前編。儀式と少女と怪人と。フラグメント3。
「ふぃー。校門から出た瞬間のこの解放感、たまんないよねぇ~」
校門を出たところでまもりは、両腕をめいっぱい上に伸ばしながら満足そうに言った。
「お疲れさま、まもりちゃん」
トラブルダイバーまもりの本日のお仕事。放課後の教室掃除を、自分の方をチラチラ見ながら準備する男子にかわってこなした。
「でもね、ちゃんと三度までって言うんなら、身代わりになった回数を覚えておきなさい。次はほんとに変わっちゃ駄目だよ」
母親のようにたしなめるてんまに、
「ふぁーい。わっかりました~」
とヘラヘラ答えたまもり。てんまが、はぁと今朝のように呆れた溜息を吐くのは当然であった。
お礼されたまもりは、あたしの顔も三度までだよと水を差したが、てんまにもう四回超えてるよと指摘され、教室を温かな苦笑いに包んだのである。
「ところで。よかったの? あなたも手伝ってくれたけど」
てんまが話を振ったのは、
「はい。今朝のお礼の意味もありましたし」
まもりが今朝不良を撃退した時にいた少女だった。
一人で掃除してるのをほっとくのは忍びないということでてんまが手伝い、更にそこへこの少女が手を貸したと言う構図が出来上がった。
三人でやったおかげで掃除が早く済み、まだ校庭からはスポーツ系の部活の声が響いてきている。
「お礼、か。じゃあお礼返しにカラオケ行こう、親睦を深める意味でも」
今朝魅了されてしまった、美しい黒髪を持つこの少女とお近づきになりたいまもりである。
「まもりちゃんってばもう、ほら びっくりしてるじゃない」
てんまがまもりに、目を丸くしている黒髪少女を視線で示す。
「あ、いえ。いやって言うわけじゃないんです。ただ……こんな風に誘ってもらったの、初めてで」
はにかみながらそう言う少女を見て、まもりはニヤニヤしている。
「まもりちゃん、気持ち悪い」
なんの遠慮もないてんまの言葉の刃に、まもりはアハハと苦笑。それでも険悪になっていない二人の関係は、実に良好。
「それに……迷惑になるから」
申し訳ないと言うように目を伏せた少女に、
「もしかして、歌のうまい下手の話? それなら気にしないで」
とまもりは優しく左手で少女の肩を叩いた。
「いや、あの、そうじゃなくて」
なおもしぶる少女に、気にしない気にしないとごり押すまもり。
てんま、それに何度も頷いて後押し。
「そうですか?」
答えてから一秒。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
と少女は一つ頷いた。
「よし。じゃ、名前 教えて」
「あ、はい。わかりました」
これまでの時間、少女は名乗っていなかったようで、そのことに思い至って顔をうっすら赤らめた。
少女のそんな様子に笑み、うんと一つ頷いてまもりが口を開いた。
「あたしは浅野まもり。で、こっちのちっこくてかわいいのが」
「その振りやめてよ。改めまして、小田てんまだよ」
「……よろしくおねがいします。わたし、大和かがみって言います」
少女 かがみは、二人にぎこちない笑顔でペコリと頭を下げた。
***
「いやー、楽しかったー」
カラオケ店を出ながら、両耳を塞いだまもりが満足そうに言い、耳から手を離した。
帰宅部の特権で他より早く入店した三人だったが、今 辺りの建物は電灯をつけ始めている。
「思わず一時間延長しちゃったもんねぇ」
てんまも目を細めて小さく笑みを浮かべて言う。時刻はまもなく午後六時半を刺そうとしていた。
「びっくりしたよね~、まさかかがみちゃんが、特撮ソングを歌うなんて思わなかったもん」
「そうだね。あんなに力強く声張れるのも驚いたよ」
まもりの言葉にうんうん頷きながらてんま。
そんな二人に少しだけ顔を赤らめて、
「わたし、お二人のおかげで歌いたい歌、歌えました。ありがとうございました」
安堵した声のかがみは会釈し、ほっと一息言葉後に吐き出した。
「そうだったんだ」
「まもりちゃんのおかげで知ってる程度だけどね、わたしは」
三人とも綻んだ表情に疲労感を帯びている。心地いい疲労感と言う様子である。
「けど、なるほどね。だからかがみちゃん、あたしたち歌うの待ってたんだね。様子見で」
納得した頷きをして言うまもりに、ごめんなさいと苦笑いしたかがみ。
笑顔で気にしないでと言うまもりに、てんまもそうそうと頷く。
「で、まもりちゃん。なんで腕組みしてるの?」
