8 お、襲われる!?
「っあた!!」
私はたまらず声を出した。
私の心地よかった眠りを妨げたのはお尻に来た急な激痛だった。
さながら、落とされたような。・・・
落とされた。
私は袋が動いていない。床に置かれていることに気がついた。
ここはヴァンの袋の中。
埃臭くて、狭くてくらい。
「・・・いったぁい。」
私は不満をこぼしながら袋の口から頭を出した。
そこには綺麗、とは言えないが簡素な作りの客室があった。
周りを見渡してみるとベッドに横たわるヴァンの姿しかない。
「ついたの?」
「あぁ。意外な重労働だった。少し休む。適当にしてな。もう宿だ」
彼はそう言って体を大の字に伸ばして休んでいるようだった。
適当にしてろ。と言われても、袋の中に押し込められているこの状態ではなかなかにしんどい。
動かせる範囲で体を動かし、どうにか袋から脱出をしてみる。
体が埃まみれで汚い。どこか水浴びかお風呂があればいいのだけど・・・。
窓には薄いカーテンがあり、その向こうにはオレンジに光る空。
どうやら、もう夕方らしい。
カーテン越しに外の景色を見てみると、遠くに大きな山が見える。
(あれが、私のいた村のある山かな・・・)
生まれてから村の外に出たことのない私は外から見る山も、村も、今ここにいる街の景色も始めてばかりだった。
町には多くの民家が有り、人が行き交っている。
確かに、これだけ多くの人がいればブライスたちと遭遇する可能性も少ないだろうし、もしトラブルになってもこれだけの人がいれば昨日みたいにいきなり襲われないだろうけど。
「ねぇ。ヴァン?」
彼は寝ていた。大きなイビキをかいて、気持ちよさそうに寝ていた。
こんな見知らぬ土地でひとり置いてかれても・・・。
でも、ブライスたちとは違う雰囲気の人だった。
口は悪い。
態度は悪い。
こわい。
無愛想。
そんな彼から感じる怖さは、優しい怖さだった。
しばらく彼の寝ている姿を観察して、待っていても退屈だし、山からは脱出できたし、実際に私が寝ている間に売らなかったし、この人の依頼を聞いてみようと思う。
依頼なのかわからないけど、傷を治す。今は腕を治したい。それが彼の希望。
治癒魔法が付ける人間からしたら簡単なのだろうけど、世の中には自分の特技で人助けじゃなくてお金儲けしかしない人がいるとは。私の村では助け合っていくのが普通なのに、外の世界では違うみたい。
私は彼の左手にそっと手を当ててみる。
言われてみれば、肘から下の部分が異様にボコボコとしている。
「癒しの光よ。」
私は彼の左腕に手を当て、そのまま腕が元に戻るまで治癒魔法を続ける。
ゆっくりと休めたおかげで、体力も魔力もじゅうぶん残っている。
回復魔法はDランクで決して高くはないけど、時間がかかってもいいなら治せる。
私は彼の腕が動くように、そのまま治癒魔法をかけ続けた。
宿のお風呂は狭かった。
でも、あの埃臭いまま。泥だらけのままではいられない・・・。
正直、着替えもない。
来ていた服は破けたりして今思えばけっこうひどい状態だった。
(お金なんて、持ってないしなぁ。)
私はお風呂に入りながら目を閉じてぼーっと考えていた。
村でのこと。
ブライスたちのこと。
昨夜のこと。
ヴァンのこと。
今いる自分の場所のこと。
なんだろう。この先、海まで行けるのかな・・・。
私はお湯から上がり、タオルを取る。タオルを顔にギューッと押し当てると、なんだか漠然とした不安が胸に残る。
お金もない。
旅の仕方も知らない。
目的地は海だけど、どうやって村に帰ろう。
明日のご飯は?
洋服は?
考えれば考えれるほどに不安だった。
でも不思議なことに、またブライスたちに遭遇したらどうしよう。という不安はなくなっていた。それだけヴァンの存在が大きい。
なんだかんだで、信用しているようだった。
タオルで体を拭くと、着ていた洋服を見てみる。
「これ、肌見えすぎじゃない?」
そこには破けたり、切れたりで胸やお尻、腕、ふとももが見えてしまう状態の洋服があった。
(よく、ヴァンは何も言わなかったわね。こんな私見て・・・)
何も言われなかったことの方が恥ずかしく思えてしまう。
彼はどんな目で私を見ていたんだろう。・・・。
少し考えたあと、この洋服はもう着れない!と判断し、部屋までタオルで戻ることにした。
お風呂の扉をそっと開けると、そこには通路があり、そのそばに階段。上の階に行けば階段からすぐのところに部屋がある。
あまり、誰かに見られたくない。
部屋に戻れば、布団がある。あとはヴァンに行って洋服を買ってもらうか、彼の服を借りよう。
私は決心してゆっくりと扉を開けて外の様子を見る。
人の気配、声がするも姿は見えない。
上から下りてくるような気配もない。
私はそのままそっとお風呂の扉から静かに走り出し、部屋に戻った。
部屋に戻ると、そこにはヴァンの姿があった。
急いでお風呂から戻り、勢いよく扉を開けて中に入ると彼が部屋をウロウロ・・・。
私はそんなことおかまいなしだった。
(誰にもあわなくてよかった)
私は扉の前に座り込んでしまう。心臓はバクバク。今思えば、かなり大胆なことをした。
一応、恥じらう乙女である以上なるべく人にこんな姿を見られたくない。
まぁ、ここに野獣のような無骨な男がいるのだが・・・。
「ティナ!!」
「はっ、はひ!!」
ヴァンの声に驚いて私は顔をあげる。
彼は、タオル一枚巻いただけの私の姿を見るなり、声を上げて私に近づいてきた。