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アイ・ラブ・ライバル  作者: aziy
3/7

3

 ガーモルは結局、クラブに入り損ねた。決心できかねているうちにひと月も経ってしまい、入り辛くなったのだ。クラスメートのアクルの方は、当初からバイトをしており、終業の鐘と同時にバイト先に走って行ってしまう。そんなわけで、ガーモルは毎日、トルメカと一緒に帰宅することになっていた。

 その日もガーモルが教室を出ると、トルメカが待っていた。

「あ、ガーモル、遅かったね。何かあったの」

「うちの大ボケ担任が中間試験の時間割を書いた紙を失くしやがった。B組のを写させてもらってたら、遅くなった」

「ははは、困った先生だね。ところで試験勉強はしてる?」

「全然」

「大丈夫?」

「まあ、何とかなるさ」

「そうだよね、ガーモルは土壇場に強いから」

「おまえ、嫌味を言ってるのか」

「ち、違うって。ガーモルにはガーモルのやり方があるってことだよ」

「ふん」

 ガーモルが長髪を掻き上げながらそっぽを向くと階段のところにミイナとその友人、アンナが立ち止まっているのが目に入った。この一ヶ月、ミイナとは少ししか口を聞いていない。ガーモルとトルメカは彼女たちの横を通り過ぎようとしていた。ああ、今日もミイナに話しかける口実は思いつかないのか。ガーモルは心の中で悔しがった。

