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アイ・ラブ・ライバル  作者: aziy
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 ガーモルに自信たっぷりに、手紙を書くことを勧めたものの、トルメカは不安だった。手紙を渡せばミイナにガーモルの気持ちは伝わるだろうが、YESと言うかどうかは結局ミイナ次第なのだ。もしNOと言われたらガーモルは立ち直れないほど落ち込むだろうし、下手をすると手紙を書かせたトルメカを逆恨みするかもしれない。もしガーモルに嫌われたら……。そう思うとトルメカは気が気でなかった。

 ガーモルがミイナに手紙を渡した日、トルメカは塾があったので先に帰らねばならなかった。その翌日、一時間目の授業が終わるや否や、A組の教室を訪れた。教室内を見回してもガーモルの姿はなかった。

「あ、アクル。ねえ、ガーモルは?」

「ああ、あいつ今日は休みだってさ」

 トルメカの顔から血の気が引いて行った。ガーモルが病気で休むとは思えない。やはりミイナにふられたのだ。

 トルメカは窓際で談笑しているミイナを睨みつけた。もちろん向こうは、遠く離れたトルメカの視線に気づきはしない。トルメカは腹立たしかった。ガーモルをふっておいて、どうしてあんなに楽しそうに笑っていられるんだ。ミイナに文句の一つも言ってやりたかった。

 しかし、よく考えてみると、トルメカがミイナを恨む筋合はない。それ以前に、ガーモルがふられたショックで学校を休んだからと言って、トルメカが責任を感じること自体おかしなことなのだ。頭でそうわかっていても、トルメカはどうしても自責の念を心の中から払うことができなかった。

 そのうちミイナがトルメカに気づいた。彼女はトルメカに小さく手を振った。トルメカはそれに答えることなく背を向け、A組の教室をあとにした。





 放課後、トルメカは一目散にガーモルの家へ向かった。ガーモルと会って何を言うつもりなのか?慰め?謝罪?自分でもよくわからない。とにかくガーモルの顔が見たかった。

 ガーモルの家の前に立って、トルメカは生唾を飲み込んだ。そしておそるおそる呼び鈴を鳴らした。しかし何度鳴らしてもガーモルは出てこなかった。まさか自殺なんかしはしないだろうか。トルメカの悲観的な想像はどんどんエスカレートしていった。

 途方に暮れて家の前をうろうろしているうちに、コクィルが中学校から帰って来た。

「何やってるの、トルメカ」

「あ、コクィル。ガーモルは、ガーモルは大丈夫なの?」

「はあ?何をそんなに騒いでるの。お兄ちゃんが学校をさぼるなんて珍しいことじゃないでしょ。中学生だった時のことを思い出してみてよ。いままで休まずに高校に行ってたのが不思議なぐらいなんだから」

「ガーモルの様子は?」

「別に、いつも通りだけど……そう言えば少し暗かったかな」

「ねえ、今ガーモルはどうしてるのかな。僕が来てることを伝えてよ」

「うん、わかった」

 コクィルは鍵を取り出して家の中に入った。しばらくしてトルメカの元に戻って来た。

「なんか、ぐっすり眠ってるみたい。声をかけてもぴくりとも動かない。こんな時間によく眠れるわね」

「そう……じゃあ、また来るよ。ガーモルに……よろしく言っといて

「うん。……あの、トルメカ、お兄ちゃんのこと心配してくれてありがとう。トルメカって優しいんだね。昔と全然変わらない」

 トルメカはどういう訳か、無表情だった。そのままコクィルに別れを告げて通りを歩いて行った。





 次の日は土曜日だったがやはりガーモルは学校に来なかった。その日の午後も、その翌日の日曜日も、トルメカはガーモルの家を訪ねたが誰も出て来なかった。

 この三日間、トルメカはほとんど食べ物を口にせず、精神的にも参って、げっそりとやせ細ってしまった。もし医者である彼の父が適切なケアを行わなかったらノイローゼになっていたかも知れない。

