前編。儀式と少女と怪人と。フラグメント4。
「勢いに負けて動いちゃったけど、先輩大丈夫かなぁ?」
ブルブルと言う小さなエンジン音を聴きつけて、てんまは左に曲がる。
「大丈夫だって言ったの、てんまちゃんじゃないか~」
突っ込みながら後に続くまもりとかがみ。
「本当に仲がいいですよね、お二人。クラスで見てて羨ましかったですし、今も羨ましいです」
そう吐露するかがみに、なに言ってるのと柔らかい声を返すまもり。
「え?」
驚いた拍子に歩みが遅くなり、そして止まるかがみ。
足音がしなくなったのを聞いて取ったまもりは、同じく徐行して止まり かがみに体ごと振り返る。
「かがみちゃんも、あたしたちの仲間に。友達になったんだから、羨ましいなんて 思うこと、ないんだよ」
屈託のない笑顔と、突き出した右手の 上を向いた親指。
「……」
一秒ほど呆けた後で、かがみの顔もゆっくりと明るくなって行き、
「そう……ですね。そうなんですよね」
こちらもまもりに負けないくらいの明るい笑顔を見せた。
「んもぅ。後ろでむずがゆくなるような掛け合いしないでよっ」
オトドケーラのバイクを発見し、一人それを注視しているてんまが、耐え切れない様子で左手の五本の指の腹で、自分の背中を掻く。
「かゆいのてんまちゃん~、じゃあ あたしが掻いてあげよっかぁ?」
「お断りしますっ!」
ツインテールが武器にできそうなぐらいの勢いでガバっと体を反転させて、てんまがノーを突きつけた。
「ちぇー。残念」
「まったくなぁ」
本日何度目かの呆れ息を軽く吐いて、バイクに向き直るてんま。
すぐ近く、左側から足音が聞えて来た。それは真っ直ぐ三人の方に向かっている。
「な、なんだ君たちは?」
「あ、ああ 怪しい者じゃないんです。ただ そのぉ」
とっさに言い訳が出て来ないまもり。
そこでフォローの声を発したのは、
「あの、次はどちらに行かれるんですか?」
かがみだった。驚くまもりとてんま。
「え? ああ、ここを真っ直ぐ行くけど……それが、どうかしたのかい?」
女子らの進行方向を腕で示しながらの配達員のお兄さんに問われて、
「あ、いえ。そっちならいいんです」
「どういうことだ?」
バイクにまたがるお兄さんに、
「さっきの方に戻ったら、お兄さんのバイクをおっかけてた変なのがいて 待ち構えてるから、それを教えたかったんだ」
とまもりが説明を返した。
「そうだったのか、ありがとう。あいつ、道路わきに立っててこっちを認識したら、いきなり後ろから走って追いかけて来たんだ。怖くってさ~」
「だから、あんな必死な顔で運転してたんですね」
てんまの言葉に、みられてたのか と苦笑いするお兄さん。
「それじゃあ、君たちも気を付けて。バイクを走って追いかけられるなんて、ただものじゃない。捕まったらどうなるか。
それと、早くおうちに帰った方がいいんじゃないかな 時間的に」
顔だけ向けて笑んでから、お兄さんはバイクを発進させた。
「さて。戻らないと、だね」
「う……うん。正直言うと、あのおっきな牛さんのとこに戻るの、怖いんだけどなぁ」
と言うてんまに二人とも同意する。
「でも、先輩がしようとしてるお話がありますから、戻らないとですよね」
ふっと小さく息を吐いて、かがみはそう言う。
「かがみちゃん」
「なんですかまもりさん?」
「戻りたくてウズウズしてるよね?」
「えっ、え いえいえ、そんなまさか?」
「そうだね。今にも走り出しそうだもん、かがみちゃん」
てんまにまで指摘され、ごめんなさい その通りですと苦笑するかがみ。
大分打ち解けた、大人しい黒髪ロングの美少女に、二人は小さく吹き出した。
「まもりちゃんもだよね」
「よ よし、戻ろう」
てんまの言葉をかろうじて受け流したまもりの号令で、三人は桜がいる場所へ引き返した。
「うわっ、なんか増えてるっ?!」
「敵はいっぱい、味方は一人、ですね」
「しかも、なんか 見覚えある気がするし追加戦士」
戻った三人が目にした光景。
それは、牛巨人がいなくなっている代わりに、多数の黒子のような人型が桜ともう一人を取り囲んでいると言う地獄絵図だった。