「ねえ、これ、どうやるんだっけ」

 アンナは眼鏡ごしに、手に持ったカードか何かをしげしげと眺めている。

「空に向けて、って言ったよ」

 ミイナがカードを取り上げて空に向けようとした。

「おい、それは『魔法カード』じゃないか」

 ガーモルは歩を止めてミイナに尋ねた。

「うん、マステール君がアンナにくれたの。誕生日のプレゼントだって」

「へえ、アンナは今日が誕生日なのか」

 アンナが答えた。

「そう。みんなより早く年をとるから、五月生まれってイヤなのよね」

「何言ってんだ。俺なんか四月二日生れだぞ。入学式にはもう十六だったんだ」

 ミイナが言った。

「ええっ?じゃあ、あたしよりほとんど一年も年上じゃない。あたし三月三十日生れだもん。そうか、ガーモルってお兄さんなんだ」

「そうだぜ。兄貴なんだから俺の言うこと聞かねえとだめなんだぞ」

「ふふふ、わかったわ、お兄ちゃん」

「お兄ちゃん、て呼び方はなんかイヤだな。俺には妹がいるんだそう呼ばれ慣れてるから、あんまり嬉しくねえ」

「あたし一人っ子だから、お兄ちゃんって呼び方、憧れちゃうのよね」

 アンナが言った。

「兄弟なんてうっとうしいだけよ。あたし、五人兄弟の真ん中で、兄も姉も弟も妹もいるけど、上からは子供扱されるし、下からは年上らしくしっかりしろとか言われるし」

「違えねえ。……それはそうと、その魔法カードにはどんな魔法が入ってんだ」

「わからない。マステール君はただ『空に向けて使え』って言っただけだから」

「じゃあ、そうしてみろよ」

「どうやるの」

 それまで黙って傍らにたたずんでいたトルメカが口を開いた。

「空に向けて。そう、そして神経をカードに集中するんだ」

 アンナは言われた通りにした。しばらくすると、カードから虹色の光が出て空中に花柄を描き、小鳥の映像が二匹飛んで来て花柄の上で舞うと、文字が浮かび上がった。

「HAPPY BIRTHDAY DEAR アンナ」

 くっさい演出……。ガーモルは心底軽蔑したが、アンナの方は瞳を輝かせていた。

「きれい……」

 カードはいつの間にか灰になっていた。アンナは灰が手やブレザーの袖にかかるのを払いもせず、しばらくうっとりと映像を見つめていた。やがて映像はかすんでゆき、消えた。

「へえ。魔法カードって、面白いものなんだね」

 ミイナも感心した様子だ。トルメカさえも驚きの表情を隠さなかった。

「これはかなりレベルの高い魔法だよ。ねえ、ガーモル、マステールって子、確かベチューン家の御曹司だったよね。相当な魔法の使い手だ」

「将来は官僚を目指すんだってさ」

「ふうん、どおりで……」

 ミイナがアンナの肘をこづいた。

「こらアンナ、いつまでボーッとしてるの」

「え?あ、そうね。いけない。部活に遅れちゃう」

「そうだ。あたしも今日はバイトがあるんだった。急がなきゃ。じゃあ、先に行くね、ガーモル、トルメカ」

 ミイナとアンナは階段を駆け降りて行った。

「おい、トルメカ、おまえいつの間にミイナに名前を覚えてもらったんだ」

「彼女と話をしたのは今日が初めてだよ。でも彼女の前で何度かガーモルが名前を呼んだことがあるから、それで覚えてくれたんじゃないの」

「そうか。ミイナって誰とでも友達になれるタイプだからな」

 ガーモルはミイナと久々に長い時間話ができたのは嬉しかったが、改めて、ミイナにとって自分は単なるクラスメートにすぎないのだと思い知らされて、少し残念な気もした。





 家に帰ったガーモルは食卓の上にコクィルの置き手紙を見つけた。

「メリルの家で試験勉強をします。夕食も御馳走してもらえるそうです。遅くならないうちに帰ってきます」

 その傍らに紙幣が一枚。毎朝コクィルは父からお金を預かって、放課後夕食の材料を買って帰って来る。今日は父が残業なので、コクィルと二人で夕食をとることになっていたのだが、コクィルが友人の家でよばれるなら、ガーモルは一人で食べることになる。

 ガーモルは服を着替え、パンを一個口にくわえてから机に向かって教科書を開いた。しかし五分後にはすでにマンガを手に取っていた。五冊読み終わったところで、腹の虫が騒ぎ出した。時計を見ると、七時を回っていた。

「弁当屋の弁当ですまそう」と独り言を言って、家を出た。少し南へ歩くと商店街がある。ほとんどの店は七時に閉まってしまうが、弁当屋は真夜中近くまで開いていたはずだ。

 ガーモルは、街灯のわずかな光が照らし出す石畳の上を歩いた。ところどころ、燃料がきれているのか、灯のついていない街灯がある。このような大通りには油を補充する人足(にんそく)が待機していて、定期的に見回っている。今、その一人が梯子を登って街灯に油を注いだ。街灯は再び光を放ち始めた。

 街灯は夜半すぎまで灯されている。今の時期はともかく、冬になったら辛いだろうな。ガーモルはそう考えながら、油人足の横を通り過ぎた。

 しばらく歩くと、前方に一軒だけ明るく光る建物が見えてきた。ガーモルはその前に立ち止まり、窓の横に貼ってあるメニューを見て注文を決め、窓を開いて中へ声をかけた。

「ハンバーグ弁当ください」

「はい、いらっしゃいませ」と言って振り返った店員の女の子は、なんとミイナだった。

「あ、ガーモル」

「ミイナ。何をしてるんだ」

「何って、見ての通り、アルバイト」

「こんなところでか」

「うん。ここ時給いいんだよ。十時以降は深夜手当が付くし」

「十時以降、って、そんな遅くまでバイトしてるのかよ」

「へへっ、女の子は本当は九時までしか働いちゃいけないって決まりなんだけど」

「帰る時怖くねえのか」

「ちょっとね。でも平気。気をつけてるから」

 ガーモルはそれ以上何と言ってよいかわからなかった。ミイナの住んでいる地区は柄の良くないところなのだ。真夜中にそんなところに歩いて帰るのはかなり危険だろう。しかし、今のガーモルに、こんなところで働くのはやめろ、などという権利はない。単なるクラスメートにすぎないのだから。