 月曜日、一時間目の終了を告げる鐘が鳴り終わるか終わらないうちに、トルメカはC組の教室を飛び出し、A組の扉を開いた。

「よお、トルメカ。久しぶりだな」

 そこには晴れやかな、ガーモルの笑顔があった。トルメカはガーモルを抱きしめたい衝動にかられた。もちろん、本当にそんなことをやる勇気はなかったが。

 放課後五日ぶりにガーモルと帰宅する時、トルメカの視線はガーモルの顔に釘付けになっていた。ガーモルはトルメカに、ちゃんと前を見て歩くよう言ったが、トルメカは五日分のブランクを取り戻すかのように、ガーモルから目を離そうとはしなかった。

 ガーモルは以前と変わらないように見えた。トルメカは、ガーモルはミイナにふられたわけではないのか、と思い始めた。しかし校門を出てしばらくすると、だんだんガーモルの表情が険しくなってきた。トルメカはまた不安になった。二人がガーモルの家に近づく頃には、ガーモルの全身がいわく言い難い殺気のそうなものを発していた。

 ガーモルはトルメカを家の中に招いた。トルメカは覚悟を決めて中に足を踏み入れ、ガーモルに勧められるまま食卓の椅子に腰かけた。一分ほどの沈黙の後、ガーモルは口を開いた。

「マステールの野郎に仕返しがしたい」

 ガーモルはトルメカに、ミイナに手紙を渡そうとした時起こったことをすべて話した。それを聞いてトルメカはミイナへの怒りを感じずにはいられなかった。しかしガーモルは、ミイナは何かの冗談だと思っただけだ、それを証拠に今日もミイナといつも通り言葉を交わしたのだから、と言った。ところがトルメカはますます気分を悪くした。ガーモルに人前で恥をかかせたマステールもそうだが、それ以上にミイナの神経を疑いたくなった。状況から見てガーモルが告白しようとしたことは明らかじゃないか。ガーモルはそれでもミイナを弁護した。俺が彼女と話す時いつも冗談めいたことばかり言っていたのが悪かった、彼女と真剣な話しをするなら、第三者を通して、マジな話しがしたい、と伝えておくべきだったのだ、と。

 トルメカはそれ以上ミイナを責めなかった。ガーモルがミイナをかばうなら、ミイナを悪く言い続けると、ガーモルが気を悪くするだろう。

 ではこれからどうするのか。トルメカに尋ねられるとガーモルは、ミイナへの告白はまた日を改める、うまく気持ちを伝える方法を考える、今はマステールへの仕返しに専念する、と宣言した。

 トルメカはガーモルの目の中に尋常でないものを見つけて、少し危険な気がした。確かにマステールは人にほめられるようなことをしたわけではない。それも一度や二度のことではない。しかし平和主義者のトルメカにしてみれば、イヤな人間とはそれなりの距離を保ってうまくつき合っていけばそれでいい、としか考えられないのだった。

 ガーモルは仕返しをいかにするか熱っぽく語り始めた。マステールは魔法石を身に付けているため通常の暴力的なやり方では無理だろう。ガーモルがそう言うのを聞いてトルメカは少し安心した。しかしガーモルは、屋上からつき落とすとか食べ物に毒を混ぜるとか、話しをひどい方へ持っていった。トルメカは必死になって、マステールはわざわざ犯罪的手段で仕返しをするに値する人間ではない、と説き伏せた。ガーモルは人前で恥をかかされたのだから、マステールも人前で恥をかかせる程度で十分だ、と。

 では、どのように?結局二人の頭に妙案は浮かばなかった。と言うよりトルメカは最初から考えていなかった。彼はガーモルがそのうち仕返しを諦めてくれることを期待した。

 そこへコクィルが帰って来た。手にぶら下げた買い物篭から野菜やなにかが顔を覗かせている。トルメカは急に表情をこわばらせ、帰る、と言い出した。そしてさよならを言って、コクィルと目を合わせないように玄関から出て行った。

