連行
お久しぶりです。葉山宗次郎です。
性懲りも無く新作を投稿させていただきます。
マインドコントロールの本を読んで影響されて書いてしまいました。
精神医学系は専門外なのですが、昔から興味があったので勉強のつもりで書いております。
今までのとは毛色が違うので、これまでの作品を読んで頂いた方には、違和感を感じさせてしまうかもしれませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
初めての方も、読みやすいように書いたつもりですが、分かりにくいと思った箇所はドシドシご指摘下さい。
勿論、応援の感想もお待ちしております。
「畜生! 放しやがれ!」
都心から西へ離れた一軒家の並ぶベットタウン、豊野市。
その豊野の治安を守る警視庁豊野警察署の玄関に怒鳴り声が響いた。
一人の若者を数人の警察官が抑え、署内の奥にある取調室へ連れて行く。
連れ込まれた若者は刑事の前に連れ出され、尋問を受ける。
「俺は何もしていない! こんな所に連れ込むなんて警察の人権侵害だ! 不当逮捕だ!」
椅子に座っても若者は喚く。
だが、取り調べに当たる刑事藤田藤吾は動じず取り調べを続ける。
「嘘を吐くな、振り込め詐欺で得た金を引き出そうとしていただろう」
「引き出してくれと頼まれたんだよ」
「そんなのが通用すると思っているのか。仲間は何処だ」
「俺は何も喋らないぞ!」
「協力すれば罪には問われないぞ」
「……」
それまでの態度から一変して若者は黙り込んだ。
「このままだと犯行グループの一員として逮捕され刑務所に行くことになるぞ」
「……」
藤田は脅すが若者は黙ったままだった。
「締め上げれば一発で落ちそうですね」
取調室の隣部屋、マジックミラー越しに取調室を見ていた若い刑事松田修吾が呟いた。
あの若者を連れ込んだ刑事の一人でまだ若いが幾つか事件を解決し取り調べにも同席している。ホシが落ちるか落ちないか顔や態度を見れば、ある程度わかる。
特に藤田刑事の取り調べが上手いことは知っており、矛盾を突きだして落とすことに長けているのは知っている。
若いが頑固な所があり多少時間はかかるかもしれないが、いずれ落ちるだろう。
「このまま逮捕して犯行グループの一員として送り出せば良いのに」
「そういう訳にもいかない」
苦虫を噛むように刑事課長の宮永は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「どういう事ですか?」
「奴の名前は鈴木武だ」
「鈴木……」
聞いたことのある名前に松田は首を傾げた。
その時、部屋に入ってくる人物がいた。
「署長」
宮永達の上司であり青山警察署署長鈴木貴だ。
宮永も松田も敬礼して迎える。
「取り調べはどうだ?」
「はい、協力を求めていますが強情でして」
「馬鹿息子が」
署長の吐き捨てるような台詞に松田は状況を理解した。
今取り調べられているのは署長の息子だったのだ。
署長の息子が犯行グループの一員として逮捕されるのは、避けたいはず。前――前科が付くのも不味い。
だから協力者として口を開かせ証言させ無罪を勝ち取ろうというのだ。
これなら署長の経歴にも傷は付かない。
そのため自白では無く情報提供という形に持って行きたいので、手荒な尋問も手続きも出来ない。
「まったく、昔からキチンと教育してやったのに、出来の悪い奴が。習い事や塾に通わせ私立の有名校に送ってやっているのに長続きもせず、成績も低いままだ。何とも不甲斐ない。親の期待に叛きおって。厳しく指導しても言う事を聞かず、外に飛び出して詐欺グループの一員になるとは」
愚痴をこぼす署長の言葉を止める事は誰も出来ず、署長は続ける。
「協力者として、途中で知って警察に通報したことに出来ないか」
「あそこまで頑なになりますと無関係を証明するのは難しいでしょう。現金を引き出そうとした上に証言を拒絶しているのでは難しいです」
知らずに引き出し役をやっていたとしても、警察への協力が無ければ証明できない。
あのように頑なに喋らないのは仲間を売りたくないという態度そのものであり、グループの一員である事を証明するようなものだ。
「一員である事は間違いないかと」
「いや、息子は犯行グループに洗脳されているんだ」
「洗脳って……」
SFじみた言葉を放った署長に松田は呆れるが、署長は本気だったようだ。
そして自分の言葉で何かを思い出したのか、署長は名刺入れから一枚取り出すとガラケーで名刺の連絡先に電話をかけ始めた。
神経・精神・心療内科 大森医院
医院長 大森薫
心の悩み、心身の不調にお答えします。お気軽にご相談下さい。
名刺に印刷されていて松田が読めた文言は以上だ。
最近開業した医院のようで最近流行のカウンセラーだろうか。
電話は直ぐに繋がり早口でまくし立てる
「もしもし、私だ鈴木だ。大森医師はいるか? 大至急署に来て欲しい。無理? いや、直ぐに来て欲しい! 大至急だ!」
「署長大丈夫ですか? そんな怪しげな医者を署内に呼ぶのは危険では」
松田は怪しげな医師がやってくる事を危惧した。
鬱は心の風邪です、と言う文言が流行ってから精神系の医院が増えたように松田は思える。
何より、精神や心療内科は相談が主で高い機材などを購入する必要が無いので開業しやすい。
内科などで開業できない医師が手っ取り早く精神科や心療内科を選び開業するのだ。
近年は学校や職場でハラスメント受け心身を壊したという人が多いこともあって繁盛している話もある。
内科や外科からあぶれた藪医者の助けを借りるなど藁を掴むようなものだ、と松田は思った。
それに精神科医の中には碌に専門の学習も訓練を受けず開業し、患者から適当に話を聞いてクスリを出して金を取るだけの者も居るという。
そんな奴に被疑者を会わせるのは時間の無駄に松田は思えた。
「いや、この大森医師は海外で脱洗脳の専門の訓練を受けた優秀な医師という事だ。この前、医師会のパーティーに出席したとき会ったが優秀そうだ」
「はあ」
ただの警官なのに医師の腕の善し悪しなど判るのか、と松田は口に出したかったが止めた。
「直ぐに来てくれるそうだ。署の玄関に向かってくれ」
「分かりました」
松田は署長の命令に従った。だが内心は晴れない。
署長の息子とはいえ、被疑者を詐欺グループの一員を特別扱いして協力者に仕立てるとは。
確かに組織犯罪は内部からの情報提供が組織の壊滅に役に立つ。
だが、これは署長の息子に前――前科が付かないようにするための署長の私的な行為だ。
精神鑑定が必要という理由付けも出来るだろうが、内規に逸脱するのではないか。
松田は疑問に思いながらも玄関に向かった。
警察官であり上下関係は絶対だ。一応警務部の監察に通報することも出来るが、それが知られると今後の勤務で上司に疎まれる可能性が高い。
再就職も碌に出来ない今の景気では警察に残る以外に松田が人生を全うすることは無理だ。
なので波風を立てないように従うしかない。
玄関に着くと松田は、その大森という医師の到着を待った。
暫くするとタクシーがやって来て扉を開いた。
中から出てきたのは黒のショートカットの小柄な女性だった。
顔立ちは整っているが小さく可愛らしく見える美人だ。
彼女はタクシーからカバンを下ろすと松田の元にやって来た。