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ハルシオン   作者: 斗夢
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2 ただ惰眠を貪る僕と牢屋を

まだ牢屋です。

 「――――――」

 昼。

 こんなにも長く感じた数時間は何時振りだろうか。

 ただ、呆然と立ち尽くすだけの、何とも勿体ない時間の浪費。

 今日は日曜日。

 本来であれば今頃はスマホを片手に友人宅へ赴いていただろう。

 そもそもそういう約束だった。

 友人宅の戸を叩く光景を妄想上に描き、

 「――――――」

 と。

 流石に棒立ちも疲れてきたのか昨晩の寝床となった場所へ歩む。

 壁に背中を付け身を任せ流れるように石畳へ腰を落とす。

 陽が当たらない為にひんやりとした感覚。

 背中も同様。

 時間の経過でどうとでもなるからそれほど苦にもならない。

 ただ、微小だが、苦があるとするならば。

 敷き詰められた石と石の僅かな隙間、そこから出入りする虫達だ。

 外の景色も拝めない人間を嘲笑いながら脱獄不可能の空間を自由に闊歩する。

 小さきものは弱いと相場は決まっている、だが、小さきものだからこそできる術。

 何よりも広く自由に活動できる、そんな絶大な特性を。

 「―――――――――」

 脇をいそいそと動き回る虫を見つめ。

 静かに・・・潰した。

 潰した掌、虫の死骸がそのまま付いているわけではないが、生命の元である少量の血と何本かの触覚がこびり付いていた。

 それを付近の壁に擦り付け、また体勢を戻す。

 「―――――――――」

 ・・・寒い。

 身を包むように体育座りし、強く抱く。

 まだ寒い。

 日光の当たる場所まで行けば違うだろうが。

 だが、多分、僕の感じる"寒い"とはそういうことではない。

 気温による外的要因とは真逆、内から湧き上がる様々がこの寒さを形成している。

 互いに可視化することはできない表現の類であるから、守るように体と心を包み込むことしかできない。

 それが根本的な解決に繋がるのかは定かではないが。

 今の僕には、それしかできない。

 「―――――――――」

 風を感じる。

 真上の小穴な吹き入ってきた外からの来傍者。

 見方を変えれば侵入者であるのだが、これは隠喩にあたるのか。

 見えない物を例えとする。

 そんなことばかり考えてしまう。

 「独りぼっちって・・・・こんな寂しいんだな」

 人に愛され、人を愛する。

 誰かが傍にいる、心の拠り所は僕を支えていてくれたのだ。

 それが今、僕が人生で初めて気づいた単純で、当たり前な幸せだった・・・。


 *****


 夜。

 未だに寒さも冷めやらぬ中、どうにも別の箇所に限界が来ているようであった。

 真夜中、夜の帳もが下り満月と見ずとも確信してしまうくらいに月明りが牢屋を満たしている。

 淡き白光が照らす、地面へ虚ろな眼差しを向ける。

 その瞳には如何様に映っているのかは不明だが、傍からしたら月光に見惚れている趣のある少年だろうか。

 僕が座る壁際は月光など届かないくらい暗晦で恐らく目を凝らさなければ伺いしることも叶わない暗闇。

 僕自身も慣れることのない闇が、暗然たる僕の心象を思わせる。

 直ぐに幾らかの理由は思いつくだろうが、別の個所の限界とは何処か。

 それは、絶えず痛みを与え続ける腹部である。

 空腹。 

 昨日の夕方ここに来てから何一つ食物を口にしていない。

 一日掛けて我慢してきたのだが、ついに悲鳴を上げ始めたのだ。

 胃の中が空っぽなのだ。

 健康的にも肉体的にもすぐさま食事に在りつかなくてはならないが、当然、ここには何もない。

 親切な人が米の一粒でも分けてくれれば命の恩人だと崇めるのだが、そんな人などこの牢屋に訊ねてくることなどありえない。

 人がいない。

 もう確信に至っているのだが、どうやらこの牢屋周辺に人はいないようだ。

 バラエティでも何でもなく、誰かに拉致監禁されているのでもなく、まして誰かの悪戯でもない。

 つまりは茶番ではないということだ。

 茶番ではない、とするとここは一体何処なのか、どういう状況下に陥っているのか。

 刑務所、とは考えにくい。

 建物の造りからして西洋的な、年代的にも古い。

 不衛生とあと時代錯誤。

 鉄格子もそう、苔や草が生え、否生い茂った石の壁。

 相当歴史のある建造物なのだろう。

 古きよき歴史物を遺そうとする保守的な考えもあったのか。

 そんな伝統的事情など窺い知れる筈もないが、少なくとも、ここが母国、日本でないことは分かった。

 では何か。

 ここは西洋的文化圏に属する国のそれも牢屋であると。

 僕がそんな国際的犯罪を起こしたと言うのか。

 それこそあり得ない。  

 国を騒がせる大物になれるようなたまじゃないことぐらい僕が一番知ってるし、それに我が短き人生において一度たりとも海外の地へ足を踏み入れたこともない。

 それに、仮に踏んでいたとしてもその初体験から生じる衝撃を忘れるなど以ての外。

 よって海外説はバツ。

 で、残りは。

 「・・・・・・それこそ、あり得ない、よな」

 お腹を擦りながら含み笑い。

 凍えるとはいかないがそれでも冷ややかさが肌を撫でる。

 月明りのみしか光源がない為、夜光性の虫が群がることもない。

 朝になったらまた何処かしら腫れあがっているだろうが、害虫に毒でも盛られることはないから、そこは安心できる。

 「――――――寝るか」

 目を瞑り、腹部を両腕で締める。

 最後にあり得ないと切って捨てたある可能性から遠ざかるように。

 日本でもない、外国でもない。

 ならばここは。

 ――――――ここが別の世界でないか、という可能性の芽生えを。


 *****

 