「なあ、コクィル、おまえトルメカとケンカでもしたのか」

「ううん。なぜ?」

「あいつ、お前の姿を見るといつもムスッとした顔になるぜ」

「そうなの?……あたし何かトルメカを怒らせるようなことをしたのかな」

 ガーモルとコクィルは首を傾げるばかりだった。





 ガーモルは毎日のようにトルメカを自宅に招いてマステールへの仕返しについて語り合った。ガーモル自身、マステールへの憎悪が一行にさめないのが不思議だった。彼はいつまでも一つのことでくよくよ悩んだり、ねちねち恨んだりする人間ではない。どう言うわけか、ミイナが絡むと彼はいつまでも一つの考えにこだわることができた。ところがトルメカは早くも、仕返しを断念するようほのめかし始めていた。

 ある日、ガーモルが提案した。

「おまえがマステールに『魔法石ってすごいんだね。ぜひ見せて』とか何とか言えば、やつは魔法石を外すだろう。そこを俺とアクルでぶん殴るって言うのはどうだ」

「それは無理だと思う。覚えてる?遊園地に行った時、マステールはレストランで女の子が食べたいもの、飲みたいものを次々と言い当てたでしょ。たぶん彼は人の心を読む魔法が使えるんだよ」

「そうなのか。それじゃあ、先生の心を読めば試験で出るところがわかって百店満点が取れるじゃねえか」

「いや、そこまで細かいことはわからないんだろう。彼にわかるのは、好き、嫌い、楽しい、悲しいといった、基本的な感情だけなんじゃないかな。それで遊園地のレストランでも、料理名を一つ一つ読み上げては、一人一人女の子の顔を見て、好きか嫌いか調べる必要があったんだ。だから、僕が魔法石を外すよう頼むことはできない。僕がマステールを本当に好きにならない限り」

「ちぇっ。じゃあ、どうやってやつに仕返しすりゃあいいんだ」などと話していると、コクィルが買い物から帰って来る。するとトルメカはまた仏頂面で帰宅してしまうのだった。そのうちコクィルは、だんだん気分を害するようになった。





 仕返しの相談も一週間も経つと、遂にトルメカが理由をつけて出席を断った。

 ガーモルの方も少し熱が冷めてきた。昨日の日曜日、久々にミイナとデートができて気分が良くなったからだ。それでもなんとか自分を振るい立たせようと、目を閉じて神経を集中したが、頭に浮かぶのはミイナの笑顔だけだった。

 ガーモルは気分転換に、一部屋しかない自宅の中をうろうろ歩き回った。ふとコクィルの机の上にノートが置いてあるのに気づいた。ずっと前、妹が交換日記を書いていた時のことを思い出した。交換日記の彼とはうまく行っているのだろうか。悪いとは思いながら、ノートを開いて中を見た。そのページには妹の筆跡の文字が並んでいた。

「最近私の兄の友達が私に対して冷たいのです。私は何も怒らせるようなことをした覚えがありません。二、三年前まではすごく仲が良かったし、今も兄とは仲が良いのです。私はその人にどう話しかけたらよいのかわかりません。マステールさんならこんな時どうしますか……」

 ガーモルは愕然となった。別のページを開いてみてもそこには「マステール」の文字があった。

 ガーモルは自分自身を落ち着かせようと深呼吸した。考えてみればマステールという名の男は五万といる。よりによってあのマステールであろうはずがない。そこでもう一度ページをめくってみた。妹のものとは違う筆跡の文字。ページの末尾には丁寧なことにマステール・グラウノウィッツ・フォン・ベチューンと署名されてあった。ガーモルの顔から見る見る血の気が引いていった。

 その時コクィルが帰って来た。ガーモルは慌ててノートを閉じた。コクィルは上機嫌で鼻歌など歌っている。

 ガーモルは日記のことを問いただそうかと思ったが、やめた。マステールとつき合うなと言ったところで妹が素直に聞き入れるとは思えない。

 だがガーモルの心の中には再びマステールへの復習の炎がめらめらと燃え上がっていた。自分に恥をかかせただけならまだしも、妹までたぶらかそうとは。ガーモルの顔はうす気味悪いニタニタ笑いで引きつっていた。