ーー普通ならば地獄絵図だった、と言うべきだろう。
「はっ!」
光る手刀で相手を打ち据える桜。
ヘリア! と言う奇妙な叫び声を上げたそれは、地面に叩きつけられた直後、まるでそんな奴など初めからいなかったように、忽然とその姿を消したのだ。
「「「消えた?」」」
驚く三人の前で、続けて起こった現象。
「やぁっ!」
もう一人いる少女が掛け声を発した直後、少女の拳が茜色のなにかに包まれた。
そして、そのまま拳を振るい黒子に命中すると、またもヘリアと言う奇妙な叫び声を上げた黒子は、一瞬にして茜色のなにかに包まれ、そのなにかが消えるのと同時に姿を消していた。
「「「また消えた!?」」」
そうして、なんの苦も無く黒子たちを蹴散らした桜ともう一人は、全ての黒子を片付け終えると、二人揃ってふぅと疲労と安堵の息を吐いた。
「あの、先輩? そこにいるのって……」
恐る恐る声をかけたまもりにくるりと振り返り、桜は一つ 頷いた。
「まもりんの思ってる通りだよ」
それを合図にしたように、もう一人もまもりたちに向く。
「先輩方、こんばんは です」
幼さの残る控えめな声で、少女ーー岩戸兎栖命がペコリと頭を下げた。
「「うずめちゃんっ?!」」
てんまと同時に目を限界まで見開いて驚くまもり。そこまで驚かなくってもいいのに、と困った顔になる兎栖命である。
「あの、お二人の知り合い なんですか?」
「そう。桜先輩といっしょで、仲良くしてる後輩の女の子 うずめちゃん」
まもりからの紹介を受けて、自己紹介する兎栖命。
それに戸惑いながら自己紹介を返したかがみ。お互いなんともぎこちなかった。
「それで先輩、それとうずめちゃん。あなたたちは、いったいなにものなんですか?」
率直に、そして遠慮なく尋ねるてんま。答える代わりに兎栖命と僅か目配せをして、桜はシリアスに答えた。
「場所、変えよ。ついてきて」
歩き出した桜に頷き、続く兎栖命。半ば強制的に促される形で、まもりたちも二人に続いた。
***
「ここって」
「アマテランド。なんで?」
思わぬ目的地に、まもりとてんまがきょとんとしている。
道中を雑談で過ごし、五人は今、一つの施設の前に立っている。
ナカノハラアマテランド。ナカノハラの観光の目玉であり、大人気の遊園地である。
今も園内からは、ざわざわと喧騒が薄くノイズのように聞こえてきている。
「ここ、わたしたちの仕事場ですから」
さらっと兎栖命の放った言葉に、三人は同時に「仕事場?」と怪訝な声を上げる。
「そう。土日限定だけど、あたしたち ショップの手伝いしてるんだ」
桜の補足に、そうなんだ とこれまた三人同時に感心した。
「でも、今回はショップとはまた別のところに行くんだけどね」
「別の処?」
まもりの呟きに答えるように桜が歩き出し、兎栖命が付いてきてくださいと先導する。
「ねえ? 別の処って、どこだろね?」
「場所を変えようって言ってたんだし、人気の少ないところだと思うけど……スタッフルームとかかなぁ?」
まもりの疑問に答えたてんまだが、その表情は自分の答えに納得していない。
「そんな程度でいいなら、わざわざここまで来るのはまどろっこしすぎると思います」
かがみの指摘にそうだよねぇと答え、ううんと考えるように唸るてんま。
桜と兎栖命に付いて行く三人は、相変わらず予想の付かない現状に、足取りが少し思わしくない。
特撮ヒーローのエピソードに入り込んだようだ、とワクワクしていたまもりとかがみ、二人は重めの中でも浮ついた足運び。
だがてんまは、知り合いの知らない一面を それも否日常な一面を垣間見て、靴が鉄製になったように足が重く感じている。
「あ、そうそう。家には連絡しといて、けっこう遅くなると思うから」
首だけ向けてそう伝えた桜。三人は一度顔を見合わせてから、スマホを取り出しメールを打ち始めた。
期待が僅かに見て取れる二人と違い、てんまの表情は不安の色を濃くしている。
「一般人感覚なのはてんまちゃんだけか。なんともねぇ」
