってきたのが次の日の午後だ。

 実質丸一日琳明は後宮からでて市井におりていたこととなる。

 女官二人には当然玲真から琳明が市井に下りるように自分が頼んだことなどは話されていなかったのだ。

「昨晩はなんとか小蘭と二人で必死に不在を知られまいと……」

 そういって香鈴は涙ぐんだ。

 それはそうだ、付いている宮の妃がいなくなったとなれば、当然ついていた女官は何をしていると処罰されることになっただろう。

 二人は琳明がいないことを必死に取り繕うはめになったに違いない。

 夜は宦官でも寝所に王でない男性を妃の宮に迎え入れるわけにはいかないと突っぱねることができただろうが。

 次の日は違う。

 昨晩姿が見えなかったようだがと言われたところで、いつまでもごまかせるはずもない。


「私はちょっと嵌められてしまったみたいね。心配をかけてしまってごめんなさいね。二人とももう大丈夫ですからね」

 女官二人を安心させるために琳明は笑って見せた。

 琳明がそういってほほ笑むと女官二人は本当にほっとしたようだ。





 琳明の熱は一度は下がったが、その晩再び琳明は高い熱が出た。薬を飲んで快方に向かってたとはいえ、自分だけでなく周りの命までかかった危ない橋を渡りきった緊張は並大抵のものではなかった。

 後宮の宮へと帰ってきたことでほっとした安心感が熱を出させてしまったのだと思う。

 すぐに琳明の下に医者がやってきて薬を処方してくれた。



 当然格好の訪問理由ができてしまった琳明の下に玲真はやってきた。心底心配した顔で。

 玲真の顔をみて、琳明は口には出さないが心の中で毒をつく。

 表情を取り繕うのが御上手なことで、この狸が!!!と。



「わざわざお見舞いをありがとうございます。玲真様」

「妃が熱を出せば、王がこられないなら、私が代わりに見舞うくらいはしますよ。貴方も大切な後宮にいる妃の一人なのだから」

(なーーにが、貴方もよ。ことがうまく運ぶように、この私ごとあっさりと切り捨てたくせに)

「ここ数日は特に寒かったですから、身体がとても冷えたのでしょうね……。心配をかけてしまってごめんなさいね」

 他の人の目もあるからと琳明は嫌みを言葉尻に混ぜることを続けた。



「体調のすぐれない琳明妃にはすまないが少し話を伺いたい。一応私はこう見えて後宮でのお目付け役でね。実際にあの日何があったかを確認したいんだ。すまないが女官は部屋から退出願えるかい?」

 玲真は以前のように女官の退出を促した。

 さて、一体なにを私から聞き出すつもりなのやら……




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