#3 破壊と交渉
「はあい、皆さん!お元気ですかぁ!?」
……なんだこのバカそうな娘は?銃を向ける我々に向かって、いきなり明るい口調で話しかける謎の娘。
だがこの娘、航宙機から一歩踏み出した途端、突然体が浮き出し騒ぎ始める。
「わわっ!?な、なんですか!?体が……って、ここ、無重力なんですか!?」
こいつ、何を言ってるんだ?宇宙で慣性航行中の船内だから、無重力状態なのは当たり前だろう。いきなりくるくると回りながらこちらに飛んでくるこのバカ娘。
「いやぁーっ!だ、だれか!止めてください!」
ちょうど私の目の前に飛んできたので、私が受け止める。
少し柔らかい彼女の身体が、私の腕に触れる。
「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました。」
「あ、ああ。」
私は彼女の腕を支え、床に下ろす。ニコニコとこちらを見る彼女。
だが、私はその彼女に拳銃を向ける。急に目の前に銃を向けられて青ざめる彼女に向かって、私は叫んだ。
「お前は何者だ!何しにきた!」
「わわっ!ちょ、ちょっと!いきなり銃はむけちゃダメですよ!平和的に、冷静に、お話ししましょう!」
「あんな大型艦でこちらをぐるりと取り囲んでおいて、なにが平和的にだ!答えろ!」
「何言ってるんです!艦はともかく、私は平和的ですよ!ほら、このとおり!」
そういって彼女は、とんでもない行動をとる。
なんと、スカートをバサッとめくる。銃を持つ皆の前でパンツ丸出しのまま、こう叫ぶ。
「どうですか!武器なんて持ってないでしょう!なんなら、こっちも見ますか!?」
といって今度は上着のボタンを外し、前を広げる。ブラジャー丸出しの姿をさらけ出し、手を腰に当てて、我々に向かって叫ぶ。
「ほら、どこにも武器なんてないでしょう!なのに、あなた方はなんでそんな丸腰の私に銃を向けるんです!?客人に対して、失礼じゃありませんか!?」
と彼女が言うので、我々一同は思わず銃を引っ込める。
「はい!分かればいいです!」
再び笑顔に戻る彼女は、我々に向かって敬礼する。
「申し遅れました!私、地球082遠征艦隊所属の駆逐艦1332号艦、主計科のニコル少尉と申します!」
「先ほどは取り乱してすまなかった。私は地球連合艦隊、戦艦バトロクロス所属の航宙機パイロット、ロベルト少尉だ。」
「わぁ、同じ少尉なんですね!なんだかはるか遠くの宇宙で、同じ階級の人と出会えるなんて、親近感がわきますねぇ!」
まったく、この地球の何十億人もの人命がかかっているこの非常時に、なんて軽々しい娘なんだ。同じ階級の人間に会えたのがそんなに嬉しいか?それにこいつはちょっと、無防備すぎる。
無重力で、スカートの裾がめくれっぱなし、上着のボタンも外れて、中の下着が見えっぱなしだ。そんな状態で敬礼されても、緊張感も何もあったものではない。
「あの、ニコル少尉といったか、貴官に一言忠告しておきたいのだが。」
「はい、なんでしょう?」
「そろそろ、その身なりを整えた方が良いと思うのだが。」
「……あ!」
やっと気付いたらしい。真っ赤な顔をして、後ろを向いてスカートの裾を下げながら、いそいそと上着のボタンを閉め始める。
「お、お待たせしました!これでいかがでしょう!?」
「ああ、もう大丈夫だ。で、ここにきたのは貴官一人だけなのか?」
「いえいえ、私はどちらかと言うと荷物持ちでして、私の上官である副長もおりますよ。で、副長とこちらの艦長との間でお話ししたいことがありますので、どなたか取り次いでいただけませんかね?」
などというものだから、私は奥の兵士に言って、艦長に連絡してもらう。
「今、回答が来た。その副長を艦橋まで連れてきてくれれば、すぐにでも会うそうだ。」
「そうですか、ありがとうございます。ふくちょーう!そろそろ出てきても大丈夫ですよぉ!」
ニコル少尉がそういうと、ハッチの奥からいかにも上官という風格の男性が現れる。そして、敬礼する。
「部下が失礼をしてしまったが、ご容赦願いたい。私は駆逐艦1332号艦の副長、アルフレード少佐と申します。事前の通信でも通告した通り、あの落下中の小惑星の破壊に関し、あなた方への提案をするために参りました。」
というと、すっと空中を進んでやってきた。こちらは無重力には慣れているようだ。ニコル少尉の横に降り立つこの副長を、我々は返礼で応える。
「私はこの戦艦バトロクロスの航宙機パイロットをしているロベルト少尉と申します。艦長と引き合わせる前に、ひとつ伺いたい。あの小惑星を破壊とおっしゃってますが、どういうことです?」
「簡単です。我々の艦砲ならば、一撃であの程度の小惑星を破壊することが可能です。」
