前編。儀式と少女と怪人と。フラグメント2。
「あ、の。ありがとう。ございました」
緊張した面持ちでそれだけを言うと、黒髪少女もまた走り去ってしまった。
「どーいたしましてー」っと手でメガホン作って、少女の背中に声を返した。
「どうしようこのパン。まさか食べるわけにもいかないし……」
足元のそれを見ながら、少女は一つ 小さく息を吐いた。
「しょうがない。道中捨てられそうなとこ、探すか」
言ってしかたなくしゃがみこんでパンを持って立ち上がり、通学路を小走る。
走りながら、
「もしかして……遅刻しそうなほどの時間でもなく、なんの欲もなくパン食い登校したから、効果が違う形で出たのかな?」
なんて思う茶髪少女なのだった。
***
「おはよー!」
ナカノハラ中学二年一組、教室ドア開け第一声。手にパンは持っていない、登校途中に無事捨てることができたようだ。
「おはようまもりん」
「おはよー」
女子には右手を上げて挨拶し、
「よー、浅野・トラブルダイバー・まもり」
男子には、
「よー」
と上げた右手を軽く握って軽く返した。
トラブルダイバーとは彼女、浅野まもりの異名じみたあだなである。困ってる人を見過ごせない、と言う厄介毎に首を突っ込む性質からついた物だ。
立ち止まってキョロキョロとなにかを探していたまもりは、
「てんまちゃーん!」
そんな叫びを上げながら突然、スカートなのも気にせず大ジャンプした。
「おはよーっ!」
完璧に着地点を読み切った跳躍で、
「うわーっ!」
一人の小柄な少女にしがみついた。
「やーてんまちゃんは朝もはよからきゃわいーにゃー!」
青いツインテールの少女、小田てんまの頭を左手でぐりっぐり撫でまわしながら、猫なで声でニヤニヤしながらこんなことを言う。
「なーっ! もぉ離れてよっ!」
自分の頭でゴリゴリ動いているまもりの左手を、右腕を風圧が生まれるほどの速度で振り上げ物理的に叩き返すてんま。
「あいたた」
左前腕を抑えながら、ぴょいと机を挟んで向かい合う位置に移動したまもりに、
「幼女扱いするなっていってるでしょー」
明らかに嫌そうな顔でてんまは言ったのだが。
「まったく恥ずかしがっちゃって~」
当の言われた本人は、まるで気にしていないようである。
「あのさまもりちゃん。かわいいもの好きって言うのはわかってるんだけど、クラスどころか学校中から
女の子にしか興味がない女の子だって思われてるからね。
自分でかわいいって言わなきゃいけないの、すごいいやなんだけどさ……」
呆れて言うてんまを、きょとんとした顔で見返すまもりは、
「あ、そうそう。そういえばさ知ってるてんまちゃん?」
両手を打ち合わせて話題を切り替えた。てんまがなにを言っているのか、まったく理解できていないようだ。
「はぁ。で? なんの話?」
身長がさほど高くないまもりより、更に頭一つほど小さなてんまに思いっきり呆れかえられているが、
「怪人が出たんだって」
相変わらずまったく気にしていない。
まもりの話を聞いて、ぷっどころかぶほっと吹き出したてんま。
「なっなに怪人って? 特撮ヒーロー番組のロケとかじゃなくって?」
「うん。宅配ピザ屋のオトドケーラあるでしょ? あれのバイクを襲って、チーズばっかり乗ってるピザをいきなりバックバク食べて
『うんもーいっ!』って牛の鳴き声みたいな声上げてどっか行ったって。ナカノハラローカルニュースで取り上げられてたよ」
まじめなまもりの顔と、突拍子の無さすぎる話の内容のギャップで、すっかりてんまは大笑いだ。
「なっ なにその鳴き声っ! ひーっ! ひーっ! お腹痛い! お腹痛いー!」
机を両手でバシバシ叩いているてんま。
力強く叩きすぎで少し手が腫れてしまい、
「なんてことを! てんまちゃんの赤ちゃんハンドがぷっくりと腫れてしまったじゃないっ」
まもりに怒られた。
「ふぅ……で? その牛みたいなのがどうしたの?」
両手をこすり合わせながら、しかたなしにてんまは話を促した。
「その人、ほんとに牛みたいなかっこうしてたんだって。襲われた人の話によると、どう見てもきぐるみじゃなかったって」
「そんなバカな? 新しいオトドケーラのプロモーションだったりするんじゃない?」
ないない、と両手を軽く左右に振って否定のてんまに、まもりが首を横に振る。
「あの人の声は、明らかに恐怖だった。プロモーション戦略じゃ、素人さんにあんな真に迫った恐怖の声は出ないと思うんだ」
「や……やけに詳しいね」と苦笑いで返し、
「襲われた人、顔出してたの? そんな話題なら、すりガラス越しだと思うんだけど」
気を取り直して尋ねた。
「すりガラス越しだったよ。でも、あれは恐怖の声だった」
「トラブルダイバーの勘?」
まじめを崩さないまもりに、てんまはからかう調子で突っついた。
「いや、わたしの耳がそう教えてたの」
しかし結局、まもりのまじめが崩れることはなさそうである。
「すごいなぁ。わたしじゃすりガラス越しの声の感情なんて聞き取れないよ」
感心して言ったら、ドヤ顔でふふんと勝ち誇られた。男の子みたいな友人に、心の中でやれやれと半笑いになるてんまであった。