「どうしたの、お兄ちゃん、変な顔して」

「あ?いや、何でもない」

「ねえ、お兄ちゃん、トルメカの親戚ってこの近くに住んでたっけ」

「はあ?何でいきなりそんなことを聞くんだ」

「うん、今日ね、市場でトルメカによく似た女の子に会ったの。あたしと同い年ぐらいかな。いきなり声をかけてきて、八百屋はどこか尋ねたのよ。あたしもこれから八百屋へ行くからって言ったら、その()ついてきて一緒に買い物をしたんだけど、妙に慣れ慣れしくて」

「まあ、世の中に似てるやつは三人いるって言うからな」

「でも、何か喋り方までトルメカに似てた。あの、気が弱いくせに人なつこいところが」

 ガーモルは、以前トルメカとトートメ国の話しをした時彼が女になってみたいと言ったことを思い出した。

「まさかトルメカが女装してた、なんてことはないだろうな」

「ううん、それはない。声は全然女の声だったし、背も少し低かった。手も女みたいな小さな手だったし、それに、その、何と言うか、彼女大きめの半袖シャツ一枚しか着てなかったんだけど、胸が、その、ふっくらと出ているのが袖口から見えたの」

「そ、そうなのか。じゃあ、やっぱりトルメカの親戚か何かかな。明日トルメカに聞いてみる」

 とは言ったものの、ガーモルの頭の中にはすでにマステールへの仕返しのことしかなかった。

 コクィルは夕食の仕度を始めた。ガーモルは彼女に背を向けて椅子に座った。妹の明るい表情を正視する気にはなれなかった。

 ガーモルは期末試験が目前に迫っているのさえ忘れて思案にふけった。





 翌日もトルメカは忙しいと言ってガーモルの家に寄らずに帰宅した。

 ガーモルは仕返しのことを考えようとしたが、考えれば思いつくものではない。しばらく家の中をうろうろした挙句、遂にこらえ切れずに家を飛び出した。まあ、頭を冷やせば何か思いつくかもしれない。

 いつの間にか足がトルメカの家へ向かっていた。昨日の妹の話を思い出してついでにトルメカに、近所に親戚が住んでいるかどうか聞いてみようと思った。

 トルメカの家の前まで来た時、家の裏手から女の子が出て来るのが見えた、女の子、と言っても髪は短いしズボンをはいている。しかし、確かにシャツの胸の部分がふくらんでいる。背も少し小さい。

 彼女はガーモルの方を振り向いた。似ている。トルメカにそっくりだ。妹の言っていた()に違いない。女の子はガーモルの顔を見て、何を思ったのか家の裏手へ引っ込んでしまった。ガーモルは彼女を追いかけた。

 女の子はトルメカの家の裏口へ入って行った。ガーモルも扉を開いて「おじゃまします」と叫びながら、女の子のあとを追って地下室への階段を降りた。地下室の扉を開くと、その中に立っていたのはトルメカだった。さっき女の子が着ていたのと同じ服を着ている。傍らの机の上にはほとんど朽ちかけた書物が置いてある。この光景を見て、ガーモルの頭のにある考えがよぎった。

「おまえ、まさかトートメ魔法を発見したのか」

 トルメカはおずおずと語り始めた。

 彼が地下室の書庫の片隅に祖父の日記帳と古ぼけた魔法書を見つけたのは五日前のことだった。日記を読み進めてゆくうちに衝撃の事実が明らかになった。

 祖父は若い頃、考古学者になりたくて大学で考古学を専攻する傍ら、各地の遺跡などを見て回っていた。若くて功名心に溢れていた祖父はつい、古都アルクィエム近郊の、立ち入りを禁止されていた墳墓に侵入してしまった。そこで発見したのがこの魔法書だったのだが、これを読んで祖父は驚いた。これは伝説のトートメ国の書物だったのだ。祖父が侵入した墳墓は、現在の国王の先祖の墓ではなく、トートメ国の女王ヒニコの墓だったのだ。

