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尋問

「あの、署長から連絡を受けた大森医院の者ですが」


 やって来た美人は、玄関先にいた松田の顔を覗き込むように話しかけた。


「あ、すいません。お待ちしていました。まさか女医さんだとは思いませんでした」


「え? あ、いいえ、私は看護師の谷町涼子です」


 谷町涼子と名乗った看護師は細い指で自分の名刺を差し出して自己紹介した。


「え? 先生は?」


「アメリカに出張中で、今成田に着いてこちらに向かっているそうです」

 開業して間もない町医者がアメリカに出張とは見栄を張っているのだろうか、と松田は思った。

 開業して間もないと運転資金とか大変で海外に行けるような余裕は無いと思うのだが。

 やはり医者は持っている金額が違うのだろうか。

 医師の中で下の方のランクでも、医師と警官という階層の違いで持っているものも違うのだろうか。

 松田は格差社会の一端を見せつけられる思いだった。


「しかし、弱ったな。看護師の人にやって貰うのは」


「あ、そのことで先生から指示が出ています」


「一寸待ってくれ。私たちは警察だ。医師免許なんて持っていないから医療行為なんて出来ないぞ」


 医療行為が行えるのは医師法により医師のみに限定されている。

 看護師も医師の補佐、指示を受けて介助などに動くだけで、二一世紀まで静脈注射さえ違法と解釈されていた。

 それだけ医療行為は重大な仕事と見なされている。

 何より警察官として、法の番人として違法行為を堂々と行うなど松田には出来ない。


「いえ、警察の方々でないと無理な事だそうです」


 谷町の小さな口から紡ぎ出される言葉に松田は疑問符を浮かべた。




「おい! 俺をこんな所に閉じ込めやがって! とっとと解放しろ!」


 取調室の中に入れられて鈴木武は叫び続けている。


「黙るんだ!」


 取調室に入った松田が大声で怒鳴り返す。


「こんな所に入れて不法逮捕じゃ無いのか!」


「今はこちらの温情で参考人として聞いてやっているんだ。このままだとお前は犯罪者として逮捕され刑務所行きだぞ!」


「やれるもんならやってみやがれ!」


「ほうそうか。数年間のムショ暮らしでも良いのか。一度入ったら出られないぞ。四六時中監視され移動は制限され死後も現金だ。執行猶予が付くと思うなよ。最近の裁判員裁判は重くなるからな。猶予無しの判決は多い。詐欺などの卑劣な犯罪は重くなる傾向がある。長い勤めになるぞ」


「怖くねえぞ!」


「おう、そうか!」


 そうした怒鳴り合いは一時間にもわたって続いた。その間、一切の休憩はなし。ひたすら話し続ける。そして、一時間経つと交代して続いて入った藤田が同じように質問を繰り返した。


「やったぞ……」


 取調室から隣室に移った松田は水を一杯飲んで谷町に言った。


「ありがとうございます」


「本当にこれでいいのか」


 大森医師の指示は、兎に角相手を激昂させて怒鳴らせること。相手が大人しくなるまで怒鳴らせ続ける。自傷行為があったときは止めるように指示されているが、今のところ大丈夫そうだ。

 ただ松田には疑問がある。取り調べの際に突然怒鳴るのはテクニックとしてやっているので平気だが、これが医師の医療行為の準備とは思えなかった。




「名前は」


「鈴木武」


「現住所は?」


「東京都の豊野」


「本籍は?」


「山梨県」


「年齢は?」


「……一八……」


「生年月日は?」


「……何度目だよ」


「答えるんだ」


「……一九九七年四月」


「現住所は?」


「東京都八王子……」


「豊野じゃ無いのか? 何故八王子なんだ? 八王子に何があるんだ?」


「何回目だよ!」


 苛立った署長の息子、鈴木武は怒鳴った。

 先ほどの若い松田に続いて藤田という刑事からずっと質問攻めを受けている。

 少し席を外して取調室から出て行ったかと思うと直ぐに戻って来て質問開始。それをずっとだ。

 尋ねることは住所、年齢、生年月日、本籍地、学歴、アルバイト歴などたわいも無いことだ。だが矢継ぎ早に尋ねてくる上に、何度も同じ質問を繰り返してくる。

 そして前後の質問と矛盾があると直ぐに指摘してくる。

 それを何度も繰り返していた。


「両親の名前は?」


「いい加減にしろよ!」


 遂に立ち上がって怒りを武は藤田にぶつけた。


「何でこんな下らない質問を何度もやらせて答えなくちゃならないんだ! 何回目だよ! 自分たちが偉いという事を示したいのか権力の犬共! それとも覚えられないから何度も聞くのかよ!」