「艦砲!?一撃!?ほ、本当ですか、その話!」
「はい。ですがその前に、こちらの星域の人に破壊許可をいただきたいのと、そのための条件を伝えにきたのです。」
「あの、失礼ですが、わざわざ我々の許可などもらわなくても、破壊できるのなら破壊してしまえばよろしいのではないですか?」
「あらかじめ申し上げておきます。我々は、あなた方から見れば異星人です。200光年離れた地球082という星からきた者なんです!」
さっきから、薄々感じてはいた。見た目と言葉は同じだが、どう見ても我々とは違う航宙機に戦闘艦。どう考えても、我々地球やカールゼンのものではない。
戦艦並みの大きさがありながら、レーダーには20メートル程度の戦闘機サイズにしか映らないということは、相当なステルス技術だ。こんな技術、もちろん我々のところにはない。
何よりも、我々から見れば戦艦クラスのあの馬鹿でかい艦を「駆逐艦」と呼んでいる。
これらの違和感を、もっともわかりやすく解釈するならば、彼らがこの星以外のところから来た異星人だということだ。
実際、この副長はそう認めた。
「そんな異星人である我々が、あなた方になんの通告もなしにあの小惑星を破壊する。それを見たら、あなた方は我々に対し、なんと感じますか?」
「そ、それは……」
「おそらく、宇宙からの侵略者だと思うことでしょう。我々にとっては、そう解釈されることこそが最も避けたい事態なのです。だから、あらかじめ小惑星の破壊許可という手順にこだわっているのです。」
変わった宇宙人だ。侵略者だと思われたくないから、許可をもらいにやってきた。銃を向けられるのは覚悟の上だったようだから、どう考えても命がけだ。しかし、なぜわざわざそんなことを?
「……なるほど、話はわかりました。ですが、もう一つの条件とは、一体どういうものなのですか?」
「簡単です。我々との同盟交渉に応じて欲しい。それだけです。」
「は?同盟交渉!?」
「その辺りの詳しい話を、あなた方の艦長を交えてお伝えしたい。艦長との面会取次ぎをお願いできますか?」
そこで私と数人の乗員が、副長とニコル少尉を艦橋に連れて行くことになった。
「あの、さっきからスカートがひらひらしちゃって……見えてませんよね?」
異星人との接触、巨大質量体落下による人類の危機、そういうものを目の前にしている我々に向かって、スカートの裾を気にしているこのバカそうな娘は一体、なんなのだ?
「そんなに気になるなら、ズボンでも履いてくればよかったんじゃないのか?」
宇宙人相手に文句を言う私。その能天気娘は、私に応える。
「しょうがないですよ、これが私たちの制服なんですから!ここが無重力だとわかっていたら、こんなの着てこなかったですってば!」
などと不機嫌になったかと思うと、
「わぁ、この艦って、通路にも窓があるんですねぇ!外がよく見えて、いいなぁ!」
などと喜んでいる。どうも切り替えの早い性格の娘のようだ。そういえば彼らの艦には窓がほとんどなかった。でも、外を見たところでただの星空しか見えない。そんなものが見えて、何がいいんだろうか?
しかし、さっきからスカートのあいだからちらちらと見える太ももや、彼女の顔を見る限り、とても我々と違う人間には見えない。本当に彼らは、宇宙人なのだろうか?
艦橋に着くと、あらかじめ副長の言葉を伝えられた艦長が出迎える。
「私が戦艦バトロクロス艦長のバーナルド准将だ。あなた方のことは多少伺った。詳しく話してもらえるかな。」
「はい。では……おい、ニコル少尉、あれを。」
「あ、はいはい。ちょっとお待ちくださいね!」
そういって、手に持っている板状の端末を副長に渡す。その電源を入れると、立体の映像が登場した。
それは、太陽を中心とする恒星系の図のようだった。それを指でつまんで引くと、その恒星系は小さくなって、たくさんの星が現れる。
銀河系の端の部分のようだ。そこには赤い円状のものが描かれている。その中に、青い点が無数にある。
「この赤い円は、直径1万4千光年を示しています。その中にあるこの青い点は、人類の住む星、地球を示しています。」
「人類の住む星……?」
「我々もあなた方も別々の恒星系でありながら、同じ遺伝子を持ち、どの星でも話されている統一語と呼ばれる言語が存在する、そういう人類なのです。そんな人類が住む星が、この1万4千光年の範囲の中に800以上も存在するんですよ。」
衝撃的な事実だった。なんと、彼らは宇宙人といっても、我々となんら変わりのない人間だと言う。しかもそう言う星が、この宇宙には800以上もあるという。
さらに驚いたのは、この宇宙が2つの陣営に分かれ、争っていると言う事実だ。彼らの属する宇宙統一連合と、彼らにとって敵方の銀河解放連盟という2つの勢力があり、互いに未発見の人類生存星を見つけては、味方に引き入れていると言う。
