氷の姫は運命(ストーリー)を壊したい
・輪廻転生・
りんねてんせいとも言う。
インド思想上の観念で、現世の行為によって来世が決定されながら、生死は無限に繰り返されるとする考え。
仏教やジャイナ教に引き継がれ、世界各地に広まった。
(世界用語より抜粋)
・転生・
次の世界で別の形に生まれ変わること。
てんしょう。
(明鏡国語辞典より抜粋)
◆◆◆
・NO SIDE・
エリザ・グリティシアが人生を変える運命と出会いを果たしたのは、今からおよそ10年前。
彼女が6歳の誕生日を迎えた日のことだった。
『エリィ、紹介するね。今日から我がグリティシア公爵家の一員となるレイリア・ファゴット嬢と彼女の娘のフィーア嬢だ。』
夜会に出たら亡きグリティシア公爵夫人の後釜になろうと肉食獣のごとく獰猛なご令嬢達に狙われ続けている、子供がいるとは思えない程若々しく美しい現グリティシア公爵のアルバート・グリティシア。
そんな彼が愛娘に紹介したのは、グリティシア公爵夫人が亡くなった少し後に夫を亡くした未亡人であるファゴット男爵家の女主人、レイリアと彼女の娘であるフィーア。
エリザはフィーアと目が合った瞬間、脳天を貫くような衝撃と共に様々な“記憶”を思い出した。
(あぁ、何てこと・・・‼私、大好きな乙女ゲームの悪役令嬢の姉に生まれ変わったんだわ・・・‼しかも、前世の推しであるフィーアの姉‼私、今日死んでもいい・・・‼)
この時、エリザの誕生日を祝いに来ていた貴族達は驚きで目を見開くことになる。
亡きグリティシア公爵夫人の後釜に身分が釣り合ってない男爵家の女主人がなったことや彼女の娘が自分より身分の高いエリザを睨み付けていたことに、ではない。
同年代の令嬢令息よりもかなり大人びていてあまり表情が変わらないエリザが、この時初めて年相応の・・・純粋な笑顔を浮かべたことに、である。
『私はエリザ。グリティシア公爵が1人娘、エリザ・グリティシアよ。私、あなたみたいな可愛い妹が欲しかったの‼』
エリザのこの微笑みは、今なお貴族の間で語り継がれている。
“氷の姫の氷解の笑顔”、と。
◆◆◆
・ELIZA SIDE・
皆様、ごきげんよう。
私の名前はエリザ・グリティシア。
グリティシア公爵家の長女であり、次期女主人となる普通の少女ですわ。
・・・普通ではないところが1つだけありますが。
さて、私の話をいたす前に皆様にお聞きしたいことがありますの。
皆様は転生ってご存知?
たぶんたいていの方がご存知ですわよね。
知らない方のために一応ご説明いたしますと、一度前世と呼ばれる世界で死んだ魂が来世という世界で生まれ変わることを指しますの。
基本的には転生すると前世の記憶というものは消えてしまいますわ。
・・・ふふっ、察しのいい方はもう気付いておられますよね。
そうです。
私の普通ではないところとは、前世の記憶というものがあることですわ。
前世の記憶というものは、生まれた時から所有していたり夢に見て徐々に思い出したり特定の何かを見て思い出すのが一般的で、私も可愛い可愛い妹に出会ってから全てを思い出しましたの。
あれは本当に運命の出会いでしたわ・・・。
まさか私の前に前世で見たことなかった悪役令嬢のロリっ娘が現れるなんて思いもしませんでしたもの。
・・・悪役令嬢と聞いて首を傾げてしまう方がおられると思いますので簡単にご説明いたしますわね。
悪役令嬢とは、乙女ゲームと呼ばれるゲームにおいて主人公・・・攻略対象であるヒーローから見ればヒロインにあたりますわ。
主人公が攻略対象とイチャイチャするのを邪魔する役目、つまりライバルの女の子を悪役令嬢と言いますの。
悪役令嬢と言ってもピンからキリまでありまして。
自分より高貴な婚約者と結婚して自分の地位を高めたい者や自分の欲を満たしたいがために婚約者を奪われたくない者、婚約者が好きすぎるあまり主人公を害してしまう者。
清廉潔白で貴族の鑑と呼ばれる強力なライバルである悪役令嬢・・・いやこの場合は何も悪いことがないからただのライバル令嬢ですわね。
とにかく攻略対象を攻略する前の壁みたいなものですわ。
