#4 不意打ち
私は、彼らが哨戒機と呼ぶこの航宙機に乗りこんだ。
ハッチの内側に足を踏み入れたその瞬間、違和感を感じる。そう、グッと体全体に重さを感じたのだ。
なんだ、ここは?重力があるぞ?
「あれ?どうかしましたか?」
ニコル少尉が、入り口で立ち止まる私に声をかける。
「いや、入り口を抜けた途端、重力がかかったようで……」
「ああ、それは慣性制御のおかげですよ。機内や艦内に重力がある方が、当たり前じゃないですか。」
いや、ちっとも当たり前じゃない。とんでもない技術だ。
どおりでニコル少尉はあのとき、無重力の加減が分からずに格納庫内で飛んで行ったのか。こちらでは、宇宙だから無重力だというのは当たり前ではなかったのだ。
戦艦バトロクロスの格納庫のハッチが開く。そういえばこの機体、カタパルトから打ち出さなくてもいいのか?
艦内で航宙機のエンジンを点火すると、残った爆煙が格納庫内に残り、格納庫の中を汚染してしまう。だから、我々の航宙機は艦内からレールガンで打ち出されて、その後エンジンに点火するようにしている。
が、この機体は全くカタパルトに引っ掛けるところがない。どうしたものか?
と思ったら、ふわっと浮かび出す。そのままゆっくりと前進する。
ヒィーンという音は立てているが、どうも推進方法が違うようだ。後ろを見ても、青白い光は出ているが、爆煙らしきものが見当たらない。
そのまま格納庫の外に出ると、向きを変えてあちらの「駆逐艦」へと向かう。
だがこの駆逐艦は大きい。バトロクロスよりは短いが、他の戦艦と同サイズの艦だ。
こんな馬鹿でかい船が「駆逐艦」と言うのなら、巡航艦や戦艦はもっと大きなものだろう。
しかし、この艦には先端にあるあの巨大な砲以外に砲塔が見当たらない。対空機銃すらなさそうだ。航宙機隊に襲われたら、どうするつもりだ?
パイロットである私は、搭載されている航宙機の戦闘能力も気になる。
すでに彼らの艦の攻撃能力は見せてもらったが、それ以外にも気になることがある。
彼らはそれで、どういう戦い方をしているのか?
さらに、彼らはどうやって遠い宇宙から来ているのか?200光年先からいたと言っていたし、1万4千光年もの円形領域に存在する800の星の中の自勢力の星々とも連携を取っているはずだ。
どんな方法で、光速を超えて遠くの星々まで行き来できるのか?知りたいことがたくさんある。
駆逐艦1332号艦に向かって飛んでいる間に、隣にいるニコル少尉にそれらの質問を投げかける。すると、ニコル少尉が微笑みながら応える。
「一個一個、見ていきながらお答えしましょうか。」
「見ながら、とは?」
「はい、機関や砲身、他の格納庫にある機体をご覧になりながら、ということです。そこには専門の者もおりますし、私にあれこれ質問するより早いかと。」
「おい!機関や砲身を見せてくれるのか!?軍事機密ではないのか!?」
「そんなものないですよ。ロベルト少尉に見せられないのは、女子トイレと女性用のお風呂場くらいですね。他は私が案内できますよ。よろしいですよね、副長?」
「構わない。そのために来ていただいたのだから、案内してやれ。」
「はい!ではニコル少尉、ロベルト少尉の案内役を承りました!」
「ただし!さっきみたいにいきなり脱ぎ出すんじゃないぞ!まったく、貴官は少し常識はずれなところがありすぎて困る。」
「何を言ってるんですか!銃を構えた兵に囲まれて副長が出ていくのを躊躇なさってたから、私が行ってなんとかおさめたんじゃないですか!この人も銃向けてくるし、必死だったんですよ!それを非常識だなんて!」
「うん……まあ、その通りなんだがな。」
私を指差して抗議するニコル少尉。なるほど、そういうやりとりがあったのか。それであのとき、いきなりこの娘が飛び出してきて、程よいところで副長が現れたというわけか。
しかし、上官としてどうなのだ?いきなり部下を盾にしたようなものだ。
