#10 最初で最後の接敵
戦艦バトロクロスの廃艦が、決定した。
改修案もあったが、そのお金で駆逐艦が4隻も作れてしまうため、これ以上の改造は無意味ということになった。
海賊団を圧倒したバトロクロスだが、連盟軍を相手に戦える武装ではない。
他の巡航艦や駆逐艦は海賊対策に残されることになったが、維持費がかかる戦艦は全て破棄されることになった。
地上に降ろして展示するという案もあったが、先の戦争で、カールゼン共和国の人々には印象が悪い。
ということで結局、破壊処分が決定された。
戦艦バトロクロス以下、5隻の戦艦は、最後の航海に出る。小惑星帯に運ばれて、砲撃演習用の的として使われることが決まった。
短い間だったが、この艦の乗員だった私としては、この決定は心苦しい。だが、時代がこの艦の必要性を求めなくなってしまった。
いわば、内宇宙戦争の象徴のような艦だ。カールゼン共和国も、海賊対策用に数隻残して従来型の駆逐艦や巡航艦を廃棄し始めている。これからは、外宇宙に目を向けねばならない。
「ちょっと寂しいよね、あの船が壊されるなんて。」
駆逐艦1332号艦の窓から、曳航されるバトロクロスを見て呟くニコル中尉。
「しょうがないよ。だいたい、ニコルだってあの船の不便さにぼやいてたじゃないか!」
「そりゃそうだよ!まさかあんな船だとは思わなかったから、しょうがないでしょ!」
先日、戦艦エイブレス・オブ・ロシリカからバトロクロスで地球861に向かう6時間だけ、彼女が乗った時のことだ。
人工重力があるのはいいのだが、上下階の移動は全てハシゴ。
彼女はスカート姿だ。無論、油断してると覗かれる。
「なにみんなでハシゴの下にいるんですかぁ!」
叫ぶニコル中尉をにやにやしながら眺める乗員達。せっかく重力があるというのに、裾を抑えながらハシゴを上り下りするニコル中尉。
しかもこの船の食堂にはイスがない。今まで必要性を感じたことがないため、食べ物こそチューブ食ではなくなったものの、立ち食いだ。
最大の不満は、風呂だ。
バトロクロスには、風呂がない。シャワー室が3つあるだけだ。
当然だが、男女用に分かれてはいない。たかが7時間の間、我慢してりゃあよかったのに、どうしてもシャワーを浴びたいというので、私が見張りにつくことになった。
で、シャワーを終わった途端にタオルを忘れたことに気づいたため、私がタオルを取りに行く。その間に、2度ほど他の乗員が間違って入ろうとしてきたらしく、覗かれた彼女の叫び声が艦内に響いた。
「うう……あの思い出がなければ、いい船だったんだけどね。」
ニコル中尉はぼやく。人生最大の危機だったとのたまう彼女だが、いや、あなた、直前にもっとすごい危機に出会ったでしょうが。
そんな彼女だが、私の前ではもう隠すこともなく平気で着替えたりする。右脇腹には、あの時の傷跡がうっすら残っている。
「ふんふふん!」
それにしても、一緒の部屋にいるときは、私の前でも胸もお尻も丸出しで、楽しそうに下着を選んでいる。
「ニコルさん?私以外に見せるわけじゃないから、下着なんてどれを選んでも一緒でしょうが。」
「何言ってるの!見えないところに気を使うのも、たしなみというものですよ!」
何がたしなみだ。そんな細かいところに気を使う余力があるのなら、もっと慎重に行動して欲しいものだ。
彼女とは、来週にも籍を入れることになっている。戸籍上、彼女も地球861の人となる。それゆえに、地球082軍から地球861に転籍となる。
実は、ニコル中尉が地球082からのはじめての転籍者になる。地位はそのまま中尉ということになっている。地球861艦隊も今後、外宇宙型の駆逐艦運用の習得のため、地球082の人々をある程度受け入れなくてはならない。こういうことが今後は増えそうだと、我が軍の司令部でも言っていた。
まあ、彼女の場合は主計科であるため、あまりメリットはなさそうだ。どうせなら航海士やレーダー、通信機器の使える人材の受け入れが急務だと幕僚の1人がぼやいていた。
さて、そんな2人の前で曳航されていくバトロクロスは、同行する300隻の艦隊と共に小惑星帯へと向かう。
このまま順調に進んで、小惑星帯に到着。そこで、バトロクロスとお別れ……
のはずだったが、急に艦内が騒がしくなった。
「レーダーに感!艦影多数、およそ200!距離、1700キロ!」
「光学観測にて艦色視認!赤褐色!間違いありません!連盟艦隊です!」
「なんだと!?小惑星帯上の味方は!?」
「動きなし!どうやら周りの小惑星に阻まれて、見逃した模様!」
「艦隊司令部び打電だ!敵艦隊の侵入を阻止する!進路変更!全艦、取舵30度!」