我が可愛い可愛い妹であるフィーアは前世の私が1番好きだった乙女ゲーム“月下美人の咲く庭で”の悪役令嬢なのですが、この子は本当に不憫な子で。
幼い頃に父親を亡くした彼女は両親の再婚でグリティシア公爵家に引き取られ、グリティシア公爵家の“駒”として生きることになりますの。
1つしか変わらない彼女の姉であるエリザは彼女の新しい父親であるグリティシア公爵から惜しみない愛情を与えられるのに対し、フィーアには厳しい叱責が飛び、彼女と唯一血が繋がっている家族のはずの母親はグリティシア公爵の寵がなくなるのを恐れてグリティシア公爵がすることに対して何も言いませんでしたわ。
そんな環境に育った彼女は誰よりも愛を渇望していて、彼女の婚約者として宛がわれたリンデンガル侯爵家の長男坊ヒュートン・リンデンガルに依存しておりました。
“婚約者なんだから、ずっと一緒にいてくれる。”
そう思っていたのに、彼女の婚約者は貴族の中でも下位であり彼女の家の元爵位でもあった男爵家の少女、主人公と恋に落ちてしまうのですわ。
“私と同じ男爵のくせに、何であの子ばかり私の欲しいものを持っているの・・・?”
心の支えであった婚約者を失った彼女は日に日に病んでいき、そして辿り着いてはいけない答えに辿り着いてしまったのです。
“あの子さえいなくなれば、ヒュートン様は私を見てくれる。”
そう考えてしまった彼女は、主人公を殺す計画を立ててしまいますの。
でもそれは彼女の取り巻きによってヒュートンに報告され、グリティシア公爵家の後ろ昏い部分と共に陛下に告発、その後にエリザ以外のグリティシア公爵家は一族処刑されてしまったのですわ。
唯一一族処刑から免れたエリザは、自分が何もしなかったせいでフィーアをここまで追いつめてしまったと後悔して自ら毒を呷って死んでしまうのでした。
・・・泣きましたよね。
“誰かに愛されたいとたくさんたくさん努力していたフィーアを、誰一人として見ようとしなかった。
それがこんな結末を招いてしまったなんて、酷すぎる。
私がエリザなら絶対フィーアを幸せにするのに。
というかこんな可愛い可愛いフィーアに見向きもしないとかみんな目が節穴か?“
ゲームをクリアした後、私はそう思ったのです。
「そしたらまさかの転生ですよ・・・。」
いや転生できて嬉しいですよ?
自分の手でフィーア(推し)を幸せにできますし。
可愛い可愛いフィーア(推し)を毎日見られるなんて眼福ですし。
姉特権でフィーア(推し)を可愛がれますし。
ただ何で前世の私は死んじゃったのか気になるし、転生することが分かっていたらフィーア(推し)とやりたいことリストをまとめていたのに・・・後者の方が重要とか考えていませんよ?
「はぁ。もうちょっと早く記憶が戻っていたら、お茶会の時とかにガン見してたのn」
―バァンッ‼
勢いよく自室の扉が開きますが、誰が入って来たのか見なくても分かる私は彼女が口を開くまで待ちます。
がつがつ聞いて嫌われたくありませんもの。
「姉様・・・‼」
「あらあら。どうしましたか、フィー。」
「ヒュー様ったら酷いんですの‼私の目の前でアリス様とずーっとイチャイチャしているのですわ‼」
若干涙声になりながら私に声をかけてきたのは、私の可愛い可愛い妹であり推しのフィーア。
彼女が妹になってから彼女を甘やかして甘やかして甘やかして甘やかした結果、とんでもなくシスコンな子になってしまいましたが結果オーライなので無問題ですわ。
・・・そんなことより。
「あの天邪鬼、またフィーを傷付けているのですか?」
「姉様?あまのじゃく?とはどんな意味なんですの?」
「ふふっ。言いたいことが素直に言えないあのお馬鹿さんみたいな人間を指すのですわ。ツンデレとも言いますわね。」
「あまのじゃく、つんでれ・・・。姉様はやっぱりすごいですわ‼私の知らないことも知っていますもの‼姉様は私の自慢の姉様ですわ‼」
「ありがとう、フィー。あなたも私の自慢の妹よ。」
私がそう言うと、フィーは花が綻んだ様に笑ってくれましたわ。
うむ、可愛い。
「えへへ。姉様に自慢だと言っていただけて元気が出ましたわ‼」
