#9 海賊 vs 戦艦バトロクロス and ……
平和ボケしてるくせに、銃で撃たれるという間抜けな娘に私が愛の告白をしてから、ひと月が経過した。
私は今、戦艦バトロクロスに乗っている。
と言ってもこの船、以前までの戦艦バトロクロスとは違う。
機関をあの駆逐艦と同じ、重力子エンジンと核融合炉に換装した。また18門の砲も、哨戒機に付けられている小口径のエネルギー砲に換装された。結果、射程は短くなったが、攻撃力は増した。
結果、近接戦で18門のビーム砲を使う船に変わっていた。
航宙機は3機、A-1170ではなく、外宇宙の機体である複座機と哨戒機を載せている。私には複座機を与えられる。パイロットは私を含め4人だけとなった。
もはやこんな大きな格納庫は不要だ。ここにあの駆逐艦と同じ大型砲を搭載しようかと検討されている。
で、現在、この艦は試験航行を兼ねてパトロール任務についている。
元々乗員2200人のこの船は、搭載機の大幅な減少に加え、あらゆる自動化をした結果、800人程度まで減少している。
それでも、18門の主砲や従来型の機器が残る中、外宇宙型の駆逐艦の8倍の人間が必要となっている。
他の乗員は、新しく建造される駆逐艦を操艦するために、他の駆逐艦に移乗したり、地上で座学や訓練を受けている。
「両舷前進微速!このペースなら、小惑星帯まで、あと5時間!」
「5時間か……かつて、2か月かけていたのが嘘のようだ。その日のうちに行き来できるとはな。」
バーナルド艦長は唸るように航海士の報告にコメントする。確かに、考えられないほど宇宙が身近になった。
ところで、この星系には最近、海賊が出ると言う。
民間船舶による外宇宙交易が開始されたが、同時にそう言う輩まで現れたのだと言う。そこで地球082艦隊と連携して、周辺宙域に怪しげな船舶がいないか、パトロールする必要がある。
戦艦バトロクロスと、同じく機関と兵器を換装した3隻の巡航艦は、小惑星帯を目指しつつ、民間航路の護衛に当たっている。
小惑星帯の戦艦エンブレス・オブ・ロリシカで、ニコル中尉と落ち合うことになっている。そこで彼女をバトロクロスに乗せて、地球861に戻ることになっている。
バトロクロスは元々慣性制御などなかったが、今はこの仕組みの作り出す人工重力によって地上と同じ環境で過ごすことができる。
が、無重力を前提にした船であっただけに、例えば上下階層の移動には、ただの穴と伝い棒しかなかった。今はハシゴがつけられている。
せめてエレベーターでもあったら……重力をつけたら、かえって不便になったバトロクロス。多くの外宇宙型の駆逐艦が就役するころには大改造されるか、あるいは退役することになりそうだ。
そんなバトロクロス内で、私は艦橋から呼び出される。ハシゴを登ってなんとか艦橋までたどり着く。
「すまない、貴官に偵察してほしい船があるのだ。」
「はい、どこにいるんですか?」
「1時の方向、距離1000にいるこの船団だ。どうも動きが怪しい。」
「何故ですか?」
「その前にいる船団に、徐々に接近している。気になったのでその船団の識別コードを確認してもらっているが、該当船が見つからないそうだ。」
「明らかに怪しいじゃないですか!」
「そうだ。だからまず、貴官の複座機にて偵察してもらいたい。不審な行動が認められれば、我が艦隊は急行する。」
「了解しました!ではロベルト機、直ちに発進します!」
私はパイロットスーツに着替える。そして、ガランとした格納庫に向かう。
ここにはかつて、50機もの航宙機がひしめいていたが、今はたったの3機。他に哨戒機が2機見える。
私は複座機に乗り、キャノピーを閉じる。このだだ広い格納庫の減圧が完了すると、私は無線で連絡する。
「ロベルト機よりバトロクロス!発進準備完了!発艦許可を!」
「バトロクロスよりロベルト機!発艦許可了承!ハッチ解放する!」
目の前のハッチが開き、私は複座機のスロットルを引く。ものすごい加速で飛び出す複座機。
バトロクロスには、灰色のステルス塗装が施されている。駆逐艦と同じ塗装を施すことで、連合側の船であることを示すと同時に、民間船のレーダーには引っかかりにくくなる効果がある。
だが、ものすごい加速の複座機はあっという間に、その灰色のバトロクロスから離れていく。
もっとも、加速や機動力はあるが、トップスピードは我々の航宙機とほとんど変わらない。ただ、慣性制御のおかげで、加速を感じない。これなら人間の耐えられない高機動な戦闘も可能だ。
