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終幕

「息子を帰さないというが、本当なのか」


 武の母親が帰った後、入れ替わるように署長の鈴木貴がやって来て大森に詰め寄った。


「彼にはまだ治療が必要だと判断しました」


「医師の権限乱用では?」


「医学的見知から行ったものです。ご不安なら診断書を作成しますが」


「兎に角息子を退院させるんだ。もう治っているだろう。犯行グループも逮捕し壊滅しているし、大人しくなったのなら直ったのだろう」


「彼は自立できていません。当院で暫くの間、指導を行います」


「たかが医師一人が勝手な事をするんじゃない。なんなら監禁の現行犯で逮捕するぞ」


 署長は怒鳴るが大森は、涼しい顔で受け流した。


「どうぞご自由に。ですが、宜しいのですか?」


「何がだ」


「取調室の私的流用。息子とはいえ逮捕状も無いのに監禁しましたし、私たち民間人を入れた。部下を私用で働かせた。犯人グループのメンバーらしき現金の引き出し役を、身内という理由で逮捕しなかった」


 次々と署長の違反を述べていく大森に鈴木は顔面蒼白となった。

 自分の息子が犯行グループのメンバーだったというのは自分の経歴の汚点でしか無く、バレると不味い。


「逮捕されたら、これらの事も証言しなくてはなりませんね。検察や警視庁警務部の監察官に伝えざるを得ませんね」


 官公庁の不祥事が騒がれているがそんなのは氷山の一角であり、バレなければ良い。

 だがバレたら世間から指弾される。


「しょ、証拠は無いだろう!」


 そういう署長に大森はICレコーダーを取り出して再生させた。


『君を救うために包帯を巻いただけでここ、警察署の取調室に来たんだ』


 流れ出たのは取調室内の会話記録、大森と武の話だった。

 隣室で署長も聞いていたので良く覚えている。だが、それでも否定した。


「だ、だが、取調室で話されたという証拠は無いだろう」


 大森は早送りボタンを押して再び再生させた。


『取調室を使ったことだ。私的使用など無かった』


『はい、治療の為に入っただけですから』


 取調室から出てきた後の署長の会話も含まれていた。


「診察記録は必要ですから録音させていただきました。ただ、たまたまスイッチを切り忘れて取調室の外での会話も録音してしまいました」


「きょ、脅迫するのか」


「まさか、何か悪い事をしているような言い方ですね。それともしているのですか? 私はただ、入院患者の入院継続を保護者である貴方に進めているだけですよ。お認め下さいますね」


 大森は、交通事故で傷だらけの顔で笑って署長に頼み込んだ。




 押し切られて入院継続を認め、項垂れながら署長は大森医院を後にした。


「宜しいのですか?」


 落ち込む署長の背中を見ながら谷町が尋ねる。


「言っただろう、依存対象から隔離する、距離を置く必要がある。自立するには必要なんだ」


 大森は谷町に言うが、谷町にはやり過ぎな様に思えた。

 そして、思った疑問をぶつけた。


「あの思ったんですけど」


「なんだい?」


「先生のデプログラム――脱洗脳の方法は洗脳と同じですよね」


 取調室に入れて情報入力を制限して質問攻めで情報入力を過剰にした。

 食事睡眠を制限して脳を慢性疲労の状態に置いた。

 君を救うと言って救済を断言した。

 そして、愛している繰り返し、愛されたい願望を取り込んだ。

 今までの武に対する対処法はいずれも洗脳の手法だ。


「そうだよ」


 大森は谷町の言葉をあっさりと認めた。


「洗脳された患者は、逆洗脳で一度依存対象から離す必要がある。他にも方法はあるが短期間で効果が有るのは洗脳の技術だ」


 逆洗脳は洗脳の技術を使って依存対象から離れるように洗脳するものだ。


「先生が意のままに洗脳ですか」


「使っている技術が洗脳であることは認める。だが、技術というのは誰が使おうが同じような結果になるよう確立された方法ということでしかない。使い方次第だ」


 例えば勉強するとき、他の情報から離れて集中するというのは大事だ。

 インターネットをやったりやテレビを見ながらやっても捗らない。

 そこでそれらの情報をシャットダウンして自らトンネルに入り込み、ひたすら勉強をする事で効果を上げることは出来る。学校の授業や塾の夏季講習での合宿などもこの効果を狙っている。

