10 追尾者
「なんだ?気持ち悪い」
「別にぃ?気にしないで!」
私はヴァンのとなりをニヤ付きながら歩いていた。
なんでだろう。口元の緩みが戻らない。
知らない街。
知らない男性。
私には初めましてがいっぱいだった。
「ねぇ?ここから、どのくらい遠いのかな。コーシンまで」
ヴァンは故郷へ帰りたいと言っていた。そこが港街だから、私は一緒に連れて行ってもらう約束。
私たちのゴールは意外と早いのだ。こんな日が、毎日続くわけでもない。
「一週間あれば、つくんじゃないか?」
「そっか、案外早く着きそうだね!」
私は一週間が長いのか早いのかわからなかった。でも、あと10回もヴァンとこうやって夜の街を歩けないことは理解できた。そう思うと、無性に寂しい。
となりを見上げると、大きなヴァンの姿。
大きくて、ゴツゴツした手が見える。
私は、そっと・・・
「なんだ?いきなり?」
「なんでもない!雰囲気よ!雰囲気!」
ヴァンの手を握った。
大きな、温かい手。見た目通り、ゴツゴツして、男らしい硬い手だった。
「変なやつだな」
「なんとでもどうぞ!」
私はヴァンと夜店を見て回ったり、初めて見る街を歩いた。屋台で食べ歩きもした。
心なしか、ヴァンにも笑顔が増えてきた時だった。
「・・・誰かに、つけられてる」
「っえ?」
「視線を感じる。人ごみに紛れて分からないが、誰かが確実に俺たちを尾行している」
私は後ろを振り返ろうとするが、手を強くヴァンに引っ張られて抱きしめられる。
「ちょ!ちょっと!いきなり―」
「振り向くな。気づかないふりをしろ。」
私は黙ってそのままうなずく。
ヴァンに抱きしめられたまま・・・。
「ゆっくり、宿の方へ歩くぞ・・・。怪しまれないようにな」
「う、ん」
私はヴァンから離れると、もう一度自分からヴァンに抱きつく。
いや、抱きつくというか、大きさ的にはしがみつく?。
「どうした?」
「・・・怖いの」
体が、小刻みに震えてしまう。
ブライスのパーティーが、おそらくトビが私を見つけたんだろう。このままだと、私はこの町の貴族に売られてしまう。
昨日のことが、忘れかけていた昨日のことが脳裏によぎる。
暗い闇を1人走り、逃げ惑う。
震えと、動機が私を襲う。
過呼吸になりかけた私を、ヴァンが跪いて優しく包み込む。
「大丈夫だ。俺のそばにいろ。」
たったそれだけの言葉だった。
誰でも言える、安い、簡単な言葉。
それに付け加えて、大きなヴァンの体が私を強く抱きしめる。
不思議で、たったそれだけで私の体は落ち着きを取り戻していった。
「大きく息を吸え。大丈夫。お前は強いガキだ」
「ん?ガキってなによ?」
「まだ、ガキだからな。いい女になったら名前で呼んでやる」
彼の一番の笑顔だった。
私は彼の手を強く握ると、ゆっくりと歩き出した。
「今晩、ここを出るぞ」
ヴァンは宿に戻ると荷物をまとめていた。
「今日は、泊まらないの?」
「この場所はもう敵にバレている。もし、この宿ごと潰すような事されたら逃げられない。広い場所へ出たほうがいいだろう」
彼は荷物を片付けながら小さな短剣を私に放り投げる。
「一応持っておけ。ないよりいいだろ」
私の足元には銀色に輝く短剣が輝いている。
刀身にうっすらと自分の顔が反射する。
「ごめん、私、無理・・・」
「怖いのか?」
「ちがう。無理なの。わたし」
私は気分が悪くなってそのまま壁にもたれかかりながらぐったりとしてしまう。
「どうした?」
「・・・ちょっとだけ、こっちにきてよ」
私が言うとヴァンはゆっくりと立ち上がり、私の隣に座る。
「私ね、小さい時。5歳の時に両親を殺されたの。殺されたって言っても、不運な事故。モンスターに襲われて、私を逃がすために・・・。あのとき、私が魔法で助けてあげられたら。いつも思う。でも、それはできなかったの。怖くて・・・私に意気地がなかったから。身寄りのなくなった私は幼馴染にその後は引き取られたわ。それから、血を見たり、人を傷つけられなくなった。傷つけることが怖い。血が怖いのよ。赤くて、生温かいあの血。目が回って、吐き気がするわ。だから、私は攻撃魔法も、剣も今は使えない。使いたくないの。」
「・・・」
彼は黙って聞いていた。
私は、言い終わると、なんか心がすっきりした。
「何もできない自分が嫌で、私は村から出て海を見に行きたかったの。村から出て、自分の力で何かをやり遂げれば世界が変わるかもしれないって思ったから・・・」
「・・・」
彼からはなにも答えが返ってこなかった。
ただ、静かな時間が過ぎていった。
「俺は・・・」
彼から出た答えは、意外なものだった。
「俺は、ティナに死んで欲しくない」
「・・・うん。ありがと」
あのヴァンから、私に死んで欲しくないって言われるとは、正直思わなかったわ。
嬉しいけど、なんだかこそばゆい感じ。
「お前の分も、俺が戦う。お前は俺が守る」
私の肩を、ヴァンの大きな腕が包み込み抱き寄せられた。
私はそのまま、倒れるようにヴァンの胸の中に倒れるように抱きついた。
私も、死にたくない。
ヴァンと一緒に、海が見たい。
「うん・・・。」
そういいたかったのに、私には、
うん。
としか言葉が出てこなかった。