1000キロ離れた相手まで、15分ほどでついた。私は、その不審船団を見る。
見たところ、普通の民間船と言ったところだ。だがよく見ると、どの船も護身用のビーム砲が2門付いている。
おかしいな、民間船にはビーム砲が1門のみと定められているはずだ。私はさらに自機を接近させる。
すると、不審船団が突如、撃ってきた。私のすぐ横を青白いビームがかすめていく。
全部で5隻、10門のビーム砲がこちらに向かって撃ってくる。
「ロベルト機よりバトロクロス!不審船団より発砲を確認!至急、応援を要請する!」
私は不審船団の周囲を飛びながら、バトロクロスに連絡する。
海賊船なのは間違いない。だが、航宙機を落とすほどの命中精度はない。自動追尾機能はないようで、目視で撃っているのが分かる。まるで当たる気配がない。
とはいえ、まぐれ当たりでもたまらない。バリアを展開したまま、私は不審船団の周囲を飛び回る。
が、ただ回るだけでは地球861にパイロットとして名折れだ。せめて一矢報いてやりたい。
私は、最後尾の船の後方に回る。ビームがビュンビュンよぎる。その最中、私は噴出口に狙いを定める。
もう射程内だが、私のまだ引き金を引かない。バリアを展開したまま接近し続ける。
噴出口の形が分かるほど接近した。ここで私はバリアを解き、ビーム砲を発射する。
噴出口付近は火に包まれる。5隻の内、一隻が活動を停止する。
そこに、戦艦バトロクロスと3隻の巡行艦がやってきた。残る4隻の船が逃亡に入る。
おそらく、普通の駆逐艦相手なら、このまま逃げ切れただろう。
が、相手が悪い。よりにもよって、こちらは18門の回転砲塔を備える戦闘艦だ。
3連砲の砲台を前後に3基づつ持つバトロクロスが、一斉に砲撃を加えた。
海賊どもも、まったく想定外だったようだ。真横に18門の砲塔を向ける相手など、これまで出会ったことはないはずだ。
無数のビームが飛び交い、次々にエンジンから火を吹き活動を停止する海賊船団。こうして、5隻の海賊どもは、完全に沈黙した。
そこに、10隻の駆逐艦が到着する。我々は彼らに、海賊団の後処理を任せて、小惑星帯を目指す。
多くの小惑星が漂うこの宙域には、無数の駆逐艦が整列していた。
その駆逐艦の列のすぐ後方に、大型の戦艦が控えている。
我々のこの艦は、名前こそ「戦艦」だが、ここでは大きめの駆逐艦級の扱いだ。
そして、戦艦エンブレス・オブ・ロリシカが見えてきた。
「戦艦エンブレス・オブ・ロリシカより入電!第5番ドックへ入港されたし!以上です!」
「両舷前進最微速!接続ビーコン、捕捉せよ!」
「了解!接続ビーコン、確認!進路修正、取舵2度!」
「とーりかーじ!」
こちら流の入港にはまだ不慣れな上に、この艦で入港するのは初めてだ。航海士らの緊張が伝わってくる。
徐々に戦艦のドックへと接近する。下部に設けたドック接続用構造物を、エアロック通路に近づける。
ガシャーンという音と共に、戦艦バトロクロスに繋留ロックがかかる。通路が接続されて、扉が開いたのを知らせるランプが点灯する。我がバトロクロス初の戦艦入港は、上手くいったようだ。
通路を伝って、戦艦エンブレス・オブ・ロリシカ内に入る。通路を歩いて行くと、その先に立っている人物が見える。
背が低く、ちょっぴり長い髪の毛、スカート姿で腕を腰に当てて得意げな顔で立つその人物。間違いなく、ニコル中尉だ。
「ふっふっふ……ロベルト少尉殿、遠路はるばるご苦労!」
「はっ!中尉殿!ロベルト少尉、地球861よりただいま到着しました!」
階級が上なのをいいことに、公務中はこの調子だ。階級の低い恋人をからかうのが面白いらしい。
が、今回ばかりは事情が違う。
「……と言いたいところだが、私も中尉になったのだよ。ニコル中尉。」
「……は?どういうこと!?同じ階級になっちゃったの!?」
「3日前に辞令が来てね。おかげで今は、君と同じ中尉だ。」
「ええ~っ!せっかく私の方が階級が上だったのにぃ!」
何を悔しがっているんだか。別にオフでは普通にタメ口じゃないか。今さら階級が並ばれたところで、別に困ることはないと思うのだが。
「うう……ロベルトをからかう唯一のネタが、今日をもって消滅しちゃったんだ……残念。」
「まあまあ中尉殿、そうがっかりなさらず、早速街に行こうか。」
「ええ、私よりも後に中尉になったロベルト殿!すぐに行きましょう!いったらまずは第3階層へ直行!」