「あら。私は本当のことを言っただけですわ。」
「姉様・・・‼」
フィーアは感極まったのか、目に涙を浮かべながら私に抱き着いてきましたわ。
もちろん最初私の部屋に入って来た時とは違い、嬉し涙の方。
はー、私の妹可愛すぎですわ・・・‼
というか、あの馬鹿のこと忘れ去ってますわよね、フィーア。
まぁ、今は私のことに集中してほしいのであえて何も言いませんけど。
私とフィーアは、夕飯の時間になるまで楽しくお喋りをしたのでした。
◆◆◆
・NO SIDE・
「・・・ほんっと我が妹可愛すぎるーっ‼」
貴族達が通う学園、聖ジルベルト学園。
“月下美人の咲く庭で”の舞台でもあるこの学園で、今日も今日とて貴族として相応しくない大声が学園の中庭にある東屋にて響き渡っていた。
音の発生源はもちろんエリザ。
昨日自分の部屋で起きたことを彼女の婚約者であり彼女と同じ“前世の記憶”を持っている、スコッティ辺境伯家の三男坊ニコラス・スコッティに語っていたのだ。
「だよなぁ。お前と婚約した後初めてフィーアと会った時、これがあの悪役令嬢かと驚いたからな。」
「そうでしょうそうでしょう。私の愛がフィーアをより可愛くしているのよ‼」
「・・・傍から聞くとけっこうやばいこと言ってるぞ、お前。」
「いいのよ。ニックは私の話の意味が分かるんだから。あなただけが分かっていればそれでいいわ。」
「お前たまに分ってて言ってんのかと思うときあるわ・・・。」
「?何が?」
「何でも。一生婚約者様には勝てる気がしねぇよ。」
ニコラスはそう言うと、無防備なエリザの頬を思いっきり引っ張る。
彼女の白い頬が伸びる様は、まるでおもちのようであった。
周りから見れば完全にイチャイチャしているように見える2人だが、当の本人達・・・主にエリザはただのじゃれあいとしか考えていない。
そんな時間を過ごしている彼らの後ろから、盛大なため息が聞こえてきた。
「こんなところでイチャイチャするの、やめていただけませんか?義姉上方。」
「・・・あら?婚約者ではない女性とイチャイチャしていると噂のお馬鹿さん(ヒュートン様)ではありませんか。主人公(アリス様)はどうしましたの?」
「あの女と四六時中一緒にいるわけではありません。というかあんな香水(惚れ薬)臭い女、陛下からの命がなければ近寄りたくありません。」
「嘘おっしゃい。フィーアにヤキモチを妬かせたくてたまにイチャイチャしているの、私知っているんですからね‼」
公爵家のご令嬢にあるまじき行為である指差しをしながら、エリザはヒュートンを睨み付ける。
フィーアは知らないが(義姉妹で楽しく会話したりお茶する時間がなくなってしまうことを危惧してエリザが箝口令を敷いたため)、実はヒュートンはフィーアのことを溺愛していた。
いや、溺愛どころかエリザ(最大の敵)からどうやってフィーアを引き離そうかを常々(つねづね)考えているレベルで愛している。
だと言うのにヒュートンはフィーアを目の前にすると素直になれないのだ。
そのせいでフィーアは“本当は自分なんかと結婚したくないのでは・・・?”と考えているのだが、フィーアにヤキモチを妬かせたい一心で主人公とイチャイチャしてるヒュートンは全く気付いていない。
ツンデレ思春期坊ちゃん憐れなり。
「ぐっ。し、しかたないでしょう‼年々可愛い上に綺麗になっていくフィーアを見たら緊張して言葉が勝手に出てしまうんですから‼フィーアの気持ちがまだ僕に向いていると分かるのがこれくらいしかないんです‼」
「うっわぁ、今ご自分が最低なこと仰ってる自覚ございますか・・・?それ以前に女の子は好きって言ってもらえないと自分に気がないと思って身を引いてしまう生き物ですわよ?そろそろフィーアが私に“姉様・・・‼私、ヒュー様の婚約者をやめます‼そして、私を好きだと言ってくれる方と婚約s”「そっ、それだけは嫌だ・・・‼」なら、さっさと私の可愛い妹を幸せにしてくださる?あなたに“義姉上”と呼ぶ許可を与えた意味、あなたは気付いていないのかしら?」
ヒュートンが真っ青な顔で頭を抱えるのを見て、エリザは内心ほくそ笑む。
