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後宮の下賜姫様  作者: 四宮あか
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馬鹿な孫娘

 熱でうなされる琳明の首に触れたのは、皺があるかさついた手だった。

 その手は琳明の首に手を当てて脈をとっているだけだから害そうと首に触れたのではない。

 慣れた手つきで、目を開けずとも誰がきて琳明をみてくれているのかすぐにわかった。



 一度安堵して張り詰めていた緊張の糸が切れてしまえば、強烈な眠気が琳明を襲った。

「寝るのは薬を飲んだでからじゃぞ」

 琳明の口をこじ開けられ流し込まれる粉薬は苦く、続けて口元にあてられた器から白湯を飲んで流し込んだ。


「次は服をかえる。そんな服を着ていては身体が冷える。わしに見られるのが嫌であればさっさと立ち上がって服をかえんか」

 祖父に言われるままに汗で冷たくなった服をかえ、琳明は横になり眠りについた。

「お前が起きたら聞きたいことがたーーっぷりとある。玉姫のことも含めてじゃぞ。お休み琳明」

 そう聞こえると、手が琳明の頭を優しくなで、琳明は今度こそ意識を手放した。






 次の日には昨日のだるさは嘘のようになくなっていた。やっぱり祖父の薬が一番効くと思うと同時に、さてどうしようと思う。

「さてさて、琳明病み上がりのところ悪いが話をしよう」

 起き上った琳明にかけられた最初の言葉はそれだった。

「えぇ、お祖父さまお久しぶりですね、私も相談したいことが沢山ございました」

「なぜ、お前が市井におる?」

「どこから話せばよいか……。お祖父さまには嘘をつきたくないので、先に申し上げておきます。私がここにいるのは王命だからです。どうかお力を私にお貸しくださいませ」

 琳明はそういって頭を深く下げた。

 ここで断られたら終わりだ。

 それに後宮へと入内した琳明が市井にいると報告されても終わりだ。



「本当に、お前という子は……。向俊お茶を入れろきっと長くなる話なのだろう?」

 



 お茶を飲みながらようやく話が始まる。

 後宮での出来事、下賜姫として後宮に望まれていたこと、うっかりある人物に感じた違和感を何も考えず口に出してしまい後に戻れない事態になったこと。

 私の下賜の決定権を相手が持っているため、市井に帰ることを望む琳明は言うことを聞かなければいけなくなったこと。




 琳明の話しに上游はうんうんと何度もうなうずいた。

「後宮に毒をもちこむやからがいる。だから今のままの後宮では安心して子がなせないそうです。後宮の膿を出すのに何かお力をください」

 琳明も必死にしりえた情報を祖父に話した。

 毒である鉛が入ったおしろいが禁止されているにも関わらず、子をなせば乳飲み子を育てる上級妃賓がそんなものを顔に塗りたくっていることや、銀の食器ではなくわざわざ陶器を上級妃賓に渡していること。

「あっ」

 ハンカチのことを思い出した琳明は、なんとかもってきた重要な手掛かりがどこにいったかと向俊につめよった。



「変装してきたときの服ならここに」

 向俊がおずおずと出してきた籠を受け取ると、琳明は探した。あの陶器を拭き、お茶を含ませた布を。

 たたまれてそれは確かにあったので琳明はほっとした。

「お祖父さまこちらにございます。無味で無臭だったと思います」

「毒かもしれないと思うものを口に含んだのか、この馬鹿者が」

「身分が上の方とお茶をしたときでしたので、一口も口をつけないのはと……。とりあえず、片方が陶器を拭いた布で、色がかわっているのが口に一度含んだお茶をふくませたものだったのですが……この状態でわかりますか?」

「お前は薬のことばかりで毒のことなどちっとも教える暇もなかったからのう。無味無臭で銀食器を避けるとなればヒ素の可能性が高い」



「ヒ素……そんなありふれた」

 さぞ珍しいものだと思っていた、毒は実にありふれたものだった。

 それこそ、少し離れた農村部で野菜につく虫食いを減らすためや、はたまた鼠を殺す団子に混ぜるような本当に、庶民の手にですら簡単に手に入ってしまうものが以外にも今回の事件の正体だった。


「珍しい毒なんか使えば、すぐに足がつく。でも多く流通している物のほうが特定が難しいものだよ。それに長い時間をかけて少しずつ食事にまぜ、手間と時間をかけて内臓を壊したほうが誰の仕業かわかりようがないだろう?