 ところが祖父の若かった頃は絶対王政だったため、国王の先祖の墓を暴くのは不敬にあたるとされていた。墳墓はそのあとすぐ、よく調べられることなく埋め戻され、今日に至るまでこの位置は再確認されていない。もちろんそれがヒニコの墓だと知っているのは祖父だけだ。

 祖父は貴重な文化遺産をくすねたことを悔い、また人の心を操るなど危険な魔法が世に広まることを恐れ、考古学の道を捨て医業に転じ、死ぬまでそのことを隠し通した。

「すごいじゃないか、トルメカ。人の心が操れるんだぜ。おまえは世界の帝王にだってなれる」

「でも考えてみてよ。自分のまわりの人間がみんな言いなりになるだけのデク人形なんて、そんなのぜんぜん幸せじゃない。人間は時に相手のことを誤解したり、いがみ合ったり仲直りしたりするからこそ人間らしいんじゃないか。

 これは恐ろしい魔法の書だよ。お爺ちゃんも死ぬまでに処分するつもりだったんだ。日記にそう書いてあった。お爺ちゃん、突然心不全で亡くなっちゃったけど。だからやっぱりこの書物は焼き捨てるべきだと思う」

「そう言いながら、おまえはなぜ女性化の術を使った?昨日女の姿でコクィルに話しかけただろう。おまえこのところコクィルの顔を見ればムスッとした顔してたじゃないか。コクィル気にしてたんだぞ。どうして普段はコクィルに冷たくて、女になったら親しげに話せるんだ?」

「そ、それは……」

「おまえコクィルと何かあったのか。女になりすまして妹に近づいて、何か良からぬことをするつもりだって言うなら俺は許さねえぞ。だがおまえが単なる趣味で女になったのなら、それはおまえの勝手だ。魔法書を焼く前に女になって、一生女として暮らせばいい。好きな男と結婚して、子供を産んで育ててな」

「ぼ、僕は別に男が好きなわけじゃない。僕の家には医学書があって小さい時から読んでいたから、小学二年生の頃にはもう女の体のこととか赤ちゃんのつくり方とかみんな知っていた。だから、中学生になってクラスのみんなが興味深げに異性の話をし始めた時、僕は意識してしまってうまくその輪の中に入って行けなかった。そのうち異性のことに話が及ぶと顔をこわばらせてしまうクセがついてしまたんだ」

「じゃあ、コクィルの前で無愛想になるのは……」

「…………」

「おまえ、コクィルのことが好きなのか」

 トルメカは顔を真っ赤にしてこくりとうなずいた。

「そうだったのか」

「……僕が女に変身したのは、コクィルと同性の友達になれば好きな食べ物とか音楽とかを聞き出せると思ったからなんだ。いつか誕生日にプレゼントをしてあげたくて。……決して着替えるところを覗こうとか、そんなのじゃないから」