だが、ニコル少尉はその抗議の後は特にそれ以上気にはしてはいないようだ。度量があるのか、それとも単なるバカなのか。さっきの奇行といい、まだこの人物には推し量れない部分がある。
駆逐艦の真横につく哨戒機。すると駆逐艦上面の格納庫が開き、奥からアームが伸びてくる。
そのアームが哨戒機を掴み、格納庫内にその哨戒機を格納する。
格納庫に入って、扉が閉じる。明かりがつき、格納庫内を見渡して私は驚いた。
なんだここは。航宙機が、この哨戒機しかいないぞ?てっきり他の航宙機も何機か収められているのかと思っていたが、この機体が納まるのがやっとの広さの格納庫だった。
「おい!なんだここは!?」
「なんだって、ご覧の通り、格納庫です。」
「それは分かる。だが、どうして1機分の広さしかないのか?」
「そりゃあ、1機分の格納庫ですから。」
「は?それじゃあこの艦は、1機しか航宙機がないのか?」
「いいえ、2機です。格納庫は、上面に2つ、下面に一つあって、最大3機まで積めるんです。」
「ちょっと待て……これだけ大きな艦に、たったの3機だと!?」
「ええ、そうですよ。」
「じゃあ、どうやって戦うんだ!?航宙機の援護もなしに、艦隊戦なんてできるのか?」
「いやあ、そんなことを言われても、艦隊戦で戦闘機なんて使わないですよ。」
「どうしてだ!?」
「私達の戦闘は、射程ギリギリの30万キロ離れたところから撃ち合うんです。エネルギー保有量の関係で、戦闘は最高でも5時間。哨戒機や複座機が全力で30万キロを行ったところで、5時間では着かないですからね。」
「そうなのか?」
「なんでも、重力子エンジンってやつは、大きさの何乗かに比例して力が出せるんです。だから、宇宙では航空機よりも駆逐艦の方がずっと速度が出るんですよ。半径2千万キロのレーダーで敵を捉えて、敵の進路を押さえようと思ったら、そういう戦い方になっちゃうんですよ。」
「そ、そうなのか?だが、予め航宙機を待ち伏せさせておいて攻撃させればいいんじゃないのか?」
「航空機の持ってる武器じゃ、駆逐艦は沈められませんからね。なにせ、艦砲を弾き飛ばせるほどのバリアっていう防御兵器があって、航空機の持ってる兵器じゃ傷一つつけられないんです。強いて言うなら、バリアの展開しない後方からエンジンを狙う方法がありますが、そんなところに回り込まれる前に、敵だって航空機を出してきて防御しますからね。それに、それをやるにはよほどきちんと進路を計算しないといけませんから、ちょっとでも敵の進路予測を見誤ったら最後、航空機は宇宙に孤立しちゃいます。だから、あくまでも航空機は大気圏内での任務の方が主なんです。宇宙空間での戦闘では、たまに哨戒機が艦隊戦のビーム砲で発生する電波障害によりレーダーに支障が出だしたときに、艦隊の外に展開してレーダーの代わりをするという任務があるくらいですね。」
なんだ、ニコル少尉から教科書通りっぽい答えが帰ってきた。つまり、彼らにとっては航宙機は戦闘の脇役どころか、使い道がないと言っているようだ。
それよりも、この駆逐艦というやつで敵を追いかけて、ロングレンジで撃ち合う。それが彼らの戦闘方法のようだ。確かに、彼らが我々に接近する際の速度は異様に速かった。砲が一門しかないのも、これでも出来るだけコンパクトな艦にして速度を優先した結果なのだろう。
「しかしだ、10隻の艦隊でその2千万キロもの距離をカバーし、30万キロまで接近して撃ち合うのか?さすがに10隻では少な過ぎる気がするんだが。」
「そうですよ。10隻じゃお話になりませんね。最低でも、100隻はいないと。」
「は?100隻?って、それが最低って、お前らこんな大きな艦を、一体何隻持ってるんだ!?」
「遠征艦隊だけで1万隻、ああ、あと母星に防衛艦隊というのがあって、これも1万隻。普通、どの星も2万隻は保有してますねぇ。」
ねぇ、じゃないだろう!さらっととんでもないことを口走ったぞ!?なんだって、2万隻!?