ここまで焚きつけておけば、フィーアの悲しむ顔を見ることはほとんどなくなるはずだと考えたからだ。
エリザはヒュートンのツンデレな部分や好きでもない女性を使ってフィーアの目を彼に向けさせようとする部分は嫌いだが、彼の能力やフィーアを愛する心は評価している。
可愛い妹を託せるのはこの馬鹿だけだろうとも。
「・・・っ‼ありがとうございます、義姉上‼」
「礼を言うのはあの子の心をきちんと射止めてからにしなさいな。全く、世話の焼ける。」
「もう心は射止めてます‼」
「生意気なことを言うようになったじゃないの。」
1つ年下の男の子の成長を目の当たりにして、エリザは氷が解けるかのような笑顔を浮かべた。
普段あまり表情が変わらない(家族や特定の人間以外の前では)エリザの笑顔に、ニコラスとヒュートンは暫し見惚れる。
が、さすがは貴族のご子息達と言うべきか。
見惚れていたことに気付かれないようすぐさま表情を引き締める。
「これでも私はあなたを気に入ってるの。・・・私の期待を裏切らないで頂戴ね。」
「御意に、我が義姉上様。」
憑き物が落ちたかのように朗らかな笑顔を見せた後、ヒュートンは校舎の方へと向かって行く。
その後ろ姿を見送った後、エリザとニコラスは互いに顔を見合わせた。
「さて。あの子達が知らない内に全てを終わらせましょうか。」
「あぁ、そうだな。未来の可愛い義妹と義弟のために。」
◆◆◆
・ALICE SIDE・
この世界は、私のための舞台。
私が望むがまま、全て手に入る。
地位もお金も愛する人も。
全部全部私の物になるの。
だってここは“月下美人の咲く庭で(乙女ゲーム)”の世界。
アリス・ギャレット(わたし)が主人公の、世界(お話)なの。
だから・・・。
「悪役令嬢ごときが出しゃばらないでほしいわ。(ボソッ」
教室内で楽しそうに攻略対象であるヒュートンと会話する悪役令嬢を見て、小さく舌打ちをする。
たぶん彼女も転生者なんだろう。
彼女の姉であり貴族内で密かに“氷の姫”と呼ばれているエリザ・グリティシアが彼女と仲良くなっているし、グリティシア公爵家の義姉妹の幼馴染であるニコラス・スコッティが彼女をよく気にかけている。
それに、攻略対象であるヒュートン・リンデンガルが彼女を嫌ってないのだ。
「自分が死にたくなかったかヒュートンが好きだったか分からないけど、決まった運命を変えるなんておかしいわよね。悪役は悪役らしく主人公の前で滅びなきゃ。(ボソッ」
彼女に罪を着せるための証拠や証言はお金を使って作り上げた。
毎日攻略対象に擦り寄って惚れ薬の匂いを嗅がせていたから、彼らはフィーアを毛嫌いし私の言うことを聞く憐れな奴隷になっている。
残念ながらヒュートンは彼女を完全には嫌っていないみたいだけど、私と一緒にいる時間の方が多いし私に落ちるのも時間の問題だろう。
「私は主人公(Heroine)、あなたは悪役(Player)。役割を間違えないでね?」
後少しで全部終わるんだから、邪魔しないで。
◆◆◆
・ELIZA SIDE・
数日前から学園に蔓延り出したとあるご令嬢の噂に、私の頭が頭痛を訴えかけてきます。
曰く、“アリス・ギャレットに対し、フィーアが身分と私の名を笠に着ていじめを行っている”。
曰く、“フィーアの婚約者がアリス・ギャレットに盗られたから婚約者がいない男に擦り寄り出した”。
曰く、“エリザ・グリティシアから次期公爵家主人の座を奪おうと暗殺計画を企てている”。
どう考えても根も葉もない噂なのですが、噂の出処が主人公と攻略対象(愉快な仲間)達からだったために誰も間違いを指摘することができないでいるみたいなのですわ。
これには主人公対策を考えていた私達が後手になるしかありません。
頭緩そうな子だと思って油断してましたわ。
「どうする、エリィ。」
「どうするもこうするも、私達は私達ができる範囲でフィーアを支えるしかありませんわ。・・・後、あの子がボロを出してくれたおかげで諦めていた選択肢が選択できるかもしれません。」
「と言うと?」
「私の可愛いフィーアを護る婚約者殿に協力してもらえば何とかなるかもしれませんわ。」
―――――・・・
・NO SIDE・