「ガーモル、もしかしてあたしのこと心配してくれてるの」

 今、ガーモルの目の前にミイナの顔がある。考えてみれば、彼女と正面から差し向かいで話をする、なんて初めてのことだ。

「そ、そりゃそうだろ。女の夜道の一人歩きは危ねえからな」

「ガーモルって、意外とマジメなんだね」

「マジメだぜ。さっきも三時間近く机に向かってた」

「本当?」

「ああ。机に向かって、アクルに借りた『ラシルの宝剣』を五冊全部読んじまった」

「だろうと思った」

「試験勉強なんて全然やってねえよ」

「あたしも。あーあ、試験って、イヤだね。早く終わったらいいのに」

「そうだな」

「試験が終わったら、パーッと遊びにでも行きたいな」

「何をして遊ぶ」

「うーん、どこか面白いところへ行きたい」

「遊園地とか」

「遊園地。いいねえ。ガーモル、キミいいこと言うね。で、どこの遊園地に連れてってくれるの」

「い、一緒に行くのか」

「え?誘ってくれたんじゃないの?」

「どこからそういう話が出てくるんだ」

 ガーモルは不満そうな素振りを見せたつもりだったが、すでに顔はニヤけていた。ミイナはその笑顔を承諾の意味に解釈した。

「ねえ、どこにする?あたしはカリーナ・ミラクルランドがいいな」

「仕方ねえ。ミラクルランドに連れてってやるよ」

「やった」

 ミイナは無邪気に喜んだ。

 ガーモルは心の中でガッツポーズをとっていた。まさかこんな風に、いきなりミイナとデートすることになろうとは。しかし、女の子を誘うとなれば、おごらないわけにもいくまい。小遣い、残っていただろうか。俺も、バイトを始めにゃならんな。

「あたしは、アンナとクラウディアを誘うね。ガーモルは、他に誰を誘う?」

 ……多人数で行くのか。当たり前だ。いきなり二人きりのはずがない。

「あ、ああ、アクルでも誘うかな」

 ガーモルは、今度は落胆が表情に出ないよう努力する羽目になった。

「おーい、お二人さん。ハンバーグ弁当はとっくに上がってるんだけど」

 ミイナの背後から男の声がした。

「あ、ごめん」

 ミイナは振り返って弁当を取り、ガーモルに渡した。ガーモルは代金を払う時、ちらっと店の奥を見た。さっきの声の主は若い男で、おそらく大学生か専門学校生のアルバイトなのだろう。向こうもしげしげと、ミイナとガーモルを見比べている。

 ミイナは釣銭をガーモルに手渡した。彼女の指先がガーモルの手に触れる。

「じゃあね、ガーモル。約束だよ」

「ああ。帰る時気をつけろよ。また明日な」

「バイバイ」

 ガーモルはがらがらと窓を閉めた。何となく気になって、釣銭を数えるふりをしてその場で耳を澄ましてみた。

「ミイナ、今の、誰?ボーイフレンド?」

 男の声が聞こえた。

「そんなんじゃないって」

 ミイナの声は、心なしか、さっきガーモルと話していた時より生き生きしている。

「彼氏とデートの約束をしてたんじゃないの?」

「人の話を立ち聞きするなんて悪趣味ね。クラスの友達と遊びに行く約束をしてただけ」

「俺との約束は忘れてないだろうな」

「お芝居を見に行くんでしょ?覚えてるよ」

「この間の芝居はひどかったな」

「次は絶対、面白いのに連れてってね……」

 ガーモルは足早に立ち去った。これ以上聞きたくない。今はミイナと遊びに行く約束ができただけで満足するしかない。ミイナの笑顔が心に浮かんだ。あの笑顔を独り占めできたら……。そう思いながら、大通りの石畳を踏みしめた。





 予想通り、試験は散々の出来だった。追試は確実である。それでもガーモルは落ち込んでいなかった。とにもかくにも試験は終わった。まして明日はミイナたちと遊びに行くのだ。