「おい待て!そんなにたくさん、どうやって維持するんだ?」
「どうって……どうやってるんでしょうね?」
ニコッと笑って、私に微笑みながら応えるニコル少尉。だめだ、肝心なところは知らないようだ。
だが、とんでもない話を聞いてしまった。要するにだ。ここにいる10隻は、彼らの持つ艦隊のほんの一部だと言うことだ。
そして、その艦隊のほんの一部が、あの小惑星を破壊してしまった……
これは、由々しき事態だ。何としてでも、彼らに対抗できる力を我々も持たねばならない。
格納庫から艦内に入る。窓のない通路が続き、その向こうに会議室があった。私はまず、そこに通される。
そこで見せられ、語られたのは、この宇宙のことだ。
800もの星々、連合と連盟の2つの陣営の話の他に、実際の戦闘シーンの映像も見せてもらった。あの小惑星を木っ端微塵にした強力な砲を、30万キロ離れた位置から撃ち合う。
その戦闘を見れば、とても航宙機など役に立たないことがよく分かる。一発で大都市の大半を壊滅できるほどの威力の砲を撃ち合うのだ。そんな威力の砲を防ぐだけの、バリアという防御システムもある。
戦い方が根本的に違う。そして、我々はこんな狭い星域で争いごとなどをしている場合ではない。私は、そう感じた。
「では、ロベルト少尉殿、この艦内のあちこちを見ていただきましょうか。」
「あの、艦砲や機関もみることは可能ですか?」
「ええ、可能ですよ。いずれあなた方も手にする技術です。是非見てください。」
ここには、軍事機密というものはないのか?聞けば、連合も連盟も同じ技術を持っており、もはや主砲も機関も、たいした機密ではないというのだ。
戦艦バトロクロスの砲塔や機関の中を見せろと言われたら、軍事機密だということで拒否される。それが普通だと思っていたが、ここではあっさりと見せてくれるという。
ただし、それを案内したのがニコル少尉だというのが問題だった。
「あれ!?機関って、5階じゃなかったんですか!?」
「バカ!6階だよ、6階!」
「ごめんなさい、間違えちゃいました。」
舌を出しながら私ににこやかな笑顔を送るニコル少尉。申し訳ないが、この娘からはまるで知性が感じられない。大丈夫なのか?
で、やっと機関にたどり着くが、説明は機関科の人にお任せ。要するに彼女、この機械のことをさっぱり分からないらしい。
「この機関は、重力子エンジンと核融合炉からなり、核融合炉の生み出すエネルギーの大半がこの重力子エンジンに送られております。」
「もし、この機関が被弾したらどうなるんです?」
「左右一対づつあるので、片側だけでもどうにか艦の推力や慣性制御を維持することは可能なのですよ。」
「はあ、なるほど……」
という話の後に、ニコル少尉は言う。
「どうですか!?勉強になるでしょう!」
「そう言うお前は、分かっていたのか?この機関の仕組みが。」
「いやあ……私はそう言うの、専門外なので……」
よくこの船の中でやっていけるな、この娘。あまり軍人向きではないな。勤務先を間違えたんじゃないのか?