エリザとニコラスが主人公対策を考えていた時から、数十分後。
学園の校舎裏にて、1人の小柄な少女が少々派手な少女と対峙していた。
「・・・それで?お話とはいったい何ですか、フィーア様。」
「私の悪口はいくら聞いても痛くも痒くもありません。ですが姉様やヒュー様に迷惑がかかるようなものはやめてください。」
「何のことを仰っているんですか?私よく分かりません。」
「っ。」
小柄な少女・・・フィーア・グリティシアは対峙している少女・・・アリス・ギャレットの返事を聞いて僅かばかり顔を顰める。
どう考えてもここ数日のフィーアに関する噂の発生源はアリスなのだが、彼女はしらばくれるつもりらしい。
フィーア自身も今回はこのことを追求しに来たわけではないので、口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
「では違う質問をします。あなたはなぜ婚約者がいる男性に擦り寄っているのですか?」
「ひっどーい‼何その言い方‼みんなはただ私と仲良くしてくださってるだけなのに‼」
「あなたは仲良くしているつもりでも、彼らは本気です。それに、彼らの婚約者達が傷付いているのですよ‼」
アリスの他者を省みない発言に、ついフィーアが噛みついてしまったところで。
「・・・やはり噂は本当だったみたいだな、フィーア・グリティシア。」
「デューク殿下・・・。ヒュー様・・・。」
校舎の陰から姿を現したのは、この国の第2王子であるデューク・ファゼットを始めとしたアリスの取り巻き達。
その中にはフィーアの婚約者であるヒュートンもいた。
「デューク様っ‼フィーア様ったら酷いの‼私がデューク様達に擦り寄ってるって、みんなに近付くなって‼」
「可哀想なアリス。フィーア嬢だって他の男に擦り寄ってるくせにアリスばっかり怒って。最低だな。」
「本当にな。姉であるエリザ様は表情が変わらない以外は完璧なご令嬢なのに。どうしたら妹はこんな性格が悪く成長するんだ・・・?あぁ、元々は男爵令嬢だったからか。」
「それは違うと思うよぉ。だってぇ、同じ男爵令嬢でもアリスはこぉんな素敵な女の子に育ってるものぉ。」
「それもそうだな。」
涙を目に浮かべながらそう言うアリスに、取り巻き達はアリスを慰めながらもフィーアが傷付くような言葉を次々と投げつけていく。
だが、フィーアは傷ついた表情を見せずに真っ直ぐとアリス達を見ていた。
なぜなら、アリスの取り巻きになっているヒュートンの目にはフィーアへの嫌悪の色がなかったからだ。
それどころか、ヒュートンは彼女を心配そうな目で見ている。
(ヒュー様は、私を信じていて下さるのだわ。何でアリス様のお傍におられるのかは未だに分かりませんが・・・ヒュー様のことですからちゃんと理由がおありなんでしょう。ヒュー様が私を信じていて下さるのなら、私もヒュー様を信じます。)
「・・・もしもまたアリスを傷付けるようなことがあってみろ。今度はこんな場所ではなくお前に相応しい場所でお前の罪を暴いてやる。」
デュークはそれだけ言うと、アリスの腰に手を回して校舎裏から去る。
それに続くように他の取り巻き達も校舎裏から去っていった。
残されたフィーアはぎゅっと拳を握り締め、去り際に口パクでヒュートンから告げられた言葉を反芻する。
(もう少し、待っていて・・・ですか。ヒュー様のためなら私はいくらでもお待ちしますわ。)
◆◆◆
ALICE SIDE・
「ふふっ、ふふふっ。あはははははっ‼いい気味だわ‼」
ついに、ついに悪役令嬢をはめてやったわ。
悪役のくせにストーリーを無視して私をいじめないから一時はどうなるかと思ったけど、結局悪役は悪役。
私がヒュートンに好かれているのに我慢できなくなったのか自分からボロを出してくれたわ‼
これでヒュートンもフィーアに愛想が尽きるはず。
「うふふふふ‼このままいけば、逆ハールート間違いなしだわ。そしたら、やっと大好きなあの人に会える・・・‼」
早く会いたいなぁ、×××。
◆◆◆
・NO SIDE・
「辛い嫌い気持ち悪い無理ぃ‼」
フィーアとアリスが衝突してから、数週間後。
