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糾問

「へ?」


 武は素っ頓狂な声を上げた。

 取調室に入ってきた血の滲んだ包帯の化け物が自分に向かって呟いた。


「愛している?」


 自分を睨み付け威圧している化け物が自分を愛していると言ったことに武は戸惑い、オウム返ししか出来なかった。

 だが、その化け物は言葉を続けた。


「ああ、そうだ。自己紹介が遅れたね。私は大森薫。医師だ。君を助けに来た。何より愛しているからね」


 大森と名乗った包帯の化け物は武の肩に手を優しく掛けた。親しい人間に対するような柔らかな触れ方だったが、手にこびり付いた血の感触で武は震え上がる。

 疑問ばかり出てくるが恐怖で生体が麻痺して震えた声で一言聞くのがやっとだ。


「な、何で……」


「君には愛が必要だからだ」


 武の目を自身の血が流れこもうと瞬きせず、ずっと見つめながら大森は答えた。


「困っているだろう、助けるには愛が無いと」


「馬鹿な」


 仲間以外の誰が助けてくれたというのか。武は否定したが包帯の化け物、大森は続けた。


「いや私は君を愛している。こんな姿だが確実にだ。もう少しマシな姿で会いたかったが、来る途中で交通事故に遭ってね。だが君を救うために包帯を巻いただけでここ、警察署の取調室に来たんだ」


「う、嘘だろう」


 半信半疑で武は尋ねた。


「なら、どうしてこんな状態でやって来るんだ。これほどの怪我なら入院していて良いはずだ。だが私は君を愛していたから、君を助けるために、何もかも、他を押し退けて、自分の怪我さえ押し退けてやって来たんだ」


 頭がおかしい、と武は思った。


「これが愛している証明で無ければ何をもって証明できると言うんだ?」


「き、傷は本物なのか」


「うん? ああ本物だよ」


 そう言って大森は包帯の巻かれた腕を見せると包帯を解き始めた。ガーゼを外すと糸で縫われた腕が現れた。


「金属片に切られてねぱっくりと割れたよ。おっと失礼」


 そう言って大森は自分のカバンから消毒液、塗り薬とガーゼを取り出すと傷口を塗り始めた。


「な、何を……」


「傷口が開いたからね。消毒して薬を塗り直しているんだ。一応、医者だから怪我の治療も大学で習っている」


 そう言って大森は自分の腕の開いた傷を治して包帯を巻き直し、武に言った。


「さあ、君を助けよう。他に助けようとする人はいないのだから」


 大森は武に向き直り、ゆっくりと座った。


「助けるって」


「君は都合が良い存在だったんだよ。グループ、リーダーにとって使い捨ての駒に出来ると考えて接近して籠絡して使っていたに過ぎない」


「馬鹿にするな! そんな訳あるか!」


 グループの事を言われて武は怒鳴った。しかし大森は冷静に返した。


「だが、君の仲間は来てくれないじゃないか。交通事故でこんな重傷を負った私が来たのに五体満足なのに信頼する彼らは来てくれない」


「そ、それは警察が邪魔して」


「どんな事があろうとも仲間の危機にやって来るのが仲間だろう。私でさえ交通事故を押してやって来ている。なのに君の言う仲間は来ようともしない。社会に対して反抗しているのに権力の犬である警察には楯突こうとしない。結局、口先だけだった」


「そんな事は無い!」


 武は激昂して叫ぶ。


「俺たちは社会に対して俺たちのような若い弱者を虐める傲慢な年寄り共に鉄槌を下してきたんだ」


「けど、君はそのことに疑問を持っていたんだろう」


「馬鹿を言うな!」


 大森の言葉に武は激昂した。


「正しいことをしているのに疑問を持つ訳ないだろう」


「だが、君は取り調べの時、情報をくれたじゃないか」


「俺は何も言っていないぞ」


「いや、君が教えてくれたお陰で八王子にあったグループのアジトを見つける事が出来たよ。情報通りコンビニのエイトの近くにあるビルだったよ。漫画雑誌の広告が近くにあり、隣は文房具屋だったよ」


 武は冷や汗が流れた。

 確かにグループのアジトのある場所だ。

 だが取り調べで喋った覚えはない。いや、朧気な記憶を頼りに考え直してみる。

 取り調べの時、何度も単調な質問をされたとき、思いつきで答えた事が幾度かあった。

 その時、アジトの所在である八王子とか近くのコンビニ、看板の事を話してしまったかもしれない。


「嘘だろ」


「間違いない。逮捕したのは本当だ」


 そう言って署長から預かった動画データをスマホで再生する。画面をティッシュで拭く必要があったがアジトへ警官が入り込み自分のリーダーが逮捕される瞬間が捉えられていた。