「信じるよ。でもコクィルの好みなら、俺にだって聞くことはできるし、本人に堂々と聞いたって答えてくれるだろうが」

「できないよ、そんなこと」

「いいや、やるんだ。ちゃんと自分の気持ちを伝えないと、ムスッとしてたって誰もわかっちゃくれねえんだぞ」

「ふふふ、そう言うガーモルは?ミイナにまだ告白こくってないくせに」

「おまえ言うようになったな。俺は今マステールへの仕返しに忙しい。ミイナのことは後回しだ」

「ねえ、やっぱり仕返しするの?やめた方がいいんじゃない?そんなことをしたら、また向こうもやり返してくるよ」

「やると言ったらやる。俺は我慢ができねえ。ミイナの前で恥をかかされるわ、コクィルをたぶらかされるわ……」

 しまった、余計なことを言ってしまった。ガーモルは後悔したがもう遅かった。

「……ガーモル、マステールがコクィルをたぶらかしたってどういう意味?」

「いや……マステールの野郎が一方的にコクィルに言い寄って来ただけで……」

「それはたぶらかしたとは言わないよ。コクィルもマステールのことが気に入ってるってことだね」

 トルメカはまた無表情になった。

「いや、たぶん一時的なものだと思うんだ。マステールがどんなにイヤな奴かわかれば、コクィルは愛想をつかすさ」

「…………」

「……だから希望をもってアタックし続ければいつか振り向いてくれる日が来るかもしれねえじゃねえか」

「……ガーモル、僕トートメ魔法の書を焼き捨てる前に、一度だけ心を操る魔法を使ってみようと思う。明日の朝マステールが登校した時、彼に校庭で裸踊りをさせるつもりだ」

「ト、トルメカ、お前、何を……」

 トルメカは無表情だったがその全身からはどす黒い嫉妬のオーラが発散されていた。





 翌日、始業時間の三十分も前に、ガーモルとトルメカは学校に来ていた。ぼろぼろの魔法書を携え、木の陰に身を隠していた。

 しばらくして立派な馬車が校門から入って来た。馬車が校舎の近くに停まると中からマステールが出て来た。トルメカはすぐさま魔法書を開き呪文を唱えた。手のひらをマステールの方へ向け、手を押し出すようなしぐさをした。ガーモルとトルメカはかたずを飲んで魔法の効果が現れるのを待った。しかし何も起こらなかった。

「どういうことだ、トルメカ。なぜやつは裸踊りを始めない」

「そうか。そうじゃないかと思ってたんだ。魔法石だよ。彼の魔法石はトートメ魔法にも防御効果があるみたいだ」





 マステールへの仕返し計画は一から検討し直す必要に迫られた。実際ガーモルたちの最後の希望であったトートメ魔法もマステールに通用しないとなると、もうお手上げだった。

 ガーモルは再び、マステールの家を爆破するとか、彼が某国のスパイだと言いふらして公安当局に捕まえさせるとか、とんでもない方向へ話をエスカレートさせ始めた。それは冗談にしても、仕返しの方法が見つからないのは確かだった。

 放課後、二人は思案にふけりながら帰宅の途についた。頭をひねっているうちに、もうガーモルの家の前まで来ていた。

 トルメカは一旦家に帰ったが、魔法書を手にしてすぐにガーモルの家に戻ってきた。昨日までとは違い今や彼は対マステール作戦の積極的な協力者且つ推進者なのだ。

 玄関に出迎えたガーモルがふと郵便受けに目をやると、そこには一通の手紙があった。宛名はコクィル・タウメル。差出人はマステール・グラウノウィッツ・フォン・ベチューン。ガーモルはその場で封筒を開いた。

「愛しのコクィル

 もうすぐ期末試験だが勉強ははかどっているかい。僕は中間試験で惜しくも学年三位だった。今度こそ一位を取るつもりだ。そのため、君も知っての通り、僕は試験前の十日間勉強に専念することにした。君と会えないのは残念だが、君のためにも必ず一位を取ってみせる。そして試験が終わった暁には君を我が家でのダンスパーティーに招待したい。パーティーと言ってもそんな気取ったものではない。せいぜい王族や政財界人、その他各界の著名人が顔をそろえる程度だ。パーティーは試験の終わる土曜日の午後四時から行われる。いつもの通り、フフェイル広場に馬車を行かせるので、君は三時半頃広場に来てほしい。本来なら君の家まで馬車で迎えに行くべきだが、君が家を見られたくないというのだから仕方がない。

 次に僕と会う時、君はわが家で夢のようなひと時を過ごすことになるだろう。僕もそうなることを期待している。勉強のしすぎで体などこわさぬよう。

マステールより 愛を込めて」

 ガーモルはすでに苦虫を噛みつぶしていた。トルメカさえ顔を引きつらせていた。マステールがコクィルを自宅に招けばどんなことになるか想像に難くない。彼はコクィルを自分の部屋へ連れ込むはず。そのあとコクィルの身に何が起ころうと誰もコクィルの助けを求める助けを求める声に耳を貸さないだろう。