それに少量ずつ食事に混ぜれば、最初は軽い腹痛や腹が下がる程度だから、食あたりと勘違いされやすい。

 解毒薬をとのことだが、もし使われているものがヒ素であれば完全なる解毒薬などない。身体にはいった毒をより外にだす手伝いをするために、腹を下すような薬やのどが渇き水を多く取らせるような方法しか思いつかないと上游は神妙な面持ちでつげた」



 上游は神妙な面持ちで、見事な銀色の小さな杯を袂から取り出した。

「それはまさか高価な銀食器!」

 祖父が今取り出したものだから、琳明はてっきりそうだと思ったのだ。

「まさか……純銀の食器など買えるわけがない。これが銀なのは飲み物を注ぐ内側の表面だけで他の部分は色こそ銀だが本物の銀の部分である内側と同じ銀色ではあるが違うだろう」

 そういわれて眺めてみると、同じ銀色だが、輝きが内側と外側とでは全然違う。

 この話をしているときに出されたからてっきり純銀の杯だと琳明は思ってしまっていた。


「それにしても、お祖父さまがこんなものをお持ちになっているとは……」

「最低限毒かどうか見抜くなら、飲み口のところと中だけ銀箔を何枚かはれば十分だからのう。それに、お前が玉姫の名を出したもんじゃからなぁ。懐かしい気持ちと後宮に入ってしまった孫娘がらみなら使うことがあるかもと引っ張り出してきたんじゃ」

 そういって上游は小さな銀杯を大事そうにもっていた。



 一通り、小さな杯を上游は大事そうになでると、琳明のもってきた布に手を伸ばした。

 ほんの数滴布に琳明を看病するためにつかっていた水桶の水をかけると、そっと銀杯の内側をふいた。


 銀杯に変化はなかった。

「毒は私にはもられていなかったんですね」

「そうとは限らない。毒が濃いものであれば銀がすぐに黒ずむがうすければすぐに黒ずむわけではない。銀杯が曇る程度で毒が盛られたと判断していいだろうな。琳明どうしてお前は市井に行くようにいわれたのかもう一度よくわしに話してごらん」

 祖父は優しい声でそういった。



 だから、琳明は思い出しながら玲真の言葉を思い出す。

 市井に降りて、冬にさしかかったから怪しい薬草の動きはないかってことか……

 思いつく限り玲真とのやり取りを琳明は祖父に話した。



「その玲真という男は妃として召し上げられて会ったのも初めてのお前に本当に事件の解決をすることを望んでいたのかのう。そんな重要な役割お前なら誰に任せようと思うか? 少なくともで会ってすぐの人物にはわしならたのまないな」

 祖父が考え口にした言葉に琳明は驚愕の表情を浮かべた。

 祖父の言うとおりだ、玲真が本当に慎重な男ならばいくら琳明に弱みがあったとしても、出会ってすぐの女にそんな重要なことを頼むわけがない。

 下賜姫という単語で思ったよりも琳明は玲真の話術によって動揺させられていたことにようやく気がついてしまった。

 しかし、それを認めてしまえば、同時に命の危険さえも考えられる危ない橋を渡って琳明が市井へ降りてきた今がすべて否定されてしまう。


 琳明が市井へと降りた苦労が本来しなくてもいいことだと頭ではわかる。でもすぐに気持ちが消化できない。




 毒は珍しいものではなく、身近にありふれた物であった。

 玲真は毒について対処していると言っていた。

 だけど、毒に対処するためには、まずその毒は何かを知っていないと対処などできるはずもない。

 



 毒は珍しいものではなく、ありふれたもので流れの特定などできないこともすでにわかっていたのではないか……

 それを知っていて、私に玲真は頼みごとをした。






 だとしたら私は――――はめられた?

 ゴクリと琳明の喉が鳴った。






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