「……」


「君の情報のお陰で逮捕する事が出来たよ」


 大森が話しかけても武は黙ったままだった。いや、小刻みに震え冷や汗が滝の様に流れている。

 過呼吸が起きているのか呼吸も荒く、目は大きく開く。

 裏切ってしまった。

 自分のうかつな発言でグループを、リーダー達を窮地に陥れてしまった。

 仲間を裏切ってしまった事に武は衝撃を受け、濁流のような恐怖が全身に襲いかかり動けなくなってしまった。

 だが大森は話しを続けた。


「まあ、連中は逮捕されて当然だな」


「馬鹿を言うな! 俺たちは世の中の弱者の為に動いていたんだぞ!」


「君はそう思っていてもリーダーは違っていたようだ。君らを騙して動かし老人を騙して金を盗んでいただけだ」


「黙れ!」


 自分が尊敬する、恩人でもあるリーダーを侮辱されて武は怒鳴った。


「何か証拠でもあるのか!」


「引き出した金は幾らだ?」


「あ?」


「君が銀行で引き出した金だ。幾らあった?」


 警察に捕まったとき、武は銀行から金を引き出しているときだった。

 確か引き出していたのは一〇〇万ほどの筈だ。


「一〇〇万だよな。ほぼ毎日、引き出していたな」


 それは事実だ。毎日交代で誰かが銀行に行き金を引き出してくるのが日課だった。

 引き出しに制限があるため、一〇〇万ずつしか出せないからだ。


「だがリーダーが君たちのために一日に使った金は幾らだ?」


 聞かれて武は考えた。

 確か飲食店では十数万程。二、三軒はしごした事もあるが希だ。


「仲間と共同生活しているよな。怪しまれないようにシェアハウスをしているようだが、そのアパートの家賃は月額十万もしない。アジトの事務所の家賃も月額十数万だ。口座から引き出された金と使っている金の間に差があるな」


「あ、ああ」


 大森に尋ねられて武は同意した。確かに毎日一〇〇万も出しているのに金は日に五〇万も使っていない。

 その程度の計算は出来るが大森に言われるまで武は気が付かなかった。

 武の中で疑問が疑問を呼び、リーダーへの不信が募ったところで大森は写真を出した。


「君のリーダーがしていた事だ。君らを飲食店に連れて行った後自分一人新宿の風俗で遊んでいたぞ。それにグループとは別の口座に金を預けていた。他にも振り込み用の口座がいくつかあってそこからも毎日出していた。総額はこの数倍になる」


「……嘘だ」


「結構な額が貯まっている。溜め込んでいる老人と同じだな」


「嘘だ!」


 武は大きな声で怒鳴った。だが大森は動じずに尋ねた。


「では引き出した金と使った金の差額はどうなんだ? かなりの額になるが」


「だ、黙れ!」


 大森を大声で黙らせるが、武自身が疑問を持ちそれが急速に大きくなっている。

 信頼と疑念が頭の中で渦巻き武を引き裂く。


「……ち、違う! 何かの間違いだ!」


 だが武は疑念を振り払おうとする。

 自分たちが仲間と共に行った事は否定しない、否定できない。あの喜びと絆は何なのだ。

 共に過ごした生活を、どん底にあった自分を助け安寧をくれた時間が否定されるのか。

 その時間を否定された自分にはこの先に何が残るというのだ。

 だからこそ武は大森の言葉を否定していた。


「振り込め詐欺の駒にするために奢り、寝食を共にすることで抜け出さないようにしていただけだ。金を払うのが嫌だから共同生活をさせていた。君はリーダーに騙されていたんだ」


「嘘だ!」


 大森の言葉を大声で振り払おうとするとするが、一度頭に入った言葉は武の頭の中で回り続ける。

 否定すればするほど、疑問はより強くなり、ハッキリと思い出し始めた。

 何時間も狭い部屋に十数人も閉じ込めて電話をかけ続けさせられた。

 終わっても集団行動で飲食店以外に行けない。終わっても集団生活で狭い部屋に十数人閉じ込められて寝返りさえ難しい生活。

 ノルマを達成できなければ、全員の前で罵倒されて酷いときには殴られる。

 相手から金を受け取っても、口座から金を引き出しても直ぐに取り上げられ自分たちには殆ど回ってこない。

 騙し取っているだけ。

 それも武達からもリーダーが騙し取っている。


「あああああああああっっっっっっ」


 それまで武を支えていた精神が崩壊し大声で叫ぶと机の上に崩れ落ちた。

 机に突っ伏し泣き崩れる武に大森は声を掛けた。


「君の情報のお陰で君たちを騙し、詐欺を行っていた犯人を捕まえることが出来た。更に協力してくれるのなら、情報を提供してくれたら君が社会で自立できるように手助けする。君の協力が必要だし君しか知らないこともある。君を騙した犯人、悪人を捕まえるには君が必要なんだ」


大森の言葉に武は顔を上げた。

 そして数瞬の躊躇いの後、承諾した。


「わかった。協力する。ただ一つ答えてくれ」


「なんだい?」


「どうしてあんたはここまで俺にしてくれるんだ」


 武の言葉に大森は答えた。


「君を愛しているからだよ」

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