「あのパフェ屋ね、はいはい。」
そう言いながら、2人は艦内鉄道へと向かう。
「相変わらず、仲がいいなぁ。」
「そうですか?別に普通だと思いますが。」
「いや、外から見ると普通以上だよ。」
そう話すのは、私の上官のエイブ航宙機隊長。戦艦バトロクロスの3人の航宙機乗りの1人だ。
この新しい時代では、パイロットはそれほど必要ない。多くのパイロットが、駆逐艦乗りへと転身することを決意した。だが、私とエイブ隊長は、船を動かすというのは性に合わない。このままパイロットを続ける道を選んだ。
「そういえば、聞きたわよ!途中で海賊をやっつけたんだって!?」
「そうなんだよ。まったくの偶然だけど、海賊に出くわしてね。」
「で、その一隻を複座機でやっつけたんだって?すごいじゃない!」
「あの複座機という航宙戦闘機が優秀なだけだよ。私はただ、操っただけだ。」
「なにをご謙遜を!複座機パイロットは、パイロットの中でも花形なのよ!優秀なパイロットでないと務まらないんだから!」
「えっ!?そうなのかい!?あまりそういう自覚はないけどなぁ。」
「そんなのが私の恋人だなんて、私も鼻が高くて……」
「ああ、それが言いたかったのね……」
とにかくなんでもいいから喜ばしいことを見つけては喜ぶというこの性格。前向きすぎるところが彼女のいいところでもある。
「そういえば、今日は泊まって行くんだよね!」
「ああ、補給に少しかかるから、15時間後に出港だといっていたな。」
「ではでは、久しぶりに一緒の部屋で……」
「まずは、食べ物だ。腹が減っては戦さは出来ぬ。」
「あ、そうだ!パフェが先だったわ。今日は2回目だけど、なんとか食べてみせるわ。」
「ええーっ!?今日、2度目!?そんなに食べるのか!?」
「パフェの一つや二つ、食べないでどうするのよ!」
「よく太らないなぁ……大丈夫なのか?」
で、パフェを食べた後にホテルへ行き、同じベッドに横になる2人。
「そういえば、脇腹の傷はもう大丈夫なのかい?」
「えっ!?あ、そういえばそんな傷、あったわね。すっかり忘れてた。」
「ちょっと見せてごらん……うーん、すっかり治ったけど、やっぱりちょっとうっすら残ってるねぇ。」
「なんです!?傷がついてたらダメだっていうの!?」
「いや、どうせ一緒になろうと思ってる私が気にしなければ、なんら問題はないよ。」
「えっ……?」
突然、ニコル中尉がこちらをまじまじと見つめ始めた。
「あの……さ、一緒になるって……どういうこと?」
「あ……」
しまった。つい妙なことを言ってしまった。
「ええと……つまりだ。もうここまでの関係になっちゃったら、共に生活を共有するところまで行くしかないと思っていたのは、事実であってだな。」
「もう!何言ってるんだか、わかりにくい!もっと簡単に、分かるように言って!」
「ええーっ!?ちょ、ちょっと!今、ここで!?」
お互いベッドの上で服も脱いだまま、人生を左右するセレモニーの場に突入してしまった。
「ニコルさん!」
「は、はい!」
「あの、私のような者で恐縮ですが……私と、結婚して頂けないでしょうか!」
するとベッドの上で、私の下で寝転がっているニコル中尉の顔が、真っ赤に変わっていく。
「え、ええと、はい!なんていうか……はい!承りました!」
どういう返事だ。まるでオーダーメイドの服でも頼んだかのような返答だな。
「じゃ、じゃあ早速、結婚を前提とした行為に及ぶということで、よろしいですか?」
「は、はい、よろしい……って、ちょっと待って!大事なこと忘れてた!」
「な、なに?」
「婚約指輪はダイヤでお願い!指輪は、ダイヤがいいの!絶対ね!」
「なんだ、そんなことか。当たり前じゃないか。てっきり私にも、あの馬鹿でかいパフェを私にも完食しろと言い出すのかと思ったよ。」
「あ、それもいいですね。そうしましょうか?」
「いや、勘弁してくれ……あれは見ているだけで、食べる気が失せる。」
「冗談ですよ!あれが平気で食べられるのは、私の特権ですから。」
「なんだそりゃ?で、そろそろ発艦準備、よろしいですか?」
「ええ、中尉殿!発艦準備、オーケーですよ。」
それにしても彼女、その後がなんだかぎこちない。しばらく経って、婚約されたことを意識し始めたらしい。そんなぎこちない彼女も、たまには可愛いと思った。
こうして、海賊を退治したその日は、予期せぬ婚約で終わりを告げた。