「明日の十一時、ガントール広場で待ち合わせだからな」とガーモルに言われ、アクルは

「ああ、わかった」と答えて、教室前の廊下から走り去った。

「あの子、いっつも忙しそうだね」

 一緒に帰宅するためにガーモルを待っていたトルメカが言った。

「あいつはバイトに命懸けてるからな」

「校則で禁止されてるんだから、見つかったらただじゃ済まないと思うけど」

「見つかるかよ。アルテーラは広いんだぜ」

「そうだけど」

 その時、扉が開いて教室からミイナとアンナともう一人女子が出てきた。あれがクラウディアか。ガーモルは同じクラスなのに、クラウディアを初めて見たような気がした。

「あ、トルメカ。どうだった、試験」

 ミイナはいつもの笑顔で尋ねた。

「まあまあかな」

「まあまあ、か。あたし、一度でいいから試験がまあまあだった、なんて言ってみたい」

 ガーモルが同意した。

「俺たちは試験と言えば、ダメだった、が決まり文句だもんな。それはそうと、明日だぜ」

「わかってるよ。十一時にガントール広場でしょ」

 アンナがおずおずと尋ねた。

「ねえ、トルメカ君もくるんでしょ」

「うん」トルメカは大きくうなずいた。

 アンナは少しほっとしたような表情を見せた。

「ガーモルとアクルだけじゃ危ないもんね」ミイナが言った。ガーモルはむっとなった。

「アクルはともかく、俺は人畜無害だ」

 ミイナは明るく答えた。

「冗談だって。トルメカがいればまとめ役になるってこと。……あれ、マステール君」ミイナが振り向いた先には、マステールがぼーっと立っていた。

「やあ、君たち、何の相談だい」

「うん、明日遊びに行く約束をしてるの」

 ミイナが答えた。

「ほう、そうなのか……」

 ガーモルはマステールのにやけ顔を見ると気分が悪くなった。せっかく楽しい話をしていたのに。

「俺たち庶民には、庶民らしい楽しみがあるんだ。おまえは上流階級のお嬢サマとキツネ狩りでもやればいい」

 マステールの表情が珍しく少し曇った。しばらくの沈黙のあと、にたにた顔に戻った。

「……あいにくだが、僕は明日用事がある。いや、仕事と言ってもよかろう。だから遊んでいる暇はないんだ。おっと、今日も早く帰らねば。では、失礼するよ」

 そう言って、マステールは悠々と歩き去った。

「あそこまで言うことないじゃない」

 トルメカが口を開いた。

「いいんだ。あいつにはあれぐらいの言い方がちょうどなんだ」

 しかし、アンナと、それまで一言も口を聞かなかったクラウディアは非難めいた視線をガーモルに送っていた。

「まあ、なんだ……とにかく明日十一時だからな」ガーモルはばつ悪そうに言った。

「うん、わかった」

 ミイナだけは明るい表情のままだった。

 ガーモルとトルメカは、ミイナたち三人に別れを告げて、帰宅の途についた。





 翌日は抜けるような青空だった。

 ガーモルは十時には準備を完了し、家の中をうろうろしながらトルメカが来るのを待っていた。遂にコクィルにうっとうしがられてしまい、家の前に出ることにした。

 いつも約束の時間より早めを心がけているトルメカは、今日も予定の十時半よりも少し前に姿を見せた。二人は直ぐさまガントール広場に向かった。着いたのは十時四十分だった。はやる気持ちを抑えきれず、知らないうちに早足になっていたのだ。

 十一時ちょうどにアンナとクラウディアが、十一時五分にアクルが、十一時十五分にミイナがやって来た。

「ごめん。遅くなっちゃった」

 ミイナは風でなびく髪を手で抑えながら駆けて来る。赤いサマーセーターに黒のベスト、黒いミニスカートに黒いショートブーツといういでたちだ。少し化粧をしている。学校の制服姿と体操着姿と弁当屋のバイト姿しか知らないガーモルは、少し驚いた。今日のミイナは大人っぽい。まるで別人のようだ。

「な、言っただろ、トルメカ。一番遅く来るのは絶対ミイナだって。この賭けは俺の勝ちだな」ガーモルはおどけて見せた。

「ひっどーい。人を賭けのネタにするなんて」と言いながらも、ミイナは微笑んでいた。よかった。いつものミイナだ。ガーモルは内心ほっとした。

 六人は乗り合い馬車に揺られて、一路アルテーラ郊外のカリーナ市へと向かった。馬車の中で、ガーモルはもっぱらアクルとミイナに話しかけた。アンナとクラウディアはまるで恋人同士のようにぴったりと身を寄せ合っていた。トルメカはガーモルたちのグループともアンナたちとも話すよう努めているようだった。

 馬車はミラクルランド前に到着し、ガーモルたちの他家族連れやカップルを多数吐き出した。ほとんど空になった車を引いて、馬たちはさらに終点を目指して走りだした。

 ガーモルたちはチケットを買い、ゲートから中に入った。

 ミラクルランドはエルバイン王国随一の規模を誇る大型アミューズメントテーマパークである。一日で園内すべてを回ることは不可能なため、中にはホテルなどもあり、日帰りのレジャー客だけでなく遠方からのリゾート客にも対応している。

「すごい。あんな大きな観覧車どうやって回してるんだろう」

 ミイナは新たなアミューズメントを目にするたびに子供のようにはしゃいだ。

 この遊園地の特徴は、アミューズメントを動かす人足にんそくがすべて地下に隠されていることである。普通の遊園地では人足が、例えばジェットコースターを引っ張りあげる様一般客の目に触れる。ミラクルランドはあくまでもお客をおとぎの国へ来たような気分にしてあげようというこだわりがあるのだ。