「ん? あ、無意識だったよ」
ヘラっと苦笑いして組んだ腕を解いたまもり、それを見て二人は笑った。
「お腹空いたなぁ。早く帰ろう」
左手を自分のおなかに当てて、ちょっとだけ恥ずかしそうにしながらてんまが言う。
「そだね」
その愛らしい様子に、まもりは口元をニヤリと堪えきれない様子で綻ばせ、かがみもそうですねと微笑した。
そんな和やかな空気をつんざくようなけたたましい音と共に、三人のすぐ前の道路を、なにかがすごいスピードで横切った。
その風圧で、思わずスカートを抑える三人。
「今の……オトドケーラのバイク、だったよね?」
確かめるようにまもりが二人を見ながら言うと、
「しかも、なんか運転してた人、すごい顔だった」
てんまが頷きながら疑問符を乗せた顔、
「なんだか、怖がってるようでしたよね?」
今度はかがみが二人を見回して言った。
「あたし、そこまでは見えなかったなぁ」
首を傾げたまもりと、
「言われてみれば、そんな感じしたかも」
考え考えゆっくりと頷いたてんま。
ドス、ドス、ドス、ドス。
「待つンモー!」
そんな三人の前を、奇妙な物が通り過ぎて行った。
「「「なに? ……今の?」」」
そして更に。
「まちなさーい!」
まもり てんまの見知った声が、遠めの左側から走って来るのを、二人の耳が捉えた。
音の方を向く二人は、
「「さくら先輩?!」」
耳に狂いがないことを理解する。顔に疑問符をペッタリと張り付けてはいるが。
「おお、お三方おそろいですか? 運命は二次元の如し、ってことかな?」
「走りながらなに言ってるの桜先輩?」
「しかも、楽しそう……」
「とにかく三人とも、ついて来て。あの駄牛を追っかけないと、またピザ貪り食われて配達先のお客さんがお腹空いちゃうから」
まもりとてんまの言葉を聞き流し、先輩 五剣桜は、
「わっ?」
一番近くにいたてんまの左腕を、ひったくるように右腕にひっかけて走り抜けて行く。
「あっこらっ先輩っ! てんまちゃんをさらうなっ!」
慌てて追いかけるまもり。
「三人……って言うことは、わたしも?」
走り去って行く賑やかな三人を少し見送ったかがみは、桜の言葉を反芻して、
「ま。まってください!」
疑問は残るものの慌てて追いかけた。
「ところで先輩。バイクをおっかけてるの、いったいなんなの?」
走りながら話すまもりに、
「あれ? わかんなかった? あれ、例のニュースのピザ強奪犯だよ」
道路を相変わらずドスドス走る「それ」の背中を指さして、平然と答える桜。
「あれが……?」
信じられないと言う表情で、まもりは怪人の背中を見る。
「まもりちゃんが言ってたニュース、もしかして常識っ?」
引っ張られるように走っていたてんまは、なんとか体勢を立て直し、ズレたところで驚愕した。
「たしかに、あの質感。着ぐるみにしては、生身っぽすぎますね」
軽く息を弾ませながら追いついたかがみは、そう桜曰くの駄牛の印象を離した。
「かがみちゃん、ひょっとして今朝のわたしたちの話聞いてた?」
またもズレたところに疑問符を浮かべるてんまである。
「とてもバイクに追いつけそうにないスピードに見えるんだけどなぁ」
「そうね。バイクが止まらなければ追いつけないとはあたしも思う。
でも、信号が運悪く赤ばっかりだったら追いつかれる。バイクとあれの通り過ぎたタイミングを見ればわかるんじゃないかな?」
「あんまり時間差なかった。たしかに、あのままだと追いつかれるかも」
まもりと桜、二人は雰囲気が少しシリアスだ。
「先輩、どうしてわたしたちを連行したんですか? 運命がどうとかも言ってたし」
てんまの疑問に、それはじゃなぁ と奇妙な口調で切り返す桜は、更にひとこと 運命だからじゃよ、とドヤ顔で続けた。
「先輩。答えになってないです」
呆れ顔で言うてんまに、
「しょうがないじゃない、神杯が選んだんだから。敵の姿ぐらい見せておかないと、いざって時に戦えないでしょ?」
と口を尖らせる桜。
「なんの話ですか……」
呆れがグレードアップ、溜息交じりに返したてんまの声を聞いて、
「あたしたち、歴史の影の存在だもんね。知られてないのは当然当然」
何度も頷いてサラっと受け流す桜である。
「先輩、中三で厨二病? 潜伏期間ずいぶん長かったね」
なぜか瞳を輝かせながら言うまもりに、
「ま、そんなところかな」
と苦笑いの桜は、「動きがとまってるっ」っと続けて声を発した。
「こーらー!」
