後編。ド素人でも戦隊ヒーロー、生身乱闘編。フラグメント1。
「かかれンモー!」
振り上げられる武骨な右腕。それに答え、残ったヘリアルたちが「ヘリア!」と言う甲高い絶叫を上げながら、グレイルレンジャーへと一斉に躍りかかって来た。
「ブルー!」
声と同時に背中の剣を、鞘ごと放り投げるレッド。
「うわっっ!」
左手一本で慌てて受け止めたブルー、自分の腕力の増強っぷりに声もなく驚きつつ、
しかたなしになんとか右手でヤキウチガンを左腰に収めながら言葉を投げつける。
「レッド! どうして武器こっちに投げるの?」
まもりちゃん、と口にしたはずが なにかの力なのかレッドと言う言葉に変換されたことに、ブルーは仮面の裏で驚愕する。
「あたしは!」
右の拳を、迫る敵に打ち付けながら言葉を返すレッド。
白い兎ののっぺらぼうを描いたような顔のヘリアルの顔面を殴りつけたため、兎を殴っている感じがして 一瞬いやな気分になった。
しかし、殴ったと同時にした「ヘリア!」と言う悲鳴でその気持ちが吹っ飛ぶ。
「こっちの!」
返す体で右の回し蹴り、
「方が!」
続けて左のストレート、
「性に!」
右の前蹴り、
「合ってるから!」
左足を一歩踏み込んだ右のショートアッパー。
襲い掛かって来る雑兵どもを、全て一撃の下に撃破していることに、レッドは気付いていない。
とにかく相手を捌くことでいっぱいいっぱいなのだ。
「レッド、空手とボクスフィットやってるんだっけ。そりゃ、武器使わない方がいいか」
ボクスフィットは、ボクシングの動きでダイエットしようと言う物のことである。
鞘をどうしたらいいのか困ったブルーは鞘ごと使って相手を叩くことに決め、鞘に収まったままの剣の柄を両手で持って、刃を上にする形で持ち上げた。
「えいや!」
勢いよく振るったら、攻撃が外れた上に鞘がすっぽ抜けてしまい、あっと声を上げたブルー。
しかしその鞘は、まるで意志があるかの如くレッドの背中 変身直後に刺さっていた場所へと奇跡的にスポっと入った。
「なにその無駄奇跡」
呆然と呟いたところに、ヘリアルたちが三人まとめて向かって来る。
「こーなーいーでー!」
攻撃しようとしはしたが見事に外れたことで、狙って攻撃することを諦めたブルーは、剣を持った状態でがむしゃらに体を回転させることで身を守ろうと試みた。
その結果襲い掛かって来たヘリアルたちは、上半身と下半身をスッパリと横に分断され悲鳴を上げながら消えて行った。
「ひ……ひどぅまじゃなぐでよがっだぁ」
回転しすぎて軽く気持ち悪くなったらしい。どうやら手応えはあったようだ。
「ブルー!」
声はかがみの イエローの物で、声の直後ブルーの左をビュンっと一陣の風が流れた。
なんなのかを考える暇もなく、風の正体がイエローの持つイノリロッドであることを理解したブルー。
「ありがとう」
「まだ戦闘員はいます。はっ!」
気合一閃、イエローの振るう黒光りするロッドが黒い兵士を打ち負かす。
「気を抜かないでください っ!」
更に放たれた突きが、また一人の黒子を虚空へ誘う。
「って言われたって……」
「あなたの得物は銃。それなら っ! 遠距離攻撃すれば っ! いいだけのっ! ことですっ!」
巨大なロッドを閃かせるイエローの動き。それはまるで戦い慣れた槍兵のようで。縦横無尽に動く黒く鈍い光に、ブルーは目を奪われている。
「わたしも……なにか。なにかしないと」
武器をかなぐり捨てて自らの肉体を駆使するレッドと、授かった得物をまるで達人のように操るイエロー。この二人に圧倒されたブルーは、だからこそ闘志を奮い立たせた。
変身者が友であればこそ、自分もいっしょに戦いたい。
「っ……!」
唐突に距離を取り始めたブルーに、敵が虚を突かれる。
「さっきのレッドみたいに……」
手に舌剣を握りしめる。そして戦場に来る前に教わったように、さきほど重厚から紅のビームを放ったように、イメージする。
しかし、目を閉じてまで意識を集中させても、剣にエネルギーは宿らない。