次に、主砲を見せてもらうことになった。と言っても、砲身のごく一部を外から見るだけ。だが、まるで航宙機発射用カタパルトのように長く伸びる大きな円筒であることがわかる。これだけ大きな兵器ならば、小惑星だって破壊可能だろう。
砲撃管制室というところへも行ってみた。レーダーや光学観測、そして操縦系。戦闘時には砲撃と操艦はここで全て行われることになっているという。まさに、艦全体が砲身であるために設けられた施設だ。
それにしても、他に砲塔もなければ、対航宙機機銃もないと言う。レールガンが左右に1つづつあるが、それは武器を発射すると言うより、目くらまし用の眩光弾というものを発射するくらいしか使い道がないと言う。
なんだか、クラクラしてきた。これだけ大きな船なのに、たった1門しかない主砲とバリアシステム、それにたった2機の航宙機だけで維持しているのだ。
もっとも、強力なレーダーを持っている。索敵範囲はなんと2千万キロだという。それでも、広い宇宙では足りないと言うのだから驚きだ。
最後に私は、ニコル少尉に連れられて食堂へとやってきた。
「なにか食べませんか?ほら、このメニュー表から選べますよ。」
ショックが大きすぎて、とても食欲など湧いてこない。でも、せっかく勧めてくれるのだからと、私はビーフシチューを頼んだ。
「うわぁ、いいですねぇ!私もビーフシチュー、好きですよ!」
などと言いながら彼女が頼んだのは、フライドチキンとフライドポテトだった。
「……なんだか、身体に悪そうな食べ物ばかりだな。いつもそれを食べているのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!たまたまですよ!たまたま!」
などと言っているが、こいつ絶対しょっちゅう食べてるぞ、このジャンクフードを。
それにしても、この艦は調理をするロボットがいて、カウンターの奥でせっせと料理を作っている。
この艦には100人しかいないと言っていた。いくら兵種が少ないといえども、レーダーや光学観察員など、必要な人材は多い。100人でどうにかやりくりするために、調理や洗濯、掃除は全てロボット任せになっているようだ。
これなら、一つの星で2万隻もの艦艇を維持することも可能かもしれない。なるほど、色々と考えられているようだ。
この駆逐艦の船体の多くは、小惑星から作られていると言う。小惑星を削り、砲身部分を形成する。その後ろに居住区や機関、艦橋、食堂、そしてシールドなどが設けられている。案外安上がりな作りだ。
そうでなければ2万隻もの数を揃えられる訳が無い。いきなり小惑星の破壊を見せつけられたが、彼らの船をしれば知るほど、意外なまでに単純な構造であることを知らされて拍子抜けする。
もっとも、それを運用する人をたくさん育てなければならない。通常、1万隻の防衛艦隊を作るまでには10年はかかると言う。すでに宇宙進出を果たしている我々ならば、それほどかからないだろうと、ここの士官は話してくれた。
「よかったですねぇ。10年かからないらしいですよ。」
「うーん、いいのか悪いのか……単に外の敵が増えただけという気もするがな。」
「そんなことないですよ。その分、内側の敵が減るはずです。外宇宙への進出によって、内輪揉めしてる場合じゃなくなるって言いますものね。現に多くの星では、ほとんど内戦は起きてませんよ。」
「そうなのか?だが、カールゼンの奴らは我々地球に住む人々に向けて、とんでもない行為をしてきた。許されるものではない。」
「まあ、結果的に大丈夫だったんですから、いいじゃありませんか。それよりも、ビーフシチュー、冷めちゃいますよ。」
この娘、基本的にはおバカなのだろうが、なぜか時々こういう楽観的ながら深い話をしてくれる。さほどバカでもなさそうだ。
「あれ?そういえばそろそろ艦橋に向かう時間でした!いけない、いけない!」
……と思ったが、やっぱりちょっとだめな娘っぽいな。でもなぜか、憎めない。
戦艦バトロクロスが、他の地球連合艦隊の残存部隊と合流して地球に向かう。この駆逐艦10隻が、その護衛についてきてくれることになっている。このため、一度別れた戦艦バトロクロスと再び合流する。
その際に、私にこの駆逐艦の艦橋へ行くことになっている。そこで我々の艦隊との合流を見届けることになっている。
急いで食事を終えて、私は艦橋へと向かう。狭い出入り口から入ると、20人ほどが各種計器類の前に座って自身の仕事をこなしている。
「ご苦労。もうすぐ、あなた方の地球連合艦隊と合流します。あと3分と言ったところでしょうか?」
「そうですか。承知しました。」
レーダー担当が叫ぶ。
「レーダーに感!艦影、大型艦5、中型艦6、小型艦5です。」
「間違いないな、地球連合艦隊だ。通信を送れ、貴艦隊と合流する!」
「了解!」
縦陣形を組んで前進する艦隊が見えてきた。一番後方に戦艦バトロクロス、その他の戦艦、巡航艦、駆逐艦が並ぶ。
その横に、駆逐艦が並ぶ。同じく縦陣形で並び、地球連合艦隊と並走する。
「地球連合艦隊との距離、およそ1000!相対速度ほぼ0!」
「よし、このまま護衛しつつ前進する。」
奇妙なものだ。私の艦隊が、窓の外にずらりと並んでいる。自分の艦隊を、航宙機からではなく、他の船から眺めることになるとは実に奇妙な体験だ。
が、合流直後から、戦艦バトロクロスの動きがおかしい。
「後方の大型艦、徐々に後退を始めてます。」
「後退?どうした、エンジントラブルか?」
「分かりません。さっきから通信してますが、応答しません!」
「どういうことだ!?さらに通信を続けよ!」
「了解!」
が、おかしいのはバトロクロスのみではなかった。急に他の艦も、陣形を崩し出す。
何が起きたのか?いや、何をやろうというのか?