鋭く正面を見据えて言ったにしては、ずいぶんと軽い調子である。
しかしビュっと風が起きるほどに加速した桜の足の速さで、まもりたちは本当に危機感を抱いていることを理解した。
「乗りかかった船だ、二人とも 先輩を追おう!」
言葉終わりに速度を上げたまもり。
「すんごい楽しそうな顔じゃなければ、うん ってシリアスに頷けるんだけどね」
悪態をつきながらも続くてんま。
ーーそして。
「怪人の実在。なにかに選ばれたわたしたち。まるで……特撮ヒーローになったみたい」
密かにテンションを上げたかがみは、言葉後に二人を追う。再度のおいかけっこになった。
「ってことで、援護よろしく うずめちゃん」
『向かってるよ。ちょっとかかるけど平気 桜お姉ちゃん?』
「だいじょぶ、問題ないよ」
『わかった。じゃ、後で』
「うん」
スマホの通話を終えて、それをカバンに放り込んだ桜。
「後数歩……」
桜は目標の背中を射程に捉えるなり、
「せいっ!」
なんの迷いもなく堕牛の背骨に、右の手刀を振り下ろした。
とても少女の拳から放たれたとは思えない鈍い音が、夕食のにおいがふわりと香る住宅街に響いた。
「なにするンモー。あの丸い奴の匂い探しの邪魔をするなンモー」
体ごと振り返った声の主は、パッと見2mを超す巨人だ。
肌の色は赤茶、水牛のような立派な黒い角が二本、二足歩行で立つその肩幅は大人の男一人半と言った広さで、おまけにガッシリしている。
衣服を纏わないその姿は、しかし鎧を着こんでいるように、武骨に桜には見えている。
その異様としか形容しようのない目の前の者は、ただしく怪人と呼ぶにふさわしい出で立ちだった。
「オレサマが痛みを感じるほどの衝撃。小娘、なにものだンモー」
前に立たれるだけで凄まじい威圧を感じるであろう、怪人が発するその声にしかし一つも動じることなく、桜は相手の目を見据え名乗りを上げた。
「シュレディンガード、戦闘員。禍祓の血族が一。五剣桜」
さきほどまでの軽妙な感じを残しつつ、それでも気迫を帯びた声。
「シュレディンガード。なるほど、オレサマに一つの恐怖もなく殴りかかって来るだけのことはあるンモー」
しかし牛巨人は、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、名乗り返した。
「オレサマはグラウンドエレメルミノタウロス。ラグナレイドの一員だンモー」
「知ってるわ。そうでもなきゃ、アンタみたいな変人 追っかけ回したりしないもの」
そこに追いついて来た三人の足音。
「先輩っ?」
「お、おっきい」
「怪人といえば、最初はクモのはずじゃ……?」
「黒髪ちゃん。それは仮面ヒーローの伝統。言うなれば、あたしたちは多数側ってところだよ」
「小娘。オレサマの食事を邪魔して、ただで済むと思ってるのかンモー?」
「「「ンモー?」」」
「ただじゃすまないわよ。アンタの方が」
「神杯の力もなしに、オレサマを倒すつもりかンモー? 笑わせるな小娘」
「三人はピザ屋さんを見つけて、この辺を離れるまで見張ってて。時間を稼ぐから」
「えっ? 先輩、これと戦うつもりなのっ? 無理だよそんなのっ!」
「大丈夫だよまもりん。あなたよりは確実に、強いから」
言うと、桜の両手に光が生まれた。
「手が……光ってる?」
「先輩。あなた、いったい?」
「それについては、こいつを退けた後で説明する。だから、あなたたちはピザ屋さんのところに」
「ううう」
歯痒そうに唸るまもりの肩を優しく叩き、
「まもりちゃん、先輩のあの顔。大丈夫」
勇気付けるように静かに力強く言うてんま。
「戦隊ヒーロー。先輩はその力がない。なら、わたしたちは三人ヒーロー?」
「恍惚としてないのかがみちゃん、いくよ!」
妄想逞しいかがみにピシャリと突っ込み、最小のてんまは仕切った。
「先輩。あぶないって思ったら、逃げてねっ」
「ちゃんとお話し、聞かせてくださいね」
まもりたちはピザ屋捜索に向かった。
まったく逆のことを言って走り去った少女たちに、
「どうしろって言うのよ」
苦笑を一つして。
「さて、ラグナレイドとの戦いは初めてだけど」
目だけで少女たちを見送った桜は、
「どうなることやら」
自分の光る手を見つめながら、改めて構えを取った。
「負ける気のない顔。気に入ったけど、気に入らないンモー。その顔、恐怖でグニャグニャに歪ませてやるンモー!」
牛巨人と一人の少女の戦いの幕が、今 上がった。