「間違いが無いか確認するためだ」


「何十回も確認するのか」


「そう確認の為に」


「確認の確認の為か」


「そうだ」


「巫山戯るな!」


 再び、怒鳴るが藤田は黙ったままだった。


「では違う質問だ。小学校は何処を出た」


「豊野小学校」


「仲間とは何処で出会った」


「立川」


「好きなコンビニは?」


「エイト」


「看板広告と言えば?」


「漫画雑誌」


「隣にある店は?」


「文房具屋」


 藤田の質問に武は苛立ちながらも投げ槍に答えていった。




「よく続けるな」


 別室でマジックミラー越しに見ていた松田はウンザリした。

 大森という医師の指示に従って動いているが、これで良いのかと思っている。

 怒鳴らせ続けた後は、藤田さんによる質問攻めだ。

 それも何時間も。同じ質問を何回、何十回と。

 そして矛盾があれば、そこを突く。何故嘘を言うのか、徹底的に追求する。

 取り調べに慣れている藤田さんだからこそ出来る事だが、かなり骨だ。


「これで良いのか?」


「はい、先生の指示通りです」


 隣にい看護師の谷町が答えた。

 大森医師の指示は休まずに質問攻めにすること。決して間を空けず質問者は交代しても良いが相手には休む暇を与えるな。


「これで役に立つのか」


「先生の指示は的確……のはずです」


「はずって……」


「実は雇われてからそんなに日が経っていなくて、こういうことは初めてなんです。先生の指示に従う以外に知らなくて……」


 谷町の返答に松田は呆れ、不安になる。


「そろそろ飯の時間だな。言われたとおりにしたが」


「はい、お願いします」




「一寸、休憩しようか。飯でも食ってくれ」


「ようやくか」


 何時間も質問攻めに遭っていた鈴木武は食事が摂れると聞いてホッとした。

 これまでずっと質問を受けて腹が減っていた。


「見られていると食えないだろう。席を外す」


 藤田が取調室を出て行くと入れ替わりに松田が入ってきて鈴木貴に食事を渡した。


「何だよこれ。少なすぎないか」


 渡された食事を見て鈴木武は抗議した。

 出されたのは、サンドウィッチ。レタスと薄いハムが一枚が薄いパンに挟まれただけの代物が二切れ。飲み物もコップに入れられた水だけ。


「これじゃあ足りねえよ」


「いらないのか。これしか無いが」


「もっと寄越せよ」


「次はまともなものを用意するように伝える。何がいい?」


「ステーキにフォアグラ」


「何処のステーキがいいんだ。フォアグラの種類は?」


「……待てよこいつを喰ってからだ」


「担当に伝えておきたいんで答えてくれないか」


「食事の時も質問攻めかよ」


 まともに受けるとは思っていなくて鈴木武は、呆れてからとりあえずッ目の前のサンドイッチを食べた。無いよりマシだと思い口に入れる。

 だが予想通り、量が少なく直ぐに食べ終わってしまった。


「で、食べたい物は?」


「ラーメン、カップ麵でもいい」


「ステーキとフォアグラは?」


「次で良い、今すぐラーメンが食べたい。カップ麵でも良いから喰いたいんだ」


「種類は何がいいんだ?」


「カップヌード〇」


「緑じゃないのか、焼きそばやスパゲッティもあるぞ。他は良いのか?」


「何でもいいよ」


「それだと購入するとき困る」


「兎に角、何でも良いから食べさせてくれよ」


 その時、藤田が入って来た。


「お疲れ様です」


「邪魔したかい?」


「いえ、今食事を終えた所です。丁度良かった」


「量が少ないぞ。もっと食わせろ」


 武は文句を言ったが二人は受け流した。


「次は良いものを出すよ。ああ、ところでステーキは何処の肉が良い? 焼き加減は?」


「今すぐカップ麵を喰わせろ」


「ステーキは良いのか?」


「腹が減ったんだ。今すぐ何か食わせろ


「じゃあ、大急ぎで買ってこよう」


 そう言って松田は取調室から出て行った。


「では、質問を再開しよう」


「休ませてくれよ」


「いや、まだ聞いていないことがある」


「何をだ」


「現住所」


「何十回目だよ!」




「本当にこれでいいのか?」


「はい、先生の指示通りです」


 隣室に移った松田は谷町に聞いた。

 大森医師の指示は、相手を休ませず質問を続ける事。飲食は最低限で、睡眠も出来る限り与えるなということだった。


「本当に良いのか?」


「ええ、指示通りです」


「違う、これで本当に上手く行くのか、正しいのか聞いているんだ」


「……分かりません」


「分からないって……」


 気弱な谷町に松田は不安になったが、谷町は涙目で答えた。


「だって私、精神科の病院に勤めるのは初めてなんですよ。前は大病院の内科と町の小さな医院でしたし」


「済まない」


 涙目になった谷町に松田は謝った。


「と、兎に角、もうすぐ先生が来るはずですし、もう少しお待ちを」


「そうですね。しかし遅いな」


 予定では、既に到着していてもおかしく無い。

 その時谷町のスマホが鳴った。


「あ、先生です。もしもし、谷町です。あとどれくらいでいらっしゃいます? え?」


 谷町はスマホを持ったまま固まった。

 何事かと松田が見ていると谷町はポツリと答えた。


「ここに来る途中、交通事故に遭って病院に運ばれている?」

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