エリザとニコラスがお茶をしている中庭の東屋に、少々窶れたヒュートンが訪れていた。
「あら、情けない。フィーアを護るために何でもすると言ったのはあなたでしょう。」
「そうですが‼フィーアに話しかけられないというのがあまりにも辛すぎて・・・。それに、日に日にあの女の香水(惚れ薬)の臭いがきつくなってるんですよ!?何なんですかあの拷問‼」
「たぶんあなた方が自分を裏切らないよう、完全に虜にするつもりだと思いますわ。」
「っ‼」
エリザが紅茶を飲みながらさらりと言った言葉に、ヒュートンは顔を真っ青にしながら腕を擦り出した。
完全に虜になってしまえば、自分達の自由意志がなくなってしまうのと同じこと。
つまり、廃人も同然になってしまうということだ。
そんな未来、誰だって嫌である。
「フィーアのためじゃなかったらこんなことすぐにでもやめてやるのに・・・‼」
「愛する女のために頑張るヒュートン、かっこいいぞ。」
「ニコラス様・・・‼」
憧れの存在であるニコラスに褒められた瞬間、ヒュートンは先程までやさぐれていた態度から一変して嬉しそうな態度へと変わる。
(ほんっと、ヒュートンってばニックのことが大好きなんだから。ヒュートンは兄も姉もいないから、昔から未来の義兄になるニックになついていたのよね・・・。懐かしい。)
「未来の義兄弟達が仲いいのはいいことですが、そろそろ話し合いを始めますわよ。・・・あの女狐、フィーアを傷付けたからにはただじゃ済みませんわよ?」
エリザが氷解とは程遠い底冷えするような笑みを浮かべた瞬間、ニコラスとヒュートンは同時に身震いした。
((シスコン怒らせたら怖ぇ・・・。))
◆◆◆
・NO SIDE・
上から下へと押し付けられるような圧がある講堂内で、今厳かに行われているのは第4学年の卒業式。
貴族の学園ということもあり、いつもは重大な式典でしか姿を見ることができない国王陛下と王妃も式に参列していた。
自分達の頂点に立っている陛下達がおられることもあり、教師陣は“つつがなく式が終わりますように”と胃薬を片手に固唾を呑んで見守っていたのだが、その願いはあっけなく散ってしまう。
なぜか卒業生代表として答辞を読むために壇上に上がるはずのデュークが、答辞に必要ないであろうアリスとその取り巻き達を連れていたのだ。
「・・・本来ならここで答辞を読むのだが、この式に相応しくない者達がいるため、俺は先にそいつらを片付けようと思う。・・・ゼノン、読み上げろ。」
「はぁい。・・・リリアーナ・フォレスト公爵令嬢、フィーア・グリティシア公爵令嬢、ジュゼッタ・グリノローア侯爵令嬢、キャロライン・ベルメング伯爵令嬢。前へ。」
普段はチャラチャラした口調で話すゼノン・ロンデンハルトが一切温度を感じさせない声で名前を呼ぶと、名前を呼ばれた令嬢は恐怖で肩を揺らした。
名前を呼ばれていない周りの令息令嬢たちも、恐怖で足が竦みそうになっている。
それでも何とか恐怖を耐え抜いたデュークの婚約者であるリリアーナは、壇上の前までやって来てデュークと対峙した。
「な、何を仰っているのですか、デューク様・・・?」
「とぼけても無駄だ、リリアーナ。お前達の犯した罪はもう既に俺の耳に届いている。」
「ほ、本当に何も分からないのです。」
「自分の罪を素直に認められないとはな。こんな女が王族に入ることになっていたらと思うだけで背筋が凍るわ。」
いやお前の発言に背筋凍るわ、とこの場にいる誰もが思ったが、そんな言葉を言った瞬間、間違いなく飛び火が来るに決まっているので、喉の奥で空気を震わせるだけに止めていた。
まぁこの緊迫した空気の中でそんな勇者な発言ができる人間などいないのだが。
「さぁ、アリス。こいつらがお前にしてきたことを洗い浚い全て言うんだ。」
「うぅっ。皆様ったら酷いんです・・・。リリアーナ様達に“男爵令嬢ごときが高貴な方々に近付くな”と言われたり、大事にしていた母の形見のブローチなどを壊されたり・・・。デューク様達も聞かれたでしょう?フィーア様が私の悪口を言っていたのを・・・‼」
