5 こわい!!
私は、無我夢中で逃げた。
ここがどこだかわからない。
来た道も、村へつづく道も、麓の町へ行く道も、何もわからない。
まっくらな山を、ただひたすら逃げ回っていた。
(つ、捕まったら死んじゃう)
私の脳裏に、漠然と死の恐怖が浮かび上がった。
追手はまだいないようだ。でも、油断はできない。
私は暗い山を走りながら、最後に聞こえたブライスたちの言葉を思い出した。
水浴びから戻って、私はみんなの所に戻った。
(・・・みんなとは、明日お別れしよう。だから、最後まで笑顔でいなきゃ!)
私は自分のわがままに付き合ってくれたみんな。とくにシュウとブライスには良くしてもらったので最後まで普段通りにいよう。と思って川での事を悟られないようにしようとわざと明るく帰ってきた。
「どうするんだ?あいつ」
「このまま町まで連れてって、奴隷商人か貴族のおえらいさんに売っちまえばいいんじゃないか?」
私の気持ちとは裏腹に、そこではなにやら物騒な話が聞こえる。
売る?何を?馬車?
あいつ?あいつってだれ?
「あんな桜色の髪、滅多にいないぜ。あんな田舎の村に置いといちゃ惜しいだろ。あーゆーやつは広く大勢の男に尽くしてもらわないと!今はガキだが、あれは上玉に化けるぜ?」
「お前も、相変わらず幼女好きだな。」
「ばーか。幼女の方が需要あんだよ。長く楽しめるだろ?」
「シュウが聞いたらなんていうか」
「大丈夫、トビの薬で寝てんだから朝まで起きねーよ。こいつ、人は殺せても子供や女売るのはうるさいんだよなー」
そう言いながらブライスはシュウの頭をつま先で軽く小突く。
さくらいろ?桜色・・・。
幼女・・・。
私は、ゆっくりとその場から離れることを決めたと同時に後退していく。
このままここにいたら、明日にはお別れできるけど、それは売られることみたい。
私に近づいてきたブライスは初めからこれが目的。
呼吸が荒くなって、心臓がバクバクいってるのがわかる。
神官だから、いい人なんだって思ってたけど、全然そんなことなかった。
私はバックも置いたまま、そこから走り出した。
岩陰に隠れて、私は呼吸を整えていた。誰も、追っては来ていない。
でもその代わり、私も完全に迷子。ここがどこだかわからない。
(もし、あのままいたら、何も知らないで明日になっていたらどうなっていたんだろう・・・)
私は落ち着きを取り戻すと、焚き火の前で話すブライスとトビの嫌な笑い声とニヤケた顔を思い出してしまう。
さっきまで一緒にいたと思うと、気持ち悪い・・・。
あの馬車は誰のもの?本当に買ったの?
シュウの血は?・・・
「ウ゛、・・・」
私は【人を殺して馬車を奪った。シュウは返り血を浴びていたんじゃないか】。と想像をしたら気持ち悪くなりその場に吐き出してしまう。
「はぁー・・・はぁー・・・」
朝の血で汚れたシュウの鎧がフラッシュバックすると、晩ご飯が全てなくなるまで吐き続け、落ち着いたのは胃の中が空っぽになった時だった。
「さいってい・・・」
私は自分がここにいることもそうだけど、ニックの忠告を聞かないで一人浮かれてバカみたい。と自分に呆れていた。
「おい、ゲロ女。どこ行くんだよ?」
振り返ると、木の上に見慣れた姿があった。
盗賊のトビだ。
「お前、逃げたな?」
「い、いや・・・」
私は恐怖で足がすくんでしまう。
「俺のスキル、索敵は敵だけじゃない。逃げるもの、動くやつの気配が分かるんだ。いくら逃げても、お前は俺から逃げらんないぜ」
トビは木から降りると、短剣を取り出し気持ち悪いニヤケ顔でゆっくりと近づいて来る・・・。
「こないでよ・・・こないで!!」
私はそばにある小石を拾ってトビに投げつけながら走って逃げる。
「トビィ!!ガキはいたかぁ!?」
遠くに、ブライスの声が聞こえる。
無口なカイルも、そばにいるかも知れない。
シュウは・・・眠らされているんだろう。
カイルの事を考えると、急に震えてきた。
あに冷たい眼。
きっと、何人も殺してきたに違いない。
何人も、人を殺して、この人たちは人を売って、何食わぬ顔で一般人のフリして、たくさんの女の子を売ってきたんだわ。
私は暗闇を走り続けた。
後ろからは確実にトビが近づいてきている。
ヒュッ・・・
私の隣を銀色に光るものが勢いよく通り過ぎる。
次の瞬間、足に熱を感じる。何か、とても熱い。
足がもつれてその場に転んでしまうと、そこにはナイフと、うっすらと切られた足があった。
「大事な売り物だからな。傷つけると値段が下がっちまう」
闇の中からトビの声が響く。
私は回復魔法で足の怪我を治すと、すぐにそのまま走り出す。
「そうか、回復できるのか。トカゲみたいなやつだな」
暗い森にトビの笑い声が響く。
怖い。怖い。こわい
前が見えない山を、私は全速力で走り続けた。