最終路 前編 もう手に負えない
あれだけ走り回った上、先生に長時間怒られた(遅刻と校門から逃走〈そう解釈された〉の件で)のに、なぜか朝の三時に目が覚める。流石に早すぎるとは思うものの、目が冴えてしまってはどうしようもない。
まだ学校まで時間はあるがなんとなくゲームをする気にもならず、かと言って勉強……?いやないない。というわけでジュースを買いに行くことにした。
あえて財布を持たず五百円だけポケットにしまって、流石にパジャマじゃ不味いだろうということで私服に着替えた。
「うん、金を忘れたな」
自販機の前で立ち尽くしながら僕は言う。パジャマを着ている段階でお金をポケットにしまったのだから、当然五百円はパジャマの中だ。喉が渇いていたわけではないが、こうなってくると余計に何か飲みたくなる。お金が無ければコンビニも無理だし、帰るしかないが……。
何度かポケットをまさぐって、念のために後ろポケットも確認して……やはり帰るしかなさそうだ。
こんなことなら自転車で来るのだったとか、そもそも家のお茶でよかったとかそんなことを考えれば考えるほど、折角外に出たのだから何かしたくなる。……お金は使わない方向で。
「ちょっと行ってみようか」
意味もなく丁字路に向かうことにした。会えるとは思わないが、もしかしたらあの娘も似たような理由で外に出ているかもしれない。会えるのなら話がしたい。まだ彼女からは「あの……」と「ありがとう」の声しか聴けていないのだ。笑うとどんな声になるのだろうとか、ちょっと怒らせてみたいなとか、怒っても可愛いのだろうなとか。考えれば考えるほど幸せになって、なんだかあの娘に会える気がして、ちょっと足取りが軽くなる。
次第に予感は確信に変わっていって、少しでも早く丁字路に着きたくて気付けば走っていた。
「……本当にいた」
神様のおかげか、丁字路のミラーの前にあの娘はいた。しきりに首をかしげているのは小動物みたいで可愛らしい。何か洋服を持っているようで、もしかしたらまた洗濯物を落としたのかもしれない。
(ちょっとドジなんだなぁ)
毎日洗濯物を落とすことをドジで片づけていいものかはわからないが、それで僕があの娘と出会うことができたのだからむしろドジに感謝したいくらいである。
しかし違和感がないわけでもない。彼女はいつものように学校の制服を着ているのだが、どうしてこんな時間に制服を着ているのだろう。それに手に持っている服を地面に置こうとして、また首をかしげている。
悪魔でも召喚しようというのだろうか、行動の理由がわからない。後ろを向いているから表情が解らないのも相まって不審者感満載だった。そんな謎の行動をとっている相手であろうと、今の僕には関係のないことだった。登校時間でもない今なら話しかけるチャンス、それしか考えていなかったのだ。
多少言葉がつっかえながらも声を絞り出す。
「ぁ……あの!」
「――ッ!???」
後ろから声をかけたのはまずかったか、彼女の体が一気に緊張したのが解る。何日か前にこの場所で同じようなリアクションをしていた人間がいたような気もするが、誰だったか。
というか、二日前の僕もここまでわかりやすく動揺していたのだろうかと思うと少し恥ずかしい。
過去の自分の行動を恥じているうちに少し落ち着いたのか、女の子は壊れかけた扇風機のようにぎこちなくこちらを向く。
目が据わっていた。
彼女は僕の方へ走り出す、いきなりで驚いているうちに視界が真っ暗になった。
「あっ暴れないでくださいっ!」
すぐに視界は晴れた(とはいっても夜なので街灯程度しか明かりはないが)ので彼女を振り払うこともできたが、諸事情により抵抗ができない。されるがままに腕を上げたり下げたりさせられて、その間に体が密着したりするものだから柔らかい何かが当たって、抗うよりその感触に意識が集中してこれまた動くどころではない。……いや、しょうがないって。
無抵抗のままでいると彼女が僕の首に手をまわして……顔が近い。唇が!これはそういうことなのか!?
とっさに目を瞑ったが彼女はすぐに離れてしまう。しまった、今一番密着してたのに胸の感触を確かめていない!だが何度か当たっているから確信できる、彼女は小柄なのにデカい!
二日間下着と葛藤してきた気高さは微塵も感じない、正直な思考回路だった。
そうこうしている内に満足したのか彼女はスマートフォンを触り始めた。
パシャリとカメラ機能の撮影音とフラッシュ。
「どうですかっ!?」
どこかの御老公のように、彼女は僕にスマホを見せてきた。画面には上半身だけセーラー服を着た僕の姿が映っている。
「えーっと……なにこれ?」
「可愛いでしょうっ!?」
君の方が可愛いといいたかったが、問題はそこじゃない。何故僕がセーラー服を着ているのか。
「何で僕がセーラー服を着てるんですかね?」
「着せたからです!着せたかったからです!!」
質問をすればするほど質問する項目が増える不思議、彼女との会話の時間が増えると思えばいいのか?
スマートフォンに移る僕は彼女の持っていたであろうセーラー服を着ていた。なるほど、さっき顔が近づいたのはスカーフを首に巻く為だったのか。いつもの髪形にしかもズボンを穿いている状況で上だけセーラー服とはなんとも間抜けな格好である。




