#11 外宇宙時代
ガレアス歴2232年2月10日。
戦艦バトロクロスをはじめとする戦艦5隻を使ったあの作戦から、2か月ほどが経った。
この日は、私にとって特別な日である。
私は、軍令服に身を包む。別にこの服でなくても良かったのではないかと言われたが、この方が私らしい。
さて、私は椅子に座りながら、この2か月を振り返っていた。
この星は、地球861と呼ばれるようになったが、カールゼン共和国をどう呼ぶかの議論があった。
別の星なんだから、地球862と分けた方がいいのではないか?そういう話だ。
だが、衛星である以上、地球とは呼べない。元々は無人の星で、テラフォーミングして人が住める星になっただけということもあり、地球861の一部という事になった。
ところで、地球082はこの星と交渉し、彼らの艦隊が駐留できるだけの食料を生産する場所の提供を求められた。
地球861本体にも、彼らの食料生産用の土地というのは提供できたが、おおくはカールゼン共和国上に作られることになった。
というのも、ここは余った土地だらけ。灰色の砂ながら、意外にも食料の育成には向いた土なようで、大掛かりな農場が次々に作られていく。
彼らが要求する鉱物資源も、カールゼン共和国側に多く存在する。
必然的に、資源はカールゼン側が引き受ける形となる。
一方で、人的資源は本星の方が多い。カールゼンの10倍もの人口を持つ本星では、この外宇宙の技術を習得し、直ちに外敵に備えるべく人集めが行われた。
元々、宇宙艦隊を運用していた星だ。すでに駆逐艦の運用が可能な人材はそれなりに集まった。今は急ピッチで外宇宙型の航宙駆逐艦を建造し、早く防衛艦隊を結成する事だ。
通常の星なら10年かかるところを、我々は3年でやろうとしている。
そんな中にあって、私も結局、駆逐艦の艦長をやらされる事になった。
一旦は覚えた複座機の操縦法だが、そもそもこの先、ほとんど複座機の出番がない。海賊退治に使うか、航空ショーくらいしか使い道がない。せめて哨戒機ならば、人員輸送や戦闘時の補助レーダー任務など、使い道があったのだが。
これではつまらないので、結局船乗りの道を選ぶ事になった。今はその訓練中である。
それが終わると、私は来年、駆逐艦を一隻任される事になる。今は大尉だが、その時は少佐に昇格することが決まっている。
などと考えていると、控え室の扉が開き、声をかけられる。
「ロベルトさん、時間ですよ。」
私はゆっくりと立ち上がる。そして、そのまま扉を出た。
赤い絨毯の敷かれた場所を、私はゆっくりと歩く。そこでしばらく立っている。
すると、その後ろから、真っ白なドレスに身を包んだ人物がすっと現れる。
周りにいるのは、駆逐艦1332号艦の乗員、そして、戦艦バトロクロスの元パイロット達などなど。
そして、私の横に立っているのは、我が妻、ニコルだ。
真っ白なウエディングドレス、すらりとした身体、そして、丸っこくて愛嬌のある顔は、化粧によってどことなく落ち着いた雰囲気にされていた。
私の方をちらっと見るニコル。何か言いたそうな顔だ。どうせ言いたいことは、分かっている。
「どうですか?今日の私!びっくりするほど綺麗でしょう!?」
私も目で返す。応えは、決まっている。
「綺麗だよ!びっくりするほど綺麗だ。いつもこうだったら、もっといいのにさ。」
遠慮や綺麗事など、私と彼女の間には存在しない。やりたいことをやり、言いたいことを言う。
何百光年も離れたもの同士が結婚するなんてこと、つい5か月前には存在しない概念だった。
それどころか、つい隣にある衛星との間で、戦争をしていた。
それがどうだ。その衛星よりも、はるか遠くからやってきた娘に、私は恋をして、ケンカして、抱き合って、そして夫婦になる。
地球861初の転籍軍人だったが、先月末で退役した。彼女曰く、やっぱり軍人には向いていない、と。
その代わり、交渉官の補佐をすることになった。どういうわけか、政府要人の会談や会議の前後での待ち合わせ時間や、その後の立食パーティーなどでの場作りに駆り出されることが多い。
「おお、あなたがカールゼンの大使を救ったというニコル殿ですか?」
「はい。」
「その後は大丈夫なのですか?たくさん血を流されたとか……」
「あの程度は、パフェでもいただけばすぐに治ります。あ、閣下も狙われそうになったら、代わりに当たって差し上げますよ!」
この調子だが、こんな人物がいるだけで、なぜか交渉ごとが捗るという。
私は普段は軍務だが、時々この政治ショーに付き合う。
その時も、ドレスを着て、化粧して、綺麗な姿をしているのだが。
今日のは、格別だ。
まさに、私のためにとっておいたとしか思えない綺麗さ。一体、どこにまだ裏の顔を隠していたのだろうか。
式が始まる。誓いの言葉を交わし、我々は指輪を交換する。
式場の外で、ブーケを投げる。ところで、このブーケを受け取った女性は、次に結婚できると言われているそうだが、困ったことに、そのブーケの飛んで行った先には、駆逐艦乗りや元戦艦乗りばかり。つまり、男が大多数。
どうなるかと思ったが、受け取ったのは駆逐艦1332号艦の医務室に勤める看護婦だった。この男性だらけの中で、よく受け取った。彼女も嬉しそうだ。
手をつないで、階段を降りる2人。この先、我々の間には子供が生まれて、その子の成長を見届けて……
「あれ?どうしたの?なんだか怪訝そうな顔して。」
「うん……ちょっと、先のことを考えてたらさ。」
「どんなこと?」
「いや、多分子供ができて、我々は親になるだろう?だけどさ、あのでかいパフェを食べてる君が、人の親になるところが想像できなくて……」
「な、なんなのよ!もう!親になったって、パフェぐらい食べるわよ!」
いや、そういうことを聞いてるんじゃないんだが。
でもまあ、子供と一緒にパフェを食べる姿の方が、彼女らしいといえばらしい。
内宇宙戦争で、私は、いやこの星自体も多くの人間が死に至る未来が訪れていたかもしれない、そんな数か月前からは、考えられないほど時代は変わった。
もちろん、連盟軍という新たな敵が現れたが、その強大な敵を前に、我々内宇宙の人々は結束を固めつつある。
外宇宙からもたらされた「希望」、そして彼女。私はこの2つを抱えて、この先の人生を歩もうとしていた。
(完)