三人の様子を見ている桜が、その表情に苦笑して言った。
「よし。じゃ、先導再開するよ」
メールを打ち終えたのを確認して、桜が歩き出す。それに頷いた兎栖命が、三人に声をかけて歩き出す。
「今桜先輩、一般人感覚って……」
「ほんとに、先輩たち」
「なにものなんでしょうか?」
疑問を深める三人は、入口ゲートから左に反れて関係者入口から入園した。
「どうも、関係者入口ではあるみたいだね」
「さくさく行ってるけど、わたしたち 制服のまんまだよ? 大丈夫なのかなぁ?」
ひそひそ話すまもりとてんま。しかし、桜 兎栖命との距離は近く、ひそひその意味は大してない。
「あの……どんどん静かになってってるんですけど……いったい、どこに向かってるんですか?」
不安の色をにじませた声で、かがみが関係者に問いかける。
そう。先導二人はどんどんと、人気のない方へと進んで行っているのだ、それも一切の躊躇なく。
「地下だよ。ありていに言えば、戦隊ヒーローの秘密基地みたいなとこ」
相変わらずサラリと言ってのける桜。
「「「え?」」」
てんまは元より、ワクワクが燻っていた二人さえも動きを止めた。
「ま、またまたぁ」
「まもりん。期待した顔してた人の言う台詞じゃないと思うんだよね、あたしは」
バッサリ。あははと苦笑するしかないまもりに変わり、口を開いたかがみ。
「秘密基地。本当……なんですか、それ?」
ブレていなかった。
ピーと言う甲高い音の後、目の前にある重厚な鉄の扉がグググググと重苦しい音と共に右へスライド、ガコンと言う音で開き切ったことを五人に知らせた。
「遊園地の地下に、こんなところがあったなんて……」
呆気に取られて言うてんま。
「入口は倉庫の壁に隠された小部屋の、地下に続く階段に」
まるで恋する乙女のように、きらめいた表情で恍惚と語るかがみ。
「この殺風景で無機質な廊下には、きっとすごい施設がっ」
同じくのまもり。そんな二人の様子に、乾いた笑いを浮かべたのは、てんま 桜 兎栖命だ。
「進みましょっか」
やれやれ、と言う表情と声色で呟くように桜は言って、扉で閉ざされていた先へと進んでいく。
続く四人のうち、兎栖命以外は落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回している。
入り口から見た感じでは、無機質な電灯に照らされた廊下だけが、まっすぐ続くシンプルな構造。
しかし、入って見れば、左右共に部屋で埋め尽くされていた。
「これが……秘密基地?」
てんまの呟くような疑問符に、うん と小さく頷いてから、
「さて、扉も閉まったことだし。……ん?」
なにかを言いかけた桜は、視線の先からこちらへ近づいて来る人影を見つけて言葉を止めた。
「ヤマト君、来てたんだ」
「毎日、散歩ついでにな」
「そうなんだ」
意外そうに言った桜に、うんと軽い調子で頷いた少年ヤマト。
「で、そっちの三人が選定の儀で選ばれた三人か?」
「そう」
「「選定の儀?」」
「先輩、それってなんですか?」
「それをこれから話そうと思ってたんだ。でヤマト君、こんな時間からお出かけ?」
「逆だよ帰るんだよ。父さんも母さんも仕事中だけどな」
「そっか。お疲れ」
「うん。ところで、エレメル 追い返したんだよな?」
「うん。そのはずだけど」
「ウンモーイ被害、出てるんだよ。これがさ」
「なんと?! やってくれたわねあの駄牛っ」
「あの、先輩。たしかに盗み食いはいけないことですけど、どうしてそんなに怒ってるんですか?」
苦々しい声の桜に、てんまは遠慮がちに声をかけた。
「あいつのやってることはたしかに、ただの迷惑行為だけどね」
「問題になってるのは、ラグナレイドが動いたこと、そのものなんだよ」
「ちょっとヤマト君、台詞とんないでよ」
一変してむくれる桜に、わるいわるいと反省ゼロで頭を掻いたヤマト。
「じゃ、後は説明よろしく」
そう言って入口に歩いて行くヤマトに、
「元々そうするつもりだったからね」
と答える桜は、まもりたちを促すように奥へ奥へと進むのだった。