「ねえねえ、ここへ来た以上最初に乗るのはやっぱりフライング・ダイノソーアよね」

 ミイナが指差したのはジェットコースターだった。

「おい、それより昼メシを先に食わねえか。俺腹減った」

 ガーモルは腹をおさえた。

「メシ食ってからジェットコースターに乗ったら気分が悪くなるぜ」

 アクルが言った。

「でも見てよ、あの列」

 トルメカが指差した。

「あの様子じゃたぶん二時間待ちぐらいじゃないかな。先にお昼にした方がいいよ」

「そうだね」

 みいなはあっさり同意した。

 彼らがレストランのある方向へ歩きだそうとした時、建物の角から人影が飛び出して来た。

「マステール君!」

 アンナが驚きの声を上げた。人影はこちらを振り返った。

「おや、君たち。こんなところで何をしている」

「何って、遊びに来たに決まってるじゃない」

 ミイナがあっけらかんと答えた。

「そうか。気楽でいいな、君たちは」

「マステール君はどうしてここにいるの」

「この遊園地はベチューン社の関連企業が経営している。経営がうまくいってるかどうか視察するのもベチューン社社長の息子としての勤めだからね」

「へえ、せっかくの休みなのに大変だね」

「ところで君たち、昼食はもう済ませたのかい?まだ?いや、僕もこれからなんだ。どうだろう、僕が君たちをホテルのレストランの昼食に招待するというのは。園内の他のレストランと違い料理人は一流だからね。味のほうは保証するよ」

「やった。あたしホテルのレストランで食事するのって憧れてたんだ」

 ミイナは他の五人に向かって言った。

「ねえ、御馳走になろうよ」

 アンナとクラウディアは喜んで同意した。トルメカはガーモルとアクルの方を見た。二人ともぶ然としていたが、意義を申し立てる様子はなかった。トルメカはミイナとマステールを見比べながら言った。

「僕たちも別に構わないけど」

「じゃあ、決まりだな。案内しよう。こちらへ」

 歩きだそうとした彼らを引き止めたのは

「お坊っちゃまーっ」というしわがれた叫び声だった。一同が振り返ると、スーツに蝶ネクタイ姿の老人が息も絶え絶え駆け寄って来るのが見えた。

「お坊っちゃま、今、使いの者を走らせました」

 老人はほとんど死にそうな表情でマステールのそばに立った。

「爺。急ぐ必要はないと言ったろう。無理をすると体にさわるではないか。歳を考えろ」

「いえいえ、わたくしの体などお気になさらずとも。それより、わたくしは嬉しいのです。会社の経営には興味をお示しにならず、魔法の勉強ばかりなさっておられたお坊ちゃまが突然この遊園地の視察をお望みになられるとは。お父上様もさぞお喜びになることでしょう。この年老いた執事ももっと長生きして、お坊っちゃまが社長の椅子にお座りになる姿を見とうございます」

「わかった、爺。わかったから爺は少し休め」

「お気遣いありがとうございます。ヴァン・カーテ先生には、今日の魔法のレッスンはお坊っちゃまが御病気のためお休みだと知らせておきました。だから心おきなくご視察の方を……ごほっ、ごほっ」

「ほら、早く、事務所の方へ」

 老人はよろよろと歩き去った。マステールはガーモルたちの方を振り向いた。

「いや、すまない、お待たせした。ではホテルへ参ろうか」

 彼らは歩きだした。アンナとクラウディアに親しげに声をかけるマステールの背中を見ながら、ガーモルは思っていた。マステールとここで出くわしたのは単なる偶然なのだろうか。





 ガーモルたちはマステールに導かれるまま、エレベーターに乗り込み、ホテルの最上階七階に上がった。レストランに入ると窓際の予約席に案内された。どういうわけか、七人分の席が確保されていた。

「きれいね」

 ミイナたち女子が窓の外を見て言った。ミラクルランドはアルテーラ郊外の台地の上にあるのだが、とりわけこのホテルは高台に位置している。窓からは遊園地が一望できるだけでなく、遥か向こうにアルテーラ市街全域が、さらに遠くには海が見渡せる。

「どうだい、気に入ってもらえたかね」

 マステールは、この景色は自分のものだとでも言うように自慢した。

 テーブルの上に置かれてあるメニューをマステールが開くと他の六人もそれを真似た。メニューにはエルバイン語の料理名の下にわざわざ外国語が併記されているが、ガーモルたちはどちらを読んでも料理がどんなものなのか想像がつかなかった。マステールはガーモルたちの困惑を察してか、彼らにわかる言葉でメニューを説明した。

「昼食に適した料理と言えば、この魚料理……」

 マステールは目を上げ、ちらっとミイナたち女子の顔を見た。

「それとこの鳥肉料理……」

 再びちらっと女子たちの方に目をやった。

「それにこの卵料理があるが……」

 また女子の顔をうかがった。

「アンナは魚料理、クラウディアは卵料理、ミイナは鳥肉料理がいいんじゃないかな」

「うん、あたし鳥肉料理が食べたいと思ってたんだ」ミイナが言った。

「あたし鳥肉って好きじゃないの。それに卵料理を食べたい気分じゃなかったわ」

 アンナはマステールにうなずいて見せた。クラウディアも満足そうに微笑んだ。トルメカはこのやりとりを興味深げに見守っていた。

「えーと、飲物は……」

 マステールはまたメニューと彼女たちの顔を見比べながら言った。

「ここのお勧めはオレンジジュース、ノンアルコールのワイン、それにシードル、つまりリンゴから作ったソフトドリンクだが……アンナにはシードル、クラウディアにはオレンジ、ミイナにはワインを特に勧めよう」

 アンナは驚いた様子だった。

「あたしとうどシードルが飲みたいと思ってたの。ねえマステール君、どうしてわかったの」

「君の顔を見ていたら何となくそんな気がしたんだ。きっと君と僕の心はつながっているんだよ」

「まあ」

 アンナはほおをピンク色に染めうつ向いた。

 ガーモルの隣りに座っているアクルはしかめっ面をガーモルに向け、イライラと貧乏ゆすりを始めた。彼の言いたいことはわかる。マステールのくさいセリフに嫌気がさしているのだろう。ガーモルも同じ気分だった。しかしトルメカはマステールと女子たちのやりとりを見て、何か一人で納得した様子だった。

 男子たちも適当なものを注文した。料理を待つ間、女子たちはマステールと楽しそうに話をしていた。マステールは一応、話を男子たちにもふって来たが、それに笑顔で答える余裕があったのは、トルメカだけだった。

 料理が運ばれて来た。ガーモルは悔しいぐらい、その料理が美味だと感じた。料理のことにそれほど詳しいわけではないので、よくはわからないが、おそらく何種類もの材料を煮込んで取ったソースの味なのだろう。ガーモルが普段口にする単純な味付けとはまったく異なる深い味わいがあった。これほどおいしい料理は、一生のうちにそう何度も口にするものではない。

 ガーモルの隣りでアクルは黙々と料理を口に運んでいるが、彼も味の良さに感服しているように見えた。しかしマステールは不満だった。

「むむっ、この肉は鮮度が今一つだ。それに煮込みが足りない。ソースにも少しえぐみがある。……みなさん、すまない。僕は自信を持ってここの料理を推薦したつもりだったが、大したことはなかったな」

 アンナは首を振った。

「そんなことない。すごくおいしいわ」

「お気遣いありがとう。君のその優しい言葉は料理の味を補って余りある。君たちのような感じのよいレディーと共に食事を楽しむ機会を持てたことを、神に感謝せねば。……あ、もちろん、ガーモルたちとの会話も楽しいよ」

 アクルはまた不機嫌そうに脚をゆすった。「ガーモルたち」の一言で片付けられたのが気に障ったようだ。

 食事が終わった。皆口々にマステールへの感謝の言葉を述べた。ガーモルも、味は申し分なかった、とだけ言っておいたが、アクルは結局何も言わなかった。

 ホテルを出たところでマステールが言った。

「食後にいきなり興奮したり緊張したりするのはよくない。まずは観覧車に乗って、ゆっくり景色を眺めながらくつろぐのがいいだろう」

「でもマステール君はお仕事があるんでしょう?」

 アンナが残念そうな表情で言った。

「いや……視察と言っても、ホテルのレストランの味をみたり、アミューズメントの乗り心地やサービスを調べたりすることも仕事だからね。僕もみなさんと御一緒するよ……こちらへ」

 マステールは手のひらで観覧車の方向を示した。食事が終わればマステールがいなくなると思っていたガーモルとアクルは悔しがった。今や完全にマステール中心にことが運んでいる。ミイナまでがマステールとの会話に夢中になっている。ガーモルにはほとんど目もくれない。

 ガーモルは気分が悪かったが、それでも冷静になる余地があった。トルメカがマステールたちとガーモルの会話をつなごうと努力してくれたからだ。トルメカは普段気が弱いくせにこういう時だけは妙に積極的なのだ。たぶん、根っからの平和主義者なのだろう。自分のまわりの人間がぎすぎすした関係でいるのに耐えられないたちなのだ。

 しかし、トルメカと親しいわけではないアクルは最悪の気分だった。彼は無口になり無表情になった。トルメカは、彼がいつ爆発するかと思うと気が気でなかった。

 観覧車の前には短い列があった。並んでいれば五分と経たないで乗ることができるだろう。ガーモルは待っている間、アクルの視線に、ある一定のパターンがあることに気づいた。その視線は定期的にアンナの方へ向けられている。もしかして、アンナに気があるのか。

 やがてガーモルたちの番になった。四人乗りのゴンドラがゆっくりと前を通り過ぎようとしている。誰と誰が一つのゴンドラに乗るか予め決めておくのを忘れたため、彼らは空のゴンドラを前に狼狽することになった。

「ほら、早く乗って」

 係員に促されるうちに、マステールと女子三人が乗ってしまった。ガーモルたちは二十分もの間、男三人で膝つき合わせて過ごす羽目になった。

 ゴンドラ内ではトルメカしか喋らなかった。ガーモルはトルメカの言うことに相づちをうちながら、時たま斜め上方にあるミイナたちの乗るゴンドラに目をやった。アクルのほうはずっと上方のゴンドラを見つめていた。彼から見える位置にマステールとアンナが座っていたからだ。マステールは慣れ慣れしくアンナにすり寄り手を取っている。手がきれいだとか何とか言っているのだろう。ゴンドラが再び地上へ戻ってきた時、アクルの顔から血の気が引いていた。

「ねえ、次は絶対あれに乗ろうよ。フライング・ダイノソーア」

 ミイナはよっぽどジェットコースターに乗りたいらしい。

「よし、ジェットコースターの列に並ぼうぜ。今なら待時間は短そうだ」

 ガーモルがそう言うとほとんどの者が賛成した。しかしアンナだけは浮かない顔だった。

「あたし、ああいうの少し苦手だわ」

 ミイナが言った。

「せっかく遊園地に来たんだからさ、たまには怖い思いをするのもいいでしょ。ね、一緒に乗ろうよ」

「そ、そうね……チャレンジしてみようかな」

 マステールが口を挟んだ。

「アンナ、なにも望んで怖い思いをする必要はない。みんながジェットコースターに乗る間、僕とカフェテラスでお茶でも飲もう。さあ、行こう」

「でも、みんなが……」

 マステールはアンナの手を引っぱって、半ば強引に連れて行こうとした。

「おい、マステール、手を離せ」

 アクルが叫んだ。もはや彼の目は尋常ではない。

「彼女嫌がってるじゃねえか。元々、俺たちは六人でここへ遊びに来たんだ。おまえは何だって、勝手にくっついて来ちゃ昼食だの観覧車だの好き放題やりやがるんだ。茶が飲みてえなら、一人でカフェテラスでもどこでも行きゃいい」

 いつもうすら笑いのようなマステールの顔が硬直し、無表情になった。

「カフェテラスに行くかどうかは彼女が決めることだ。さあ、アンナ、そっちにする。僕と一緒に来るか、あのわめくしか脳のないがさつ男の言いなりになるか」

「何だと、この野郎」

 遂にアクルはマステールに飛びかかった。その瞬間信じられないようなことが起こった。マステールの両手首と胸元が青い光を放ち、その体全体を包みこむ球体を形作った。球体はまるでゴムでできているかのように、突進してきたアクルの体を跳ね飛ばした。アクルは十メートルも向こうに落下し、地面に背中をうちつけた。ガーモルたちが駆け寄ると、アクルは呻き声を上げ、もがこうとした。ガーモルたちはマステールを非難の目つきで睨んだ。

「せ、正当防衛だからな。そっちが先に襲いかかって来たんだ」

 マステールはそう言って、集まっていた野次馬をかきわけ、走り去った。


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