 ガーモルは怒りのあまり手紙をくしゃくしゃに丸めてしまった。

「くそっ。俺は、妹がやつの毒牙にかかるのをただ黙って見過ごすしかできないのか。コクィルを守ってやる方法はないのか。俺が身代わりになれるものならなってやりたい」

 その時トルメカはついぞ見せたことのない不気味なニタニタ笑いで口もとをひきつらせた。ガーモルは嫌な予感がした。トルメカは無言のままガーモルの家に入った。ガーモルが続いて中に入ると、トルメカはいきなりトートメ魔法の書を開いて呪文を唱えた。ガーモルがトルメカの意図に気づいた時にはもう遅かった。家の外へ逃げようとしたがズボンの裾を踏んずけて転倒してしまった。立ち上がった時にはすでに聖レジーナ学園の男子用制服はぶかぶかになっていた。

「何だ、こりゃ」と叫んだ声の高さに、ガーモル自身驚いた。だぶだぶのズボンを引きずって鏡の前に歩み寄ると、そこに色白の顔が映し出された。

「ふふふ、コクィルそっくり」

 傍らでトルメカが言った。

「そうなのか?そう言えばそうかも」

 ガーモルは自分の顔を観察した。皮下脂肪が増加したため少しふっくらとなっている。

「声もそっくりだよ」

 ガーモルはトルメカの方を振り向いた。驚いたことにトルメカの目はガーモルの鼻の高さにあった。いつもなら遥か下の方にあるトルメカの瞳は、今やガーモルの目と大して変わらない高さから、恋慕の輝きを放っていた。

「き、気持ち悪いな。そんな目で見るなよ。俺はコクィルじゃねえんだぞ」

「わかってるよ。でも……コクィルとしか思えない」

 ガーモルは悪戯を思いついた。

「ねえ、トルメカ、あたしトルメカのこと好きよ」とコクィルそっくりの声で言った。

「ガ、ガーモルに言われたって嬉しいもんか」

「無理することないわ。あたしのことが好きなんでしょ。甘えていいのよ」

「コクィルはそんなこと言わないよ。ふざけるのもいいかげんにしないと本当に押し倒すよ。いくら僕がひ弱だと言っても、女の腕力では立ちうちできないんだから」

「わかったよ。ただおまえがいきなり俺を女になんかしやがったからちょっと仕返ししただけさ。……それはいとして、俺を女にしてどうする?まさか俺にコクィルの代わりにマステールの餌食になれって言うのか」

「コクィルのためだ。それも仕方ない」

「冗談じゃねえぞ。何が悲しくてマステールの性欲のはけ口にならにゃならんのだ」

「初めてで不安だって言うなら僕が最初の相手になてもいいよ」

「やなこった。誰が男なんかと……」

「冗談だよ。僕だって例えコクィルそっくりでも、男相手にそんなことしたくない」

「ちぇっ、脅かしやがって。……でもおまえがそんな冗談言うなんて珍しいな」

「コクィルのことガーモルに打ち明けたらふっ切れたんだ」

「そうなのか」

 二人の間に今までとは違う空気が流れていた。今まではどちらかと言うと、トルメカが一方的にガーモルを友人として慕っていた。今ガーモルはトルメカのことを初めて対等の友人として見ることができた。

「で、本当はどうするつもりなんだ」

「マステールが魔法石を外すのは、たぶん自室でくつろぐ時か、風呂に入る時だけだと思う。彼がそうしている時に心を操る魔法をかければいい。『学校の校庭を見たら裸踊りがしたくなる』とかいうやつをね」