「あぁ、聞いていたとも。自分だって他の男に擦り寄っていたくせにアリスのことばかり悪く言うなど、どのような教育がされたのだか。」
「・・・まぁ。それは我が公爵家の教育が悪いと仰っているのかしら?」
かなり険悪な空気になった会場内に、突如鈴を転がしたような凛とした声が響き渡る。
声の主はこの学園で1、2を争う程美しい少女であるエリザ・グリティシア。
普段このように大きな声を出すような人物ではないために、会場内が少しだけ騒めいた。
「これはすまないことをした、エリザ嬢。あなたのお父様の教育は完璧だ。」
「ならばお義母様の教育がなっていないと?・・・元男爵令嬢だから教育が悪い、とは仰らないでくださいね?そんなことを仰ったら殿下のお傍におられるアリス様やこの学園に通う男爵家の令息令嬢方への教育も悪いということになってしまいますわ。」
ピシャリと正論を言われ、アリスの取り巻き達は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
もしもこれ以上何か言えば、グリティシア公爵家を敵に回しかねないのだ。
グリティシア公爵家は王家に引けを取らないくらい権力を有する家なので、ここで不用意に発言してグリティシア公爵家を刺激するようなことになれば国家存続が危うくなる。
そこまで冷静に考えれるようになった取り巻き達は、次第に自分達が置かれている状況は非常にまずいのではないかと思い始めたのだが・・・。
「ひ、酷いですっ‼私が男爵令嬢だからって馬鹿にして・・・‼はっ、分かりましたわ‼エリザ様、デューク様が好きなんでしょう‼だから私に酷いことを・・・。」
彼らが大事に大事に愛でていたアリスが、突然ありえないことを口にしたのだ。
それはこの学園・・・いや、この国のほとんどの人間が知っているはずであろう常識を知らないという無知さを自ら暴露してしまったと同じこと。
つまり本当に教育がなっていないのは誰なのかが分かる、決定的な瞬間だった。
「あなた、一般常識も知らないのですね?私はニック・・・ニコラス・スコッティと婚約しているのですよ?なぜ婚約者がいるのに他の殿方に懸想しないといけないのかしら。」
「嘘・・・。シナリオではエリザとニコラスは婚約なんかしてなかったのに・・・。」
「あなたが何を言っているのか分かりませんが、1つだけ言わせていただきますわ。貴族が本気を出せば悪口や物を壊すだけでは収まりません。他の令嬢が雇った暴漢から全身青痣になる程暴力を受けたり、肉体的にも精神的にも苦痛になることをされたり・・・最悪の場合命を落とすことだってありますの。・・・お分かりいただけたかしら?」
「い、言ってなかっただけで本当はフィーア様に階段から突き落とされて・・・。」
「ふぅん、変ねぇ。私、妹があなたを害してるという噂を耳にしたから保健室の利用履歴を閲覧させていただいたのだけれど、あなたのお名前はございませんでしたわよ?怪我をしてすぐに医療所に運ばれたという話も聞いておりませんし・・・。」
「う、嘘です‼そ、そんなの、エリザ様がフィーア様を庇いたいから嘘を吐いているに決まってます‼」
アリスがそう言った瞬間、会場内の空気が一気に凍り付いた。
男爵令嬢が自分より身分の高い公爵令嬢の発言を嘘だと言うことは、この国の法に反している。
それに加え、アリスが虚偽の発言をしていることが明らかになったため、かなり重い刑が科されるに違いない。
そのことに気が付いていないアリスは、未だにギャーギャー喚いていた。
「分かったわ‼あなたが転生者ね‼自分がヒロインじゃないからって私の邪魔をして‼私は隠しキャラであるレイヴン様のお嫁さんになるの‼そのためにはデューク達を落とさなきゃいけないんだから‼邪魔しないでよ‼」
アリスは先程まで浮かべていた庇護欲をそそるような顔を消し、般若のような顔でエリザを睨み付ける。
エリザはそんなアリスを一瞥した後、どうでもいいと言いたげに目を逸らした。
その態度が気に食わなかったアリスがエリザに掴みかかろうとしたところで。
「・・・僕がどうかしましたか?」
宵闇を思わせるような漆黒の髪を持つ青年が、リリアーナの横に並び立った。