「同盟関係になった暁には、我々はあなた方を連盟側だけでなく、あのような小惑星の衝突からも守ります。いや、自分自身を守れるだけの力をつけていただくために、あの駆逐艦の持つ技術をあなた方に提供するつもりですよ。」
なんとも信じられない提案だった。だが、小惑星が迫っている。我々には時間的猶予がない。艦長は、宇宙統一連合との同盟交渉に応じることを約束する。
それを総司令部に連絡するが、やはり彼らは信じてもらえない様子だった。あの奇妙な戦闘艦を見ていないため、宇宙人との接触だといきなり言われても判断に困る。そう言う回答だった。
「……というわけで、残念ながら、総司令部の方は説得できませんでした。彼らにあなた方の存在を知ってもらうために、あの衛星を破壊してもらうしかない。そのあとに私が、総司令部に同盟交渉の打診をする。それでいかがでしょうか?」
艦長は副長にそう打診する。副長は承諾する。
「では、今すぐに艦隊に連絡し、砲撃を行ってもらいます。」
「よろしく頼む。」
艦長が、副長にそう言ったが、私にはまだ到底信じられない。
なにせ、我々の戦艦クラスの艦が10隻いるだけだ。我々20隻近くの艦砲で軌道すら変えられなかったものを、破壊すると言うのだ。信じろと言うのが無理だろう。
その副長は、ポケットから薄い板状のものを取り出す。無線機だろうか?それに向かって何かを喋り出す。
「アルフレードより駆逐艦1332号艦へ!こちらの艦長の了承、いただきました。直ちに小惑星の破壊を行なってください。」
「了解!ではこれより、地球へ落下中の小惑星の破壊を行う。全艦、艦首回頭!」
外にずらりと並んでいる灰色の外宇宙から来た戦闘艦が、一斉に動き出す。我々の艦隊の上方に移動し、そこで2列に整列する。
「全艦、砲撃戦用意!目標、小惑星中心!全艦で一斉に通常砲撃をかける!1バルブ装填開始!」
ずらりと並んだ10隻の艦艇の方を見ると、それぞれの艦の先端が青白く光り始めた。やはり、あれはかれらの砲身だったようだ。
副長の無線機から、再び状況が伝えられる。
「全艦、装填完了しました!」
「よし!全艦、撃ち方始め!」
攻撃の合図が下された、その瞬間だ。
10隻のその艦から、一斉に青白いビームが放たれる。
それぞれの艦の3倍もの太さはあると思われる、見たこともないほどの強力な青白いビームが、虚空の闇の中の一点に吸い込まれていくのが見える。
ビームが発せられて数秒後、その振動がこの艦にまで伝わってきた。空気もないのに、ビリビリと衝撃が伝わってくる。電磁波か何かによる共鳴でもおきたか!?とにかく、それだけ相当すさまじい砲撃であったことがわかる。
「全艦、撃ち方やめ!光学観測係!状況を報告!」
「光学観測にて確認!艦砲の目標への命中を確認!小惑星、消滅しました!」
「了解!全艦に伝達!砲撃戦、用具収め!」
副長の無線機からは、第15衛星が破壊されたと言っている。戦艦バトロクロスのレーダーでも、第15衛星の消滅が確認された。
「第15衛星、消滅……しました。レーダー上に、何もうつっていません。」
「ほ、本当かそれは!?破片くらいないのか!?」
「熱源観測でも、第15衛星付近に大規模な爆発による熱源は感知されるものの、物体の存在が認められません。第15衛星、完全に消滅しました!」
「なんてことだ……直径3キロの小惑星を……なんて強力な砲なのだ!」
「われわれの通常砲ですよ。この宇宙では別に珍しい砲ではありません。」
さらりと言ってのけた副長だが、駆逐艦20隻と巡航艦3隻を犠牲にしてまで接近して起動も変えられなかったあの巨大質量体を、あっという間に吹き飛ばしてしまった。その威力に、我々一同は驚愕する。
第15衛星破壊を見届け、艦長と同盟交渉の件を確認した副長とニコル少尉は、駆逐艦に戻ることになった。
が、この時、一つの提案が副長からあった。
同盟の証として、この艦の乗員1人が駆逐艦1332号艦に乗らないかというものだった。
人質を取るのかと思ったが、そういうのではなく、彼らの艦内を見てもらい、予め我が艦のことを知ってもらう。そのために1人2人が乗船することは可能だと副長は言う。
が、誰も手を挙げない。そりゃあそうだ。なにせ、得体の知れない異星人の船だ。進んで乗りたがろうとは思う者はいないだろう。
「ロベルト少尉!その乗船者に、志願します!」
たった1人を除いては、だが。
リスクはあるが、私はあの船の中が見たい。我々の未来が、そこにはあるような気がしていた。
こうして、人類最大の大虐殺の危機の回避してくれたあの艦に、私は乗り込むことになった。