急に慌ただしくなってきた。私が初めて出会う「敵」が現れたのだ。
外宇宙から地球082の艦隊が現れた時も大騒ぎだった。たった10隻で、あの小惑星を破壊してみせた外宇宙の艦隊。
だが、彼らは我々に対して攻撃しなかった。しかし、今度の相手は間違いなく攻撃してくる。
だが、こちらは300隻、数の上では多い。負けるわけがない。
が、艦長は憂鬱そうだ。
「うーん、200隻か。」
「どうされたんです?艦長。」
「少数の敵というのは厄介だ。簡単に逃げられてしまう。」
「なぜです?」
「展開命令が出て300隻同時に回頭するのと、200隻だと、どっちが早いと思う?」
「そりゃあ、少ない方がスムーズにいきそうですね。」
「そうなんだよ。少数の艦艇だから、おそらくは強行偵察が目的。この星の実情をできるだけ探るのが、彼らの目的だ。戦闘する必要はない。とにかく、地球861に肉薄できれば、それで用をたせてしまう。」
「なんとかならないんですかね。」
「うーん、これが1千隻以上いれば、簡単なんだがな。半分は敵の予測進路上に、もう半分は敵を追いかける。」
その話を聞いて、私はふと思いついた。
「ならば、その予測進路上にあの戦艦5隻を置いておけば、どうです?」
「なに?どういうことだ?」
「進路を塞ぐのが目的なら、あの戦艦に爆薬か何かを仕掛けておいて、連盟軍200隻が接近したらそこで爆発させる。できれば、敵の行く手を阻むほどの派手な爆薬があるといいんですが。」
「そういうものならあるぞ。」
艦長が教えてくれたのは、眩光弾というものだ。
名前の通り、眩しい光を放ち、敵の目を眩ませるためのもの。半径数百キロ以上の巨大な光の玉を作り出し、まさに光の壁を作る。
戦闘継続が不能で、艦隊を撤退させる際に時間を稼ぐために作られたものだが、この際は使えそうだ。
元々が目隠し用の光の壁を作るだけの武器ではあるが、近くで炸裂させれば相当な威力だ。それ自体が武器として使える。
「よし!ではあの戦艦5隻を使わせてもらおう!」
そういって、艦長は司令部に意見具申する。その作戦は認められ、5隻の戦艦に多数の眩光弾が積み込まれる。
ちょうど格納庫のあたりが大きな空間となっているため、そこに数隻分の眩光弾が積み込まれた。
ミサイルのようなものを詰め込まれた戦艦バトロクロス。随分とみっともない姿だが、こいつにとってこれが最後の戦いとなる。
そして、我々にとって、初めての外宇宙式の戦闘を目の当たりにすることになる。
10隻の駆逐艦に曳航されていく旧地球連合艦隊の戦艦5隻。私は艦橋の窓から、敬礼して見送る。
横には、ニコル中尉の姿もあった。同じく敬礼して、黙って見送っていた。
「司令部より打電!まもなく作戦を、開始します!」
「よし、艦内哨戒、第一配備!」
サイレンのような音が鳴り出す。艦橋内が慌ただしくなる。
「現在、敵艦隊は電波管制中で、エンジン出力も落とし慣性航行中。我々も現在は慣性航行中ですが、このままで行けば20分後には100万キロまで接近します。その時点で、300隻が全速で敵艦隊に突撃を開始。すると敵はまず、地球861の方向にまっすぐ向かうはずです。ちょうどその先に、先ほど配置したあの5隻の戦艦の中の眩光弾が炸裂、その眩光弾で動きを止めた敵艦隊に一気に肉薄し、艦隊戦に持ち込む。これが作戦の概要です。」
副長から、作戦の概要が説明された。艦長が檄を飛ばす。
「あの5隻の戦艦にとっては、最初で最後の連盟軍との戦いだ!その最後の戦いに花を添える!各自の奮戦努力を期待する!以上だ!」
ザッと音を立てて、艦橋内にいる20数名が敬礼をする。艦長は返礼し、彼らに応える。
そうこうしているうちに、ついに敵の艦隊に最接近する。作戦の開始の合図を、今か今かと待ち構える。
「艦隊司令部より入電!全艦、突入せよ!以上!」
「両舷前進いっぱい!目標、敵艦隊!」
ゴォーッというけたたましい音とともに、艦が動き出す。他の艦も一斉に動く。
100万キロの距離だが、最大戦速で迫れば20分ほどで射程圏内に持ち込めるという。だが、その間に敵が向きを変えると、速度が出ている分大回りしてしまい、かえって引き離される。
敵の頭をあの5隻の戦艦が身を呈して止めてくれるというのが、この作戦の大前提だ。
失敗すれば、逃げられてしまう。
目論見通り、敵はまっすぐ我々の星、地球861へと向かっている。
そして、その先には我々の戦艦が並んで待っているはずだ。
だが、ここで向きを変えられてしまっては、あの5隻は無駄になってしまう。だが、まだ敵は向きを変えない。
距離は50万キロまで接近した。そろそろ、敵艦隊が罠にハマる。
果たして、本当に上手くいくのか?