その時、艦内に緊迫した報告が響く。
「各艦の砲塔回転を視認!全艦、こちらに照準を向けている模様!」
「なんだと!我々に砲撃するつもりか!?」
「エネルギー充填反応を確認!撃ってきます!」
「バリア展開!砲撃に備え!」
残存の16隻の地球連合艦隊が突如、こちらに向けて撃ってきた。
「な、なんだ!?なぜこっちを攻撃してくる!」
私は思わず叫ぶ。が、この瞬間、こちらの人々とは敵方になってしまった。
こちらの駆逐艦は、長距離用の砲が1門。しかも、我々の艦隊に対して横を向いている。これでは、攻撃できない。
無数の黄色のビームが横切る。時々、ギギギッという音が鳴り響く。この間の持つ防御兵器であるバリアシステムによって、弾き返されているようだ。
「一旦、艦列を離す。射程外の退避!」
そう艦長が叫んだ瞬間、艦内に大きな爆発音が鳴り響く。
さっきまでのバリアがビームを弾き返す音ではない。揺れも伝わってくる。明らかにこれは被弾した証拠だ。
「警報!艦尾、左上噴出口に被弾!左側機関、緊急停止!右機関もその影響で一時出力低下!」
「なんだと!?」
「現在、我が艦は前進不能!」
「ダメージコントロール!バリア展開は継続!」
他の艦は離れていくが、この1332号艦のみ置いていかれる。
「戦艦バトロクロス、急速接近!」
「なんだと!?」
「後方よりこちらに向かって突撃してきます!距離、700!」
こちらの後部が弱点だと悟ったようだ。バトロクロスが残ったこの艦に向かって攻撃しながら接近してくる。
しばらく考えていた艦長だが、航海士に命を下す。
「艦首回頭!180度!」
「りょ、了解!」
「砲撃管制室に連絡、砲撃戦用意!」
なんとこの艦長、攻撃命令を出した。私は進言する。
「か、艦長!バトロクロスにあの主砲を放つのですか!?」
「大丈夫だ。沈めはしない!」
沈めないといっても、先端の砲以外に他に武器がないこの艦で、何をやらかすのか?
この艦が撃てば、確実に沈む。なにせその破壊力は確認済みだ。戦艦どころではない、たった一隻でも、我が艦隊を一瞬にして殲滅できるほどの破壊力だ。
この艦はその砲を、戦艦バトロクロスに向けた。戦艦バトロクロスも回避運動をとる。だが、艦長は下令する。
「未臨界砲撃、用意!」
聞きなれない言葉が出てきた。私はニコル少尉に尋ねる。
「おい!なんだ、未臨界砲撃とは?」
「ええと、確かビームを出さない砲撃です!威嚇射撃専用の砲撃手段で、音と光で相手を威嚇するために使われるんです。」
そうニコル少尉は言うが、そんなものがなんの役に立つのだ?宇宙では音は響かないし、今さら我々に威嚇など通用しない。
だが、艦長はそれを使うようだ。まさか、我々がそれで攻撃を諦めると思っているのだろうか?