 朝。

 もう昼前だろう暖かさに晒され目を醒ました。

 「――――――っ、もう朝か」 

 目が覚めたらその時が朝、時計がないなど現代に有るまじきことなのだが、今日からそう定めることにした。

 ちなみに決めたのは昨日の昼だ。

 季節は秋、なのだろうが気温はどう転んだか夏真っ盛り。

 だが、扇風機とか冷房の電源を入るには至らない。

 それぐらいの暑さ。

 季節の壁を超える温度、例えば秋半ばの涼しい時期に突然夏場に匹敵する温度にまで上昇する。

 これが僕の言いたい季節の壁を超える温度なのだが、そんなの正直誤差の範囲だろう。

 気候云々も関わってくるだろうが、日本に近いというくらいに理解しておけばいいだろう。

 「それよりも、だ」

 今後の方針を、と朝一番の思考を始める。

 「さて、これからどうするかな」

 生きている、でもこんな場所にずっといれば死が目の前に現れるのも時間の問題だろう。

 ――――――どうするか。

 ひとまず頭を働かせる為に立ち上がろうとしたたすんでの所で。

 「ぁ」

 気づく。

 身体に力が入らない。

 もう一度。

 「―――――――っ」

 ダメだ。

 必死になって立ち上ろうとして、数センチの高さまで来て、ストンと尻から落ちる。

 唖然として自身の両手を見る。

 握ったり開いたり、その動作を繰り返す。

 考えられる原因を提示してみる。

 動作の感覚はあるか、脳から発信した命令が実行されているか。

 結果は、前者が正常であった。

 とすると。

 再び思考モードに移行する。

 だが、今回は別にそこまで考えこまなくてもすぐに理由は判明するものだ。

 "体力の急低下"と"下降する脳の活動力"だ。

 飲まず食わず、急な環境の変化、行動・思考回数の激減。

 「はは・・・・・・」思わずから笑い。

 今更ながら完全な理解に至る。

 あまりに絶望的な現状。

 今の僕は、身体を動かすことも、何かを長く思考することも難しいのだ。

 ならば合点がいく。

 「――――――――疲れた」

 覚醒して十数分足らずであるにも関わらず、思いもよらない言葉を呟いた。

 体力の急低下と脳の活動力の激減、たったこれだけの動作と思考、それだけで僕は疲れてしまった。

 考えなくてはいけないことが山ほどある。

 「でも、それは後からでいいか」

 今は、寝よう。

 「おやすみ」

 そう最後に残して僕の意識は微睡に落ちて行った。

 

 夜。

 何時目が覚めたのか忘れたが、僕は昨日よりも光度を増した月明りを見つめている。

 今日も満月だろう。

 と、もう虫のこととかどうでも良くなった身体が横になってぼーと月明りに濡れる地面を眺めていた。

 「―――――ん」

 何かを思い着いたようで丁度目の先に転がっていた地面の石の欠片を拾い上げる。

 ぐるりと寝返りを打って壁側を向き、なけなしの力で腕を伸ばし、壁に欠片が触れる。

 触れてそのまま力なく腕を落として。

 これでいい。

 壁には薄いが白線が一本、引かれていた。

 こうやって日数の経過を記そう、そう思ったのだ。

 時間の感覚までなくなったらどうなるか考えたもんじゃない。

 だから。

 そうして、また眠った。

 

 朝。

 身体は朝を感じたらしく、そのおかげで目が覚めた。

 「―――――――――」

 横向きになっていたのを仰向けに戻し、腕を腹の前で組む。

 さながら死人のような、他者からすれば疑いなどされることもない程に、僕は死人同然だった。

 「あ、さ、か」

 ぽつりぽつりと区切区切に一文を紡ぐ。

 赤子のような一音節ずつ確かめるように。

 「ね、よ、う」

 何となく昼寝をすることにした。

 

 夕方。

 眠り続けることは人間には無理なようだ。  

 深紅な世界で目を醒ます。

 今が夢であるような・・・曖昧な目覚め。

 もしかしたら、牢屋での日々自体が、夢なのかも。

 まあどっちでもいいけど。

 「ね、よ」

 寝た。


 夜中。

 月明りを見つめる。

 また眠ろうとした直前、「あ、あ」と石の欠片を拾い、白線が引かれた隣にもう一本。

 そうだ。

 これだけは忘れまい。

 食事をするのと風呂に入るのと同じように夜に引く一線が僕の日課。

 「ね、る」

 もう寝すぎだと言われても反論できない程に惰眠を貪っている。

 とは言っても、今は、ただ眠い。 

 睡魔と表すには生易しすぎる、怠惰だ。

 この状況を打破しなければ、そう思ってはいるが。

 だけど動作をしようとする頃にはもう眠ってしまっていた。

 

 

 朝、昼、夜。

 朝、昼、夜。

 朝、昼、夜。

 毎日、毎日、毎日。

 今日は何日目だろう。

 今日は何日目だろう。

 今日は。

 今日は。

 今日―――――――。


 夜。

 今日も寝る前の日課を行う。

 一線。

 

 今日で二十七本目の線が刻まれた。

 

 


ありがとうございました。


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