「司令部より通信、眩光弾炸裂まで、あと10…9…8…」
いよいよ、作戦の肝である、戦艦に詰められた眩光弾炸裂の時が来た。
そして、その時が戦艦バトロクロスの、最後だ。
「4…3…2…1…」
私は、心の中でつぶやいた。
さようなら、バトロクロス。
「ゼロ!」
その直後、遠くに大きな光の玉が5つ現れた。
5隻に詰められた眩光弾が炸裂したことを示している。
「敵艦隊、急減速!相対距離、一気に縮まります!」
「よし!作戦通りだ!砲撃戦用意!」
「砲撃管制室!砲撃戦用意!」
「敵艦隊まで、あと32万キロ、こちらも急減速します!」
敵艦隊との距離を30万キロ弱まで縮めたところで、砲撃戦を開始する。
「司令部より入電!砲撃開始!」
「砲撃開始!撃ちーかた始め!」
キーンという甲高い音の後に、あの落雷のような音が鳴り響いた。
前回は未臨界砲撃という、ビームを伴わない空砲だったが、今回はビームが飛び出していった。
目の前に、この船よりも太い青白いビームが伸びていく。横一線に並ぶ他の船からも、一斉にビームが放たれる。
あちらからも反撃が来た。何筋かのビームが、向こうから飛んでくるのが見える。
「直撃弾、来ます!」
「砲撃中止!バリア展開!」
そのうち一本がこちらに向けて飛んでくるようだ。艦長の指示が飛ぶ。
直後に、ギギギギッという何かをこすりつけたような、耳障りな不快な音が鳴り響いた。
が、ビームは弾き返されて、この艦は全くの無傷。再び攻撃が続行される。
この緊迫した状況で、相変わらず恐怖に震える中尉殿がいる。
ニコル中尉だ。また私の身体にしがみついている。
今度は、あの小惑星をも破壊できるほどの威力のビームを弾き返す音まで加わっている。砲撃も続いている。怖くて仕方ないのだろう。
この攻撃中は、私もすることがない。地球861の代表として、艦橋で戦闘を見届ける。ただそれだけの役割だ。
だから、この恐怖に震える婚約者を、私は抱き寄せた。
「うう……ご、ごめんなさい……やっぱりこの音には慣れなくて……」
「分かったから、黙ってしがみついてるんだ。」
もしかしたら、この戦闘で敵のビームに当たって死ぬかもしれない。私とて、言いようのない恐怖を覚えている。
だから、むしろ私も彼女としがみついていたい気分だ。どうせ死ぬなら、彼女と一緒がいい。
だが、戦闘は思ったより早く終わる。敵が降伏し、戦闘が停止されたからだ。
最初の眩光弾は、敵艦隊200隻のうち、30隻を航行不能に陥れたらしい。本当に敵の真ん前で炸裂したらしく、想定以上に被害を与えていた。
だから、戦闘は残りの170隻で行う事になった。が、ほぼ倍の敵から打ち込まれる大量のビーム。
一方、眩光弾の影響でレーダーが使い物にならない状態で戦闘を強いられた敵艦隊。
とてもじゃないが、ハンデが多すぎる。10隻が沈んだところで、降伏を申し出てきた。
すぐに主力艦隊から1千隻が派遣され、航行可能な160隻の内部にあるこの星に関する各種収集情報を消去、そのまま、退去させた。
こうして、破壊処分される予定だった旧地球連合艦隊の戦艦は、最後の初戦を勝利で飾ることとなった。
自らの船体を、犠牲にして。




