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過去

 絶対に口を割らない。

 仲間の事は話さない。

 俺たちは間違った事はしていない。

 一人にされた鈴木武は改めて自分に言い聞かせていた。

 人の事を悪く言うのは大人の常套手段だ。

 何かにつけて子供に悪口を言って騙し操るだけの汚い奴らだ。

 将来のためと言いつつ、下らない習い事や塾に押し込めて時間を浪費させる。

 やっていることは動画サイトより下等で鑑賞に堪えないものだし、塾は教科書の内容を口にするだけ。これもインターネットのサイトから見つけて読む方が早いし役に立つ。

 しかもタダで。

 それなのに程度の低い授業を一時間半もの長時間、いや移動時間を含めれば、それ以上の浪費と月謝という搾取を行う塾などに行きたくない。

 学校だって同じだ。

 大して教え方の上手い教師でもないのに何時間も拘束された挙げ句、居残りとか言い渡されるなどやっていられない。

 教え方が下手だから、勉強が捗らないんだよ。

 それを理解出来ず講師達や親共は責任を生徒、子息に押し付けていやがる。

 何とか遅れを取り戻そうとしても、学校では足りない勉強を塾で行うと言って程度の低い無意味な授業を行う塾に行かされる。

 塾の勉強もしなければならずブラック企業以上の悪い状況に置かれる事になる。

 いやブラック企業は給料が出るだけマシだ。月謝と言って搾取し時間を浪費させるのだから。

 学校と塾、そして家だけしか無い世界。

 自由、人権を授業で教えながら、自由も人権も無い世界。

 大人達の都合と欲によって搾取されるだけの自分。

 家を出て行こうとしても未成年だと言われて就労も住居も手に入れられない。

 法律で禁止されているからだ。

 自分が生まれる前に決まった上に、変えることも異議も唱える事も出来ない状態で何が法律だ。

 ただただ奪って、大人たちが利益と欲を満たすだけ。しかもそいつらは法律が守ってくれる。

 ならば自分が奪い返しても良いではないか。

 自分たちから奪った金と時間を奪い返して何が悪い。

 法律違反?

 奪い返されるのを防ぐ為の法律だろう。

 そんなものを守るつもりなんて無い。

 だが無力な子供であった鈴木武には実行できる力が無かった。

 そんな時、仲間と出会った。

 塾で成績が悪くて居残りを命じられたあと、散々叱られたあとの帰り道。帰宅後にオヤジに叱られると思い、足を引きずるように歩いていた時、リーダーと出会った。


「酷い顔だな。疲れているようだな飯でも食わないか? 奢るぜ」


 遊び人風の奴で初めは武も警戒していた。

 しかし、問題が解けるまで飯抜きで居残り補習をしていた身体は正直で空腹を訴えており、抵抗は無意味だった。

 そのまま近くのレストランに連れて行かれておすすめメニューを提供された。

 本当に飯も奢ってくれたし、金銭を要求されることも無かった。

 それ以降も毎晩会うようになり塾の後だけでなく塾の前にも会って食事をするようになった。しかも金は向こう持ち。

 警戒心も徐々に薄くなり、徐々に身の上を話すようになった。

 塾も学校も友達と呼べる人間は居なかった。全てライバルで蹴落とす対象だ。

 今は仲良くても入試となれば誰かが合格する代わりに自分が落ちる。そんな世界だ。

 そんな気が狂った世界に鬱屈した武にとって彼らとの時間は天国のようだった。

 自分の気持ちを素直に話せる相手が居なかったこともあり、本心から話し合った。

 親など、話に付き合ってくれない。泣き言を言うな、と途中で打ち切るのがオチだ。

 だが彼らは最後まで否定も無く話しを聞いてくれた。だから、何度も会いに行った。

 会う度に人数が増えて行き、彼らと徐々に打ち解けて行く。

 彼らとの時間が退屈な塾や学校生活の気晴らしになって感謝の気持ちを抱くようになったとき、彼らは切り出してきた。


「なあ、大人どもから金を奪い返さないか?」


 老後のためと言って溜め込んで社会に使わない老人共の金を奪い返し、自分たちが社会の為に役立てるんだ。

 金は世の中に回ってこそ潤う。溜め込むと社会に回る金が少なくなる。

 だから溜め込んでいる老人から奪い返すのは社会の為になる。寧ろ正義であり、社会に貢献しない大人を成敗する大義だ。

 安っぽいヒーロー物のような話で武も最初は乗り気では無かった。


「このまま唯々諾々と従っていくのか?」


 その言葉を聞くまでは。


「大人達から奪われっぱなしでいいのか?」


 これまで受けてきた屈辱が、心の奥底に溜まっていた澱のような、どす黒い感情が武の中に浮き上がってきた。


「……仕返ししたい」


 ポツリと武は言った。

 復讐は何も産まない、と大人は言う。

 では犯罪を見過ごして良いのか。このような不平等を見過ごして良いのか。

 知っていって放置している。


「黙っているだけでは何も変わらない」


 その言葉に背中を押されて武はグループに入った。


「自分たちがやっていることは犯罪ではない。大人共が溜め込んでいる金を引き出して若者に配るためだ。金は使わなければ経済に寄与しない。守銭奴など不景気の原因だ。だから引き出せ」


 そう言ってリーダーは自分たちのやり方で世の中を変えて行こうと話し合った。


「連中は狡猾だ。正面から言っても金を出さない。だから芝居を打つ」


 そうやって息子や娘、時に役人を装って金を引き出させ、口座に移させる。


「他人の痛みなどお構いなしの連中だが、肉親に関しては比較的弱い。さらに弱い物虐めが好きだが強者に媚びる。役所などの公的機関を堂々と名乗って支払いを催促すれば良い。それに見栄だ。連中は年齢以外に誇るものが無いから見栄を虚栄を張っている。メンツが潰れるのを何よりも恐れている。エロサイトの会費徴収や裁判、押収をちらつかせれば、金を出す」


 確かに塾の講師共も質問してもやたらとはぐらかすことが多かった。教科書の説明ばかり読み、生徒に問題集をやらせるのみだった。

 質問に答えられないから自分で考えろ等と言っているのだ。

 今責め立てているのも自分たちが無能なのを隠すために自分を責め立てている。


「そういうことか」


 納得した鈴木武は、これは罠だと自分に言い聞かせた。

 自分を仲間から引き離すための罠であり、策略。仲間から話して自分を参らせるつもりだ。

 協力すれば助かると言っているが、連中は自分を助けるつもりなど無い。

 武はこれまでの事を反芻し始めた。

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