「なるほど。俺がコクィルになりすましてダンスパーティーに出席すれば、やつは俺を自分の部屋へ誘う。そして魔法石を外した瞬間に……あれ、俺は魔法なんか使えねぞ」

「『魔法カード』に心を操る魔法を封じて持って行けばいい」

「ああ、そうか……しかし、この前言ってたじゃないかマステールは人の感情が読めるんだろうって。コクィルはやつのことが気に入っているわけだから、コクィルに変身した俺がやつに近づいたら、嫌いだという感情を読まれて怪しまれてしまう。もちろん、トートメ魔法でコクィルになりすましているとはやつも思わねえだろうが、嫌ってるやつを自分の部屋に連れ込みはしねえだろう」

「だからガーモルには彼を好きになってもらう」

「俺にも心を操る魔法をかけるのか。でもそれじゃあ、やつに仕返ししたいという憎しみの感情が消えてしまうんじゃねえのか」

「魔法を弱くかければ大丈夫。マステールの読心魔法をごまかすことができる程度にね。で、それを今から試してみるつもりなんだ。いくよ」

「ち、ちょっと待て。俺はマステールを好きになんかなりたくねえぞ」

 しかしトルメカはすでに呪文を唱えていた。ガーモルは全身をびくっとさせたかとおもうと、いきなりトルメカに掴みかかった。

「トルメカ、この野郎。俺はマステール君が大好きなんだ。この想いを消されてたまるか。おい、魔法書をよこせ。今すぐ燃やしてやる」

 女の腕力なのでトルメカでも抵抗できた。

「しまった。魔法のかかり方が強すぎた」

 トルメカは必死の思いで解除呪文を唱えた。ガーモルはまた全身をこわばらせた。そしてその場にしゃがみこんで頭を抱えた。

「ううっ、自己嫌悪。魔法のせいとは言え、あのマステールを好きになってしまうとは」

「じゃあ、もう一度いくよ。今度はもっと弱く」

「ち、ちょい待ち……」

 またガーモルの体が痙攣した。

「どう?」

「くっ。これなら自分を見失うことはねえが、しかしマステールが好きだという想いとそれを打ち消したい感情が両方あるっていうのも変な気分だぜ。気を許すとマステールを好きな気がして……トルメカ、お願いだ、しばらくこのままにしておいてくれ、俺はマステール君を好きでいたい……じゃねえ、早く元に戻しやがれ」

 トルメカは解除呪文を唱えた。

「これでうまく行くと思う」

「あとはコクィルがマステールと連絡を取らねよう祈るだけだ。コクィルにはダンスパーティーのことを絶対に知られちゃならねえ」

「実はもう一つクリアしなければならないことがあるよ」

「何だ」

「一応ダンスパーティーだから、それなりの服装をしなければならない。靴や服はコクィルの持っているものを拝借するとして、いくら妹のでも他人の下着を付けたくはないでしょ?」

「誰かに買って来てもらうか」

「だめだよ。最近の下着店ではちゃんとサイズを測ってもらって体にあったものを買うようになってるんだから。コクィルに下着のサイズを詳しく尋ねるわけにもいかないでしょ。やっぱり一度ガーモルが女になって下着店に行かないと」

「なんか、照れ臭いな」

「女の下着の店なんてもう一生行くことはないんだから、いいじゃない……あ、コクィルが帰ってきた」

「は、早く俺を男に戻せ」

 ガーモルは男に戻るや否や、ポケットにマステールの手紙をねじ込んだ。

「ただいま」

「お、コクィル、遅かったな」

 ガーモルはトルメカに今ここでコクィルへの想いを告白させようと考えた。

「コクィル、トルメカがおまえに話があるってさ」

「ふーん。じゃあ、トルメカが放課後うちに寄ったら、あたしが帰って来るまで待っててもらってよ」

 何言ってんだ。トルメカはここにいるじゃないか。ガーモルは後ろを振り返った。

「おじゃましてます。あたし、トルメカのはとこのトルメコです」

 そこには女姿のトルメカが立っていた。いつの間にか魔法をかけていたのだ。

「へえ、やっぱりトルメカの親戚だったんだ……」

 コクィルと「トルメコ」は親しげに話し始めた。

 トルメカのいくじなし。ガーモルは心の中で呟いた。


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