しかし、その程度の威嚇で動じるほどの船ではない。ただ、この2つの船の駆け引きがどういう結果を招くのか、私としては見守るしかない。
補助動力を使い、なんとか戦艦バトロクロスの前に出る駆逐艦1332号艦。
上下に回頭したため、ちょうどバトロクロスに対して逆さまになって接近している。窓の向こうには、逆さになったバトロクロスが見える。
「未臨界砲撃、開始!」
まさにバトロクロスとすれ違う寸前に、この威嚇砲撃の支持を出す艦長。
その次の瞬間、キーンという充填音ののちに砲撃が開始された。
ドドーンという、まるで間近で落雷が起きたような強烈な音が響き渡る。だが、ニコル少尉のいうとおり、ビームは出ない。
ただ、音と光が発せられただけで、バトロクロスにはなんの効果もない。
と、思っていたが、バトロクロスの様子がおかしい。
砲撃が止んだ。というか、艦そのものがコントロールを失ったように漂い始める。
駆逐艦1332号艦とすれ違うバトロクロス。他の9隻の駆逐艦が戻ってきて、その戦艦バトロクロスを囲む。
「上手くいったな。」
艦長はつぶやくように言う。私は尋ねた。
「な、何が起きたんです?」
「我々の砲撃は、強力な電磁パルスを伴うんだ。当然、我々の艦にはその電磁パルス対策をしているが、こちらの艦艇はその電磁パルスに弱いのではないかと思ってね。」
ああ、そうか。分かった。電磁パルスにより、多くの計器類やコンピューターが使用不能に陥ったのだ。
明かりはついているから、電気系統が死んだわけではない。だが、船体がゆっくりと回転し始め、制御不能に陥っているのが分かる。
こちらもなんとか右側機関だけは復旧したようだ。そのバトロクロスの後ろを追いかける。
「地球連合艦隊に伝達してくれ。戦艦バトロクロスは航行不能、これ以上の攻撃は同様の結果を生むため、無意味である。直ちに停戦せよ。そう伝えてくれ。」
「了解!」
通信士が、艦隊向けの無線でその言葉を繰り返し伝えている。
ところで。
さっきからずっと気になっているのだが。
私の体にしがみついている者がいる。
「うぇ~ん……こ、怖かったですよ~……」
未臨界砲撃が行われた時から、この状態でしがみつかれている。なんなのだ、この少尉は。自分の船の砲撃に怯えて、どうするんだ?
「おい、ニコル少尉!そろそろ客人から離れなさい!」
「えっ!?は!しまった!申し訳ありません!怖くてつい……」
「あの、ニコル少尉殿。」
「はい、なんでしょう?」
「……なぜ、自分の艦の砲撃音に驚いているんです?」
「いやあ、実は駆逐艦の砲撃音に慣れてなくてですねぇ。初めてなんです、砲撃音を聞くの。」
「は?」
ニコル少尉は、この駆逐艦所属の乗員のはず。それがなぜ、砲撃音を聞くのが初めてなのか?
「ああ、ロベルト少尉殿、実は彼女、砲撃訓練を経験したことがないんだよ。」
横にいた副長が応える。私はさらに尋ねる。
「どう言うことです?まさか、急にこの艦に乗ることに決まったんですか?」
「まあ、そう言うことになるな。軍大学時代も、駆逐艦乗船実習を受けていないんだ。だから、この艦のことに不慣れなんだよ。」
そういえば、私を艦内に案内する際も迷っていた。聞けば、ここに配属されてまだ2か月だと言う。
「いやあ、すいませんねぇ。ついついロベルト少尉にしがみついちゃいました。」
舌を出しながら、笑顔で応えるニコル少尉。しかし気がかりだな。彼女、なんだって急に駆逐艦勤務が決まったんだ?
だが、そんなことを考えている余裕など、与えてはくれない事態が発生した。
「レーダーに感!艦影多数!53隻の中、小型艦が、こちらに急速接近中!距離、およそ2万キロ!」
艦数からして、おそらくはカールゼン軍艦隊だ。こちらの内輪揉めを見て、引き返してきたようだ。
一方でこちらは、地球連合艦隊が戦艦5、巡航艦6、駆逐艦5、そして外宇宙艦隊の駆逐艦が9隻。
我が艦隊が放った不意打ちが、かえって自分達に降りかかる事態を招いてしまったようだ。接近する敵艦隊。我々の残存艦艇は、戦闘態勢に入らずにはいられないだろう。それを仲裁にきた地球082艦隊は、この事態をどう乗り切るつもりだろうか?