「れ、レイヴン様っ‼・・・ふふっ、やっぱり私はヒロインなのね‼逆ハールートに入る最後のイベントがなかったのにレイヴン様に会えるなんて‼あぁ、レイヴン様‼早く私を隣国に連れて行ってください‼」
「何を言ってるんですか?僕はリリィを連れ去りに来たんです。デュークの馬鹿がリリィを捨てたとエリザ嬢からお聞きしたので。」
冷めた目でアリスを見たレイヴン・・・隣国の皇太子であるレイヴン・ドラクロワは、リリアーナの横で跪くなり彼女の手の甲にキスをした。
「リリィ・・・いや、リリアーナ・フォレスト嬢。私のお嫁さんになってくださいますか?あの日の約束を、果たしてもいいですか?」
「・・・はい、喜んで。」
ふんわりと花が咲いたように笑うリリアーナを見て、レイヴンも釣られて笑う。
2人の穏やかな雰囲気を見ていた会場内の人々からも笑みが零れ始めた。
「どうしてどうしてどうして‼私がヒロインなのに‼私がレイヴン様と幸せになるべきなのに・・・‼」
「・・・あら、分からないのかしら。この世界は“月下美人の咲く庭で(乙女ゲーム)”ではないの。“ゲームによく似た現実世界”なの。みんな生きているのだからあなたの思うようにいくわけがないじゃない。」
「あ、あぁ、ああぁぁぁあああぁ‼」
慟哭を合図に、衛兵達がアリスを捕らえる。
この日を境に、アリス・ギャレットは姿を消した。
◆◆◆
・ELIZA SIDE・
アリス(ヒロイン)がいなくなってから、2年。
この国では様々なことが起きましたの。
まずはアリスの取り巻きだったヒュートン以外の方々がご実家から廃嫡、もしくは勘当されましたわ。
1番罰が重かった第2王子であったデューク様は、王位継承権を剥奪された上に平民位に身分落ちされました。
次にレイヴン様とリリアーナ様がご結婚されましたわ。
リリアーナ様は元々レイヴン様に好意を寄せておられたのですが、この国の貴族の中でデューク様と身分が釣り合い、なおかつ王族を支えるに相応しい方がリリアーナ様しかおられませんでしたの。
ですからリリアーナ様は長年自分の想いを閉じ込めてデューク様の婚約者を務めておいでだったのです。
今回の騒動のおかげでリリアーナ様は想い人と添い遂げることができ、とても幸せそうですわ。
・・・実は私もデューク様の婚約者候補だったのですが、婚約者になる前にニックと出会ってしまったので婚約者候補から外れましたの。
そして最後は我が妹のことですわ。
今回の騒動が終わった後、私の言葉のおかげかはたまた香水(惚れ薬)臭い女に2度と近付きたくないのか、ヒュートンがフィーアに自分の想いを全部ぶちまけたのです。
当然フィーアは言われなれていない言葉の数々に大混乱。
そしてそのフィーアを見たヒュートンは気をよくしたのか毎日のように甘い言葉を吐き続け、学園1のバカップルに成長してしまいましたの。
私は毎日砂糖を吐きそうで大変でしたわ。
でも、ま。
前世から大好きなフィーア(推し)が幸せそうに笑っているから良しとしますわ。
「?何笑ってるんだ?」
「ふふっ。ちょっとここ2年のことを思い出していたのよ。」
「あぁ、いろいろとあったもんな。」
「2年があっという間に過ぎていったわよね。・・・私達が今日で卒業なんて、驚きだわ。」
「忙しすぎて卒業後のこと、全然考えてなかったもんな。」
「あら。私はちゃんと考えていたわよ?卒業後のことも。」
『お前、妹を救いたいか?・・・救いたいなら、俺と運命を壊そうぜ。』
始めて会った時にあなたがそう言ったから、私は運命を変えたいって思ったの。
そんなあなただから、私は。
「一生隣にいたいの、ニックと。」
「え、それって・・・。」
「いつまで経ってもプロポーズして来ないから、待ちくたびれたわ。・・・卒業したら結婚してくださる?」
「喜んで、マイハニー。」
いつもはそんな気障ったらしい言葉を言わないくせに、と内心思ったけど見た目に合っていて少しだけドキドキした。
「改めて。・・・“俺と運命を壊そうぜ”」
「えぇ、喜んで。」
END
書きたい部分だけ書き殴り、裏話とかが書けていないのでいつか機会があれば書きたいです