 だが、それも善し悪しであり過剰にやるとマインドコントロールされた状態になる。

 塩みたいなもので、過剰に取れば高血圧などの病気になるが、全く取らないと摂取不足で脱水症状や昏睡を引きおこす。

 何事もバランスが大事だ。


「では、このまま自己判断を許さず、依存状態にするのですか」


「いや、私はしない」


 谷町の言葉に大森は断言した。


「使っている手段が同じだけで目的は違う。マインドコントロール――洗脳は相手を自己判断が出来ない状態にすること、依存状態にすることだ。その状態を脱することで成功する。教団やグループから抜け出して安定しているように見えても、依存する相手が見つかっていないだけで依存対象を見つけると再びマインドコントロールされる」


 実際、デプログラムのあと再びマインドコントロールされたり教団に戻った例も多い。

 元々、頼るべき物が無く依存する対象を求めていた人間から依存対象を取り除いただけで、他の依存対象を見つけたら再び依存状態になる。


「患者が自立して自己判断できるようになるのが必要だ」


「それでは」


「まずは日常生活が送れるようにすることだ。身の回りの事が出来るようになってから、アルバイトの紹介をして自分で働いて貰おう」


「アルバイトですか?」


「経済的な自立は自己を確立させ、心身を安定させるには重要だ」


 実際、マインドコントロールされた人や依存症の患者にアルバイトを紹介したり資格を取得させ就職させることで依存を克服する事は多い。


「彼も自分で稼ぐことで自信が持てるようになるだろう」


「ちゃんと考えているんですね」


「でないとこれまでの仕込みが水の泡だ」


「……どういう事ですか?」


「開業にあたって脱洗脳は色々と制約があるからな。条件の良い場所を選んでここにしたんだ」


「立地上の問題ですよね」


「立地だけでなく警察の協力が得られるかも問題でね。精神病患者相手だと色々と強制執行する必要がある」


 措置入院などの権限があるとはいえ無理矢理患者を連れてくると誘拐や暴行で警察が出てきて余計な交渉に振り回されることになる。


「そのため地元の警察と友好的になる必要があった。その中で署長の息子が不登校で問題を抱えていると知って、ここにしたんだ」


 密かに息子である武を観察し病状を診断して状況を把握していた。でなければ、直ぐに精神病に対応できる訳が無い。

 医師会のパーティーで、さりげなく署長に接近し挨拶して印象を残し大森に相談に来るように仕向けた。


「まさか、アメリカ出張や交通事故も仕組んだんですか」


「あれは本当に偶然だ」


 アメリカの学会での情報収集は前から予定されていた。

 その間に受診の用件が入ってくるとは思わなかった。交通事故など本当に運悪く出会ってしまった。

 誰が好き好んで重傷になるか。

 今回大森が包帯姿で出て行ったのは、無残な自分の姿を脱洗脳に利用できるからでしかない。

 通常なら他にも方法がある。


「結局、武君を救うんでは無くて先生自身の為に動いたんですね」


「まさか。言ったじゃ無いか僕は患者を愛しているんだよ。患者を救うことが僕の仕事だ」


 傷だらけの顔で大森はニヤリと笑った。


「さあ環境も状況も整ったことだしバンバン治療するぞ」

えー……とりあえず完結です。

御愛読ありがとうございました。

変に気合いが入ってしまったせいかいつも以上に乱文気味だった気がします。

それでも本当に、お付き合い下さった事、ありがとうございます。


来週月曜日から鉄道英雄伝説の新章を投稿しようと思いますので、宜しくお願いします。

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