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カノンとあいつ  作者: TAO
5/9

なまえ












挿絵(By みてみん)









ф ──── ф ──── ф ────







「どこに行ってたの?」



気が付いた私に、准が惚けた顔で尋ねる。






いつの間にここに通されたのか、私達はしっくりとお尻に馴染むオーク調の椅子に腰掛け、運ばれてきた飲み物はどのグラスも水滴の結露を浮かせて、私が口を付けるのを待ちくたびれている。



女の子の、不思議そうに私を見つめる瞳……。



蝋燭の青い炎が揺れる度、テーブルクロスの薄紫が、その濃淡を自在に変化させて見せる。



二人の肩越しにはバーカウンターが設えられていて、時折女の人の笑い声が聞こえる。



背の高い鷲鼻のバーテンダーはきびきびと仕事をこなし、間接照明で浮かび上がる19世紀のリトグラフが、店の品格を引き立てている。





そしてあの心地良いカノンの調べは、たった今も四年前の煌めきそのままに、まるで時空を飛び越えて私達を祝福し続けている。








「君、それでよかった?」



モスコミュール………


覚えててくれたんだ。






「ねぇ准、わたしの名前…忘れたとか言わないよね?」



「忘れないよ」



私の両方の目を一つずつ確かめるように、優しく覗き込む准。



「…それに証拠だってあるんだから」



准があの時みたいに差し出す水色の大学ノートには、地球を中心にした惑星の軌道も、へんてこな太陽も描かれていない代わりに、今度は、毛筆で書かれた二文字の漢字が三つ、丁寧に並べられていた。


















───── 由季





───── 志帆





───── 未由










准に寄りかかるようにして瞳を輝かせる女の子と不意に目が合う。






「これって…名前よね?」



「そう、この子のね…」



「クイズな訳?」



「違うよ、君に決めて欲しいんだ」



准が女の子に顔を近づけて小さな目配せをすると、

「せーのーでやるの!」


まだ舌足らずの声が、好奇心を抑揚に代えて言う。



「僕は決めてるし、この子も決めてる…でもそれは内緒なんだ」




准が促す「…ねっ?」の声に、女の子が身体を揺らして頷く。




なんか、さっきから私だけ置き去りにされてる…。



准……………



何言ってるの?




「勿論、君次第なんだ、この子はずっと君を待ってたんだ」







その三つの名前はどれも、私の“志由”の名前から一文字ずつ宛てがわれていて…。




──── えっ、まさか!




そうなの?




………この子




ここでずっと待ってくれてたの?




私の中に封印されてきた感情が“夢という現実”を使って、少しずつ少しずつ私を孤独の淵に追いやろうとしている。



心の中で助けて!って叫んでも…駄目?



神様…お願いだから、私をもう少しここに居させて!








───── ───── ─────







私達はまるで普通の親子みたいに、とりとめもない談笑を楽しんでいる。


浅い夢のような、未知の感覚に包まれた幸せな高揚感。


綺麗な音楽……


一秒でも長くこうして居たい……。


もうちょっと。


あと少しでいいから!






それでももう一人の醒めた私は、守り抜こうと決めていたタブーを侵そうとして、密かに言葉を選ぼうとさえしている。



─── 感情の矛盾に赤い舌を出して笑っても平気な、もう一人の私。











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