「……なんで?」
変身していなければ涙を浮かべているであろう声。いっしょに戦えると思った矢先の力の行使不能。自分の決意が無駄になった、そう思った時だ。
『属性が違うからです』
声は兎栖命の物だ。
「「「こいつ、直接脳内に?!」」」
彼女たちの言う通り、兎栖命の声は鼓膜を通じたにしてはやけにボリュームが大きく、頭に直接響いたとしか形容しようがなかったのだ。
「うずめちゃん。属性って……なんだっけ?」
考えながらブルーが問いかける。聞いたような覚えはあるのだが、いかんせん現実味の無い話だったので右から左だったのである。
『戦闘中なので簡単に言いますね。まもり先輩は水、てんま先輩は火、かがみ先輩は土、この属性を操る戦士なんです。
それぞれ他の人の属性を使うことは基本的にできないんです。
だからてんま先輩は自分の武器、ヤキウチガンでしか射撃することはできませんし、逆にまもり先輩はヤキウチガンを打つことはできません』
と説明を受けている間にも、近接戦闘中の二人はヘリアルたちを鎮めて行っていて、ブルーの出番がなさそうなほどに数が減っていた。
「そうなんだ。じゃあ、この剣……どうしよう。鞘はレッドの背中に戻っちゃったし」
抜き身のフェンサーソードを見やって、ブルーは困った声を上げた。
「なら、こっち投げて! 落ちたの拾うからっ!」
「え、でも……もし刺さっちゃったら……」
ヘリアルを蹴散らしながらのレッドを見ながら逡巡するブルー。
「大丈夫、ひとことかけてくれればよけるって。ねっイエロー!」
「はい、ですから心配いりません」
「……うん。わかった。それじゃ」
二人の言葉に背中を押され、
「いくよ!」
手に舌刃を握りなおす。
「「了解!」」
二人が射線を作ってくれたことを確認し、
「えいっ!」
押し出すようにフェンサーソードを投擲した。
「ええっ?!」
飛翔したその勢いは、ブルー いや、てんまの想像を超えた速度だった。
「ンモっ?!」
まったく予想していなかったらしく、牛人間の側も驚愕し、慌てて胸の前に左腕をやった。
「ン゛モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
刃の中ほどまで深々と突き刺さった竜王の剣は、ミノタウロスから余裕を奪い去った。
「ええいっ!」
恨みのこもった声と共に、右手で突き刺さった剣を抜き去り放り捨てる。カランカランと乾いた甲高い音が夜の広場に響く。
「おのれ小娘ども。ヘリアルで体力を削った後で一モー打尽にしてやろうと言うオレサマの作戦を!」
地団太踏んで自らの戦略をバラしたミノタウロス。
「案外せこいんだね」
「ンモ?」
「がっかり牛さん」
「ぐぐ……!」
「怪人として、その戦法は納得いきませんね」
赤 青 黄色の少女三人の評価は惨憺たる物だった。
「やかモしい! お前らの評価なんぞ知るかンモー! こうなったら三対一でも素人如きに負けないってところを、その身体に叩き込んでやるンモー!」
やけを起こしたように突進して来た牛人間。その突進力は、少女たちの予想を上回る速度と勢いで、
「うわーっ!?」「きゃぁっ?!」
よけられずに牛の近くにいた二人は弾き飛ばされて、
「レッド! イエロー!」
悲痛な声を上げるブルーだが、
「お前も吹っ飛べンモー!」
ドスドス迫る牛人間は止まる気配を見せない。
「え、あ……えっ」
対応の取れないブルーは、
「モー烈ラリアット!」
その声の直後に右腕で放たれたラリアットを、
「あぁぁぁっ?!!」
わけもわからないままぶち当てられ、縦回転しながら真後ろに吹き飛ばされてしまった。
「がっっ」
広場の外まで飛ばされて、そのまま背中をしたたかに打ち付けられたブルーは、人知れずせき込む。
広場から、よくもブルーを と言う怒りの声が聞えて、
「わたし、生きてるんだけどなぁ」
と仮面の裏で苦笑したブルー。そういえば、と自分の体が、全身にじんわりとした痛みはあるもののまだピンピンしていることに気が付いた。
あんな衝撃受けたら、そもそも気絶を通り越して死んでいてもおかしくない。これがじんぎとやらの力なんだ、と改めて理解する。
「っ、レッド!」
レッドの苦痛の叫びが耳に届いたのと同時、ブルーは起き上がる勢いをそのままに駆け出していた。
「ぐ、こ このせこ牛……!」
近くに転がっていた自らに与えられた剣を握り、グレイルレッドは立ち上がる。
「あの程度で死ぬようなら、お前らはしょせんただの人間ンモー。明日を守るなんて、笑わせるなンモー」
左腕から血を一滴 二滴と地面に落としながらでも、なおミノタウロスは余裕でいる。
「さっきの大絶叫が嘘みたいな余裕だね」
「たしかにオレサマ、水属性は相性悪いンモー。だが、そんなの關係ないンモー。もう一撃でもラリアットを叩き込めれば、お前らは全滅ンモー」
ニヤリ、不敵な笑みを向けて来る牛人間に、仮面の裏でレッドはニヤリと笑い返す。
「ってことは、あたしは相性バッチリってことだ。幸い弱点丸出しだし、こうネチネチとせめていけばいいわけだよね」
お互い戦略のバラし合いである。
「案外せこいンモー」
「アンタが言うな!」「あなたが言わないでください」
「さて、とは言ったものの。どうしましょうかねー、っと」
剣の竜の顔を相手に向けた状態で構え、いきなり攻めあぐねるレッド。肉体言語は得意技だが、戦略戦術は素人もいいところであるので、いたしかたないことではあるのだが。
『先輩、さっきみたいにエネルギーを剣に集めるイメージをしてください』
「おっと、またも直接脳内に。んーっと……こんな感じかな?」
名乗る時のことを思い返しながら、レッドはイメージする。
すると、さきほどと同じように、透き通った青い光が剣身に現れた。
「やらせンモー!」
猛然と右腕を振り上げた牛人間。
「まずい! なにかないんですかっ!」
必死な思いで脳内通信相手こと、兎栖命にすがるイエロー。
『同じイメージをしてください。それでまもり先輩のいる場所を思い浮かべながら、左手は額の鏡に触れながらこう言うんです。防御結界』
言われた通り額に左手をあてがったイエローは、
「防御結界ッ!」
言葉と同時にイノリロッドを右手で振り上げた。
ガイン!
「ンモ?! バリアだと!?」
振り下ろされた右拳がなにかに阻まれて、その言葉を聞いていたように苦々しくイエローに視線を花ったミノタウロス。
「まにあったっ!」
「やってくれたンモー!」
『まもり先輩は、そのまま流水操射って言いながら剣を振り下ろしてください』
「オッケー。流水操射!」
振り下ろされた刃の軌跡が、そのまま青白い波動となって隙を晒した牛人間に走った。
青白い火花のようなエネルギーの飛沫が、斬撃されたミノタウロスの左腕から生じた。
それは左前腕を切り落としたことを意味している。
「ブモォオー!!」
目を見開いて苦痛を叫び、ぐうっと呻いて膝をついた。そんな敵の様子に、軽く一息つく二人の戦士。
『てんま先輩! わたしの言葉をまねしてください、追撃します!』
「え? ブルーって……あれ? ブルー……え?」
これまではノリでブルーと自らの意志で発していたレッド まもりだったが、今のは自分の意志ではなかった。だからこそ、こんなに動揺しているのである。
『準備はいいですね。炎浄消砲、わかんないでしたか。もう一回、これで打ってください。いきますよ』
「あぁ、なんかよくわかんないけどやきもきするなぁ」
はいと頷くイエロー。兎栖命の声だけが聞こえている状態のため、レッドにもイエローにもなにが起きているのかわからないのだ。
『せーのっ、炎浄消砲!』
声が終わった直後、二人の間をなにか、最初の色に比べて明るい赤い線が駆け抜けた。
「ブモオオアアアアアア!!!」
それは命中した牛人間の額から火の粉を撒き散らすように体に降り注ぎ、その火の粉のいくつかが 小さな爆発となって追撃した。
おのれと呻きながらも、体勢をうずくまったところから戻せない牛人間を見て、二人